ピータの法則///! |
うちの大社長から聞いた話だと、
人は「無能」に向かって大驀進するという
理論があるそうだ。
<ピーターの法則>
階層社会にあっては、その構成員は
(各自の器量に応じて)それぞれ無能のレベルに
達する傾向がある。(同書P25より)
その話を聞きながら
そんなこと当たり前のはなしで、
人間は階層社会に適応するほうにばかりに
能力を使い果たし、
もともとの潜在的な能力
つまり私が口をすっぱくして言っている
「チャイルド」を
開発しない限り無能になるわサー。
階層社会に適応するという心理のそこには
「仲間外れ」にならないように、
という恐れと不安が根底にある。
それと欲!
それがまさにブレーキとなって
その人間の集団適応力に拍車をかけても、
自己のポテンシャルに歯止めをかけていく。
階層的に上昇するには
いっそうそうなるだろうヨ。アホ・・・!
バカナヤツはほっといて、
心ある人は
自分のチャイルドを解放してください。
マダ我が家の子供が小さい頃、
私は一生懸命「大脳生理学」の本を読みました。
自分の頭の悪さにもめげず・・・、
難解さに振り回されながら。
そのとき解ったことは
人間が誕生して
その人間の存在環境、
つまりそこの文化に適応するために、
脳の認識機関が作動し始める。
つまり脳がその人間を
その社会の文化に適応させるために
情報を集め分析の作業を作動し始めるという
訳サ・・。
最初はなんでもそうだけど
ただ漠然とつかみ始める。
つまりものの形(抽象的なことも含めて)を
漠然と認識し始める。
たとえば
赤ん坊のベッドの上に電球があったとすると、
なんだか丸くてボやっとしたものくらいでしょうか・・・。
隣に白いゴム風船があったら、それも
白くて丸くてボやっとしていて、
その二つの識別が
付かない。
それが一つは電球で、
もう一つは白いゴム風船だと識別できるまでには
数年かかるわけです。
それは文字や言葉も同様で
抽象的な事に対する識別も
最初は汎化と言われる状態で
「あ」という文字は丸くて「お」と
似ており、
「あ」と「お」と識別できるまでには
生まれてから何年もかかるわけです。
つまりここが大切なところで、
「あ」と「お」を識別し認識するまでに
「「あ」と「お」の間にある、
無限大の情報を
赤ん坊や幼児は獲得していきます。
それが彼の肉体からの情報と止揚されて、
「知識」となって脳に刻印されて行くわけです。
そして必要とされる知識以外は、
脳の深層に蓄積されていきます。
ご存知のように
人間はその脳の情報の10パーセントくらいしか使わないで
死んでいきますね。
つまり「適応」というジャンルが最重要だと
脳が認識したら、それ以外、
或いは非摘要なことは脳が深層に捨てていくんです。
だから一生懸命適応すればするほど、
適応能力を使い果たし、
それ以外の
自分の潜在能力は未開発となり
やがて「無能」のひととなるわけです。
心理的には
適応するための自己防衛能力は高まっても、
その底にある不安や恐れを克服しない限り
他の能力(チャイルド)の鍵は開きません。
コーンナ簡単なことなのに
気づいている人は
ほんの少し・・・!
だから子供達は野に放ちなさい。
逆に
早期教育させればさせるほど
情報(才能)は限られものとなり、
いわゆる
「あ」と「お」を早く識別できる
大人の期待にこたえる良い子にはなっても
「あ」と「お」間にある無限大の情報(才能)は
捨てられて
残念ながら
「アホになる」の将来が
約束されるというわけです。
特に日本の親達は、
目先のことばかりに囚われて、
勉強とか塾とか
学校の成績とか
なんて愚かなことばかりに
走るのだろうと
私は思います。
残念ながら
この話をしても
理解できる母親に会ったことがありません。
このことは企業やビジネスにも当てはまります。
優れた人材を欲するのなら、
野にあって
自由自在に生きている
青年のほうにこそ、
逸材が潜んでいると思いますが、
それを
発掘して育てる
度量がある人間がいるかねー・・・?
明治維新のときのように
下級の
思いがけないところから
逸材が出てくるかもしれません。
そういえば徳川末期の
ど腐り状態に
そっくりですね
今の日本は・・・。