昭和30年代の少女雑誌! |
昭和30年代の少女雑誌の雰囲気を取りいれた
パンフを作る予定です。
なぜ昭和30年代かというと
私の少女時代ということもありますが、
戦後のすべてが瓦解尽くし、何も無い
アナーキーな価値が許されていた時代の中に
今の時代に失った人間の体温みたいなものを感じたからです。
食べていくことがやっとで
今のように色々な規制も無く
行政力も脆弱で、
でも人々はたくましく生きていた頃です。
食べるものも着るものも何もかもがヒンソで
貧しく、その反面、今よりずっと自由がありました。
生活に追われる大人たちは
子供なんかにかまってられませんから
子供達は遊び放題で、
夕方遅くまで真っ黒になってあそびました。
近所のお兄ちゃんに連れられて
缶詰の空き缶を持って
くず鉄の山にくず拾いに行き
男の子らは上手に鉄くずを拾うのに
私はちょっとも拾えなくて、
でもそのくず鉄を持って
どこかに換金にいく彼らをを見送っていたことを
覚えています。
それでも30年代に入ると随分日本は豊かになり、
景気も増してきて
生活水準も高くなり
この頃から、電気製品が出廻るようになったと思います。
一生懸命手回しのハンドルで洋服を絞った電気洗濯機や
テレビや
あの何も無いところからグイグイと日本はたち直っていきました。
その頃の少女雑誌、「リボンやなかよし」には
夢見る乙女やバレーリーナー信仰、
そして不幸な少女のドリーム物語など
ことは単純ですが、なにかもっと素直に
人間を信じることが出来た時代でした。
きっとみんなが貧しかったからだと思います。
その時代がいいのか、わるいのかわかりませんが、
その頃の見たサーカスのジンタが
とても物悲しく、
この、悲しいということを共有できたということが
なにか救いのような気がします。
今の時代
人間らしい原始的な感情が
地下にもぐってしまい
よそよそしい、表面的な感情の交換しかできないように
なった気がします。
果実の実が割れて瑞瑞しいオーラがでるように
人間どおしのステキな感情の交換のなかで生きれたらナーと
思います。
泣いたり笑ったり怒ったり
ケッタイなことも、ヘンなことも
みんな人間の巻きおこす騒動として
受け入れられ、許されて、聞き流される寛大さが
あったあの時代を
いつか
もう一度取り返せることができるようにと
この企画をたてました。
どんなのができるか
楽しみです。