2012年 01月 31日
亡くなる前の賢治が
自分の原稿について
弟、清六には
「俺の詩と童話の原稿は
みんなお前にやるから、
もしどこかの本屋が
出版したいといってきたら、
どんな小さな本屋でも
出版させてくれ。
もし来なければ、
そのままにしておいてくれ」と
託した。
しかし一方父親には
「この原稿はわたしの迷いの跡ですから
適当に処分してください。」と言い
母親には
「この童話は、
ありがたいほとけさんの教えを、
一生懸命にかいたものだんすじゃ。
だからいつかは、きっと
みんなでよろこんで読むようになるんすじゃ」と
言ったという。
このことがどれくらい本当かどうかは
わかりませんが、
賢治の一生をみてみると
やはり父親が大きく影を
おとしているように
思います。
賢治にとって
父親は
尊敬する保護者でもありましたが
なにかにつけ,
彼のライフラインを握り
彼のゆく道を塞ぐ
権力者でもありました。
戦前の封建的社会では
こういう家長の支配力は絶大で
今の若者からすると
想像のつかないくらい父親は
恐ろしく強かったです。
戦後すぐ生まれた私でさえ
父親は一家の長として
家のすべてを支配していて
怖かったです。
賢治が盛岡中学校へ行くとき
祖父の喜助は
商売するに学問などはいらないと反対するのを
父親がとりなしてようやく
賢治は進学しますが
盛岡中学を卒業して
盛岡高等農林学校へ進学するのを今度は
父親が認めず
賢治は
鬱状態になってしまいそれでやっと
父親が受験を許可します。
また父親は
賢治の詩や童話などを理解せず
唐人かぶれ(西洋人かぶれ)の
訳も分からないものばかり書いて
一向に家業を手伝わない賢治に
いら立ち
手を焼いていました。
こうしてみてみると
賢治と父親の葛藤は
そのまま
深層心理での
父親のシャドウと
賢治のシャドウとの
格闘になり
たぶんそれは
迫害者として賢治を
抑え込もうとする
父親のシャドウと
被害者として
そこから逃れようとする
賢治のシャドウが
あったように
思います。
しかしこのシャドウどうしは
共依存でもあり
ここが
ちょっと複雑なとこなんですね。
すべてにおいてそうなんですけど
こういう共依存が出来上がってしまうと
依存を
一切断ち切って
自立しない限り
奇妙な補完関係になって
その力関係を維持したまま
それが持続されていきます。
被害者にとって
迫害者は恐ろしく
うっとおしいものですが
しかし
不思議なことに
被害者的傾向が強い人ほど
迫害者に近づいていきます。
まあ
ドラえもんでいうと
ジャイアンにゴマをする
ツネオみたいな心理ですね。
話はそれますが
昨日の相撲協会で
北の湖が理事長に選ばれたのも
たぶんそういう心理が
働いたのかなあー・・と
思いますよ。
北の湖の圧倒的な存在感には
蛇に睨まれたカエルのごとく
だれも正面から抵抗できないような
しばりがあり
だから大概のひとは
むしろ
そのふところに
入っていく心理ですね・・・・・・笑!
しかしねえー
北の湖からすると
子分[被害者)がいなくては
迫害者という自分(親分)も
成立しないのすからね、
迫害者というのは
むしろ
”裸の王様”なんで
被害者に依存しており
その正体は
よわーい人間なんですよ。
ちょうど賢治も同じように
父親を恐れながらも
父親から
離れることができない。
そういう
迫害者と被害者の
共依存の中で生きていたと
思います。
この迫害者と
被害者の位置関係は
そこから自立しない限り
外的世界の人間関係すべてに
投影されていきますから
例えば賢治が4年で花巻農学校を
辞めたのも
案外
それまで賢治を自由にさせていてくれた
校長が転任して
どうも父親と同じような思考回路もった
自分には不利な人格が
来る・・・というので
逃げたのかもしれませんねえ・・・・まあ
真偽のほどはわかりませんが。
しかし
人間は自分の行為行動を
巧妙に脚色して言葉にしますから
その人間はいろいろ言い訳や
名分をこじつけて
自分を正当化します。
だからほんとうの真相は
案外自分の深層心理にある
恐怖や不安が原因で
なにかと
行動しているように
私は思います。
そして賢治の場合は
ことごとく
自分の中の被害者意識が刺激され
過剰にシュミレーションする傾向があり
彼の言動のなかや残った文章や
周囲の証言なんかの資料をみると
ちょっと
被害妄想がはいっていたかなーという風に
思います
こういう風に
いつも自分の道を監視され
また
自分も自分を監視している状態で
生きていると
いつもありのままの自分を
自分が裁断するという事が起きており
賢治が何をやっても
長続きしないことの
原因でもあると
思います。
ただし彼が
書き続けていることを
除いては・・・・・です。
彼がこれほど饒舌に
書き続けていることを見ると
賢治はもしかしたら
寡黙で
ほとんど自分の心を明かすことができず
言葉を呑み込んでは
それを
書いていたのではないかと
思います。
またパワー的には
自分より以下の
子供たち[生徒)のチャイルドに対しては
賢治が安心して
自分のチャイルドで
向き合ったのではないかと
思います。
それは賢治も小説を少しかいたり
散文や
文語詩や短歌も
書いていますが
圧倒的にすぐれているというか
賢治がエネルギーを注ぎこんだのが
”童話”でもあるように
そこだけが
彼の開かれた世界だったように
思います。
迫害者と被害者の共依存である
父親と賢治のシャドウは
父親の宗教を拒否し
代り法華経に傾倒し
東京へ出奔して
また
故郷へ舞い戻ったときも
農学校で働いていても
今度こそは
百姓になるんだと
自立した
羅須地人協会が失敗したときも
「ほうらみろ、だからいわんこっちゃない」とさらに
賢治の中に介入し
支配し
「お前は私がいなくては、だめなんだよ」と
自分の
ふところから
脱出させない
父親のシャドウに
どうしても
取り込まれ
離れよう
自立しよう・・と
もがきながらも
その懐から逃れられなかったと
思います。
勿論これも潜在意識のすることですから
父親も賢治も
全く自分のしてしることに
自覚はありませんし
気づいてすらいません。
しかしそういう
閉じられた
共依存意識のなかで
堂々巡りをしているのです。
凄い桎梏!
大変だったねえ・・賢治さん!
おそらくそれは
賢治の自我が
意識として
脳に明記されるまえに
父親によって
徹底的に挫かれるという
ことがあり
その時の恐怖が
潜在意識のなかに
内向してしまったのだと
思います。
おそらく賢治が潜在意識に描いた
人生脚本には
自分が成功すること(自立すること)
或いは
父親を超えるようなことをすると
大変な危機が来る・・・と
記述されたのではないかと
思います。
だから賢治は
自立しようとしては
ブレーキが(成功禁止令)かかり
失敗するということを
繰りかえしました。
そこには賢治自身が
父親が”全く介入できない世界”である
詩や童話や文学の世界を
”確立しながらも”
生活者としては
”常に父親に依存せざるを得ない自分”を
捨てることができませんでした。
もし彼が詩や童話で成功し
自立するためには
父親との一騎打ちにでて
闘い
父親を粉砕し
叩き潰し
自分のこころから
追い払ってしまわなければ
ならないからです。
その何とも恐ろしい戦いを
どうしても賢治が出来ず
逃れては(自立しようとしては)
父親のふところに舞い戻るという
隘路の中を
さまよいつづけたと
思います。
この
賢治の出口も入り口も見つからない
隘路を
どういう風に賢治が
解決していったかを
次回書きます。

『伝心柱マガジン』もやっちょります。
よかったらどうぞ!
マガジンに参加してくれた新しい彼女の記事が
ありますよ!
● 最近、ブログを書くだけで精一杯で、ちょっと疲れてきたので
コメントンに関しては、お返事を書かないことにいたしました。
でも記入はご自由にどうぞ!
自分の原稿について
弟、清六には
「俺の詩と童話の原稿は
みんなお前にやるから、
もしどこかの本屋が
出版したいといってきたら、
どんな小さな本屋でも
出版させてくれ。
もし来なければ、
そのままにしておいてくれ」と
託した。
しかし一方父親には
「この原稿はわたしの迷いの跡ですから
適当に処分してください。」と言い
母親には
「この童話は、
ありがたいほとけさんの教えを、
一生懸命にかいたものだんすじゃ。
だからいつかは、きっと
みんなでよろこんで読むようになるんすじゃ」と
言ったという。
このことがどれくらい本当かどうかは
わかりませんが、
賢治の一生をみてみると
やはり父親が大きく影を
おとしているように
思います。
賢治にとって
父親は
尊敬する保護者でもありましたが
なにかにつけ,
彼のライフラインを握り
彼のゆく道を塞ぐ
権力者でもありました。
戦前の封建的社会では
こういう家長の支配力は絶大で
今の若者からすると
想像のつかないくらい父親は
恐ろしく強かったです。
戦後すぐ生まれた私でさえ
父親は一家の長として
家のすべてを支配していて
怖かったです。
賢治が盛岡中学校へ行くとき
祖父の喜助は
商売するに学問などはいらないと反対するのを
父親がとりなしてようやく
賢治は進学しますが
盛岡中学を卒業して
盛岡高等農林学校へ進学するのを今度は
父親が認めず
賢治は
鬱状態になってしまいそれでやっと
父親が受験を許可します。
また父親は
賢治の詩や童話などを理解せず
唐人かぶれ(西洋人かぶれ)の
訳も分からないものばかり書いて
一向に家業を手伝わない賢治に
いら立ち
手を焼いていました。
こうしてみてみると
賢治と父親の葛藤は
そのまま
深層心理での
父親のシャドウと
賢治のシャドウとの
格闘になり
たぶんそれは
迫害者として賢治を
抑え込もうとする
父親のシャドウと
被害者として
そこから逃れようとする
賢治のシャドウが
あったように
思います。
しかしこのシャドウどうしは
共依存でもあり
ここが
ちょっと複雑なとこなんですね。
すべてにおいてそうなんですけど
こういう共依存が出来上がってしまうと
依存を
一切断ち切って
自立しない限り
奇妙な補完関係になって
その力関係を維持したまま
それが持続されていきます。
被害者にとって
迫害者は恐ろしく
うっとおしいものですが
しかし
不思議なことに
被害者的傾向が強い人ほど
迫害者に近づいていきます。
まあ
ドラえもんでいうと
ジャイアンにゴマをする
ツネオみたいな心理ですね。
話はそれますが
昨日の相撲協会で
北の湖が理事長に選ばれたのも
たぶんそういう心理が
働いたのかなあー・・と
思いますよ。
北の湖の圧倒的な存在感には
蛇に睨まれたカエルのごとく
だれも正面から抵抗できないような
しばりがあり
だから大概のひとは
むしろ
そのふところに
入っていく心理ですね・・・・・・笑!
しかしねえー
北の湖からすると
子分[被害者)がいなくては
迫害者という自分(親分)も
成立しないのすからね、
迫害者というのは
むしろ
”裸の王様”なんで
被害者に依存しており
その正体は
よわーい人間なんですよ。
ちょうど賢治も同じように
父親を恐れながらも
父親から
離れることができない。
そういう
迫害者と被害者の
共依存の中で生きていたと
思います。
この迫害者と
被害者の位置関係は
そこから自立しない限り
外的世界の人間関係すべてに
投影されていきますから
例えば賢治が4年で花巻農学校を
辞めたのも
案外
それまで賢治を自由にさせていてくれた
校長が転任して
どうも父親と同じような思考回路もった
自分には不利な人格が
来る・・・というので
逃げたのかもしれませんねえ・・・・まあ
真偽のほどはわかりませんが。
しかし
人間は自分の行為行動を
巧妙に脚色して言葉にしますから
その人間はいろいろ言い訳や
名分をこじつけて
自分を正当化します。
だからほんとうの真相は
案外自分の深層心理にある
恐怖や不安が原因で
なにかと
行動しているように
私は思います。
そして賢治の場合は
ことごとく
自分の中の被害者意識が刺激され
過剰にシュミレーションする傾向があり
彼の言動のなかや残った文章や
周囲の証言なんかの資料をみると
ちょっと
被害妄想がはいっていたかなーという風に
思います
こういう風に
いつも自分の道を監視され
また
自分も自分を監視している状態で
生きていると
いつもありのままの自分を
自分が裁断するという事が起きており
賢治が何をやっても
長続きしないことの
原因でもあると
思います。
ただし彼が
書き続けていることを
除いては・・・・・です。
彼がこれほど饒舌に
書き続けていることを見ると
賢治はもしかしたら
寡黙で
ほとんど自分の心を明かすことができず
言葉を呑み込んでは
それを
書いていたのではないかと
思います。
またパワー的には
自分より以下の
子供たち[生徒)のチャイルドに対しては
賢治が安心して
自分のチャイルドで
向き合ったのではないかと
思います。
それは賢治も小説を少しかいたり
散文や
文語詩や短歌も
書いていますが
圧倒的にすぐれているというか
賢治がエネルギーを注ぎこんだのが
”童話”でもあるように
そこだけが
彼の開かれた世界だったように
思います。
迫害者と被害者の共依存である
父親と賢治のシャドウは
父親の宗教を拒否し
代り法華経に傾倒し
東京へ出奔して
また
故郷へ舞い戻ったときも
農学校で働いていても
今度こそは
百姓になるんだと
自立した
羅須地人協会が失敗したときも
「ほうらみろ、だからいわんこっちゃない」とさらに
賢治の中に介入し
支配し
「お前は私がいなくては、だめなんだよ」と
自分の
ふところから
脱出させない
父親のシャドウに
どうしても
取り込まれ
離れよう
自立しよう・・と
もがきながらも
その懐から逃れられなかったと
思います。
勿論これも潜在意識のすることですから
父親も賢治も
全く自分のしてしることに
自覚はありませんし
気づいてすらいません。
しかしそういう
閉じられた
共依存意識のなかで
堂々巡りをしているのです。
凄い桎梏!
大変だったねえ・・賢治さん!
おそらくそれは
賢治の自我が
意識として
脳に明記されるまえに
父親によって
徹底的に挫かれるという
ことがあり
その時の恐怖が
潜在意識のなかに
内向してしまったのだと
思います。
おそらく賢治が潜在意識に描いた
人生脚本には
自分が成功すること(自立すること)
或いは
父親を超えるようなことをすると
大変な危機が来る・・・と
記述されたのではないかと
思います。
だから賢治は
自立しようとしては
ブレーキが(成功禁止令)かかり
失敗するということを
繰りかえしました。
そこには賢治自身が
父親が”全く介入できない世界”である
詩や童話や文学の世界を
”確立しながらも”
生活者としては
”常に父親に依存せざるを得ない自分”を
捨てることができませんでした。
もし彼が詩や童話で成功し
自立するためには
父親との一騎打ちにでて
闘い
父親を粉砕し
叩き潰し
自分のこころから
追い払ってしまわなければ
ならないからです。
その何とも恐ろしい戦いを
どうしても賢治が出来ず
逃れては(自立しようとしては)
父親のふところに舞い戻るという
隘路の中を
さまよいつづけたと
思います。
この
賢治の出口も入り口も見つからない
隘路を
どういう風に賢治が
解決していったかを
次回書きます。

『伝心柱マガジン』もやっちょります。
よかったらどうぞ!
マガジンに参加してくれた新しい彼女の記事が
ありますよ!
● 最近、ブログを書くだけで精一杯で、ちょっと疲れてきたので
コメントンに関しては、お返事を書かないことにいたしました。
でも記入はご自由にどうぞ!







