誰にも振りかえられることなくとも・・・。 |
わたなべいくこ作品「からまる」
今日は映画監督の能勢広さんが見に来てくれ、
とてもいい話を聞きました。
聞きながら私の大好きな画家ワイエスの事が
重なって見えてきました。
能勢さんが今取り続けている作品は
二人の老人で
ひとりはカワラノギクという花を
栽培し研究しているおじいちゃんで
別に専門の研究者ではなく
普通のおじいちゃんです。
もうひとりは水棲生物の調査を
自主的に追求しているおじいちゃんです。
その二人が人生をかけて取り組んでいることは
他に人から振り返られることもなくまた、
そこにはその人以外はあまり価値を置かないような世界で、
もちろんナーンの経済性もない。
そういうあまり人から振り返られないようなことに没頭し
人生をつぎ込んでいるそのおじいちゃんの
人生というか日常を
能勢さんはもう八年も取り続けている・・というのです。
その話を聞いたときやっぱりあのワイエスと重なりました。
ワイエスもペンシルベニア州の片田舎で
宿屋を営むオルソン姉弟を
出会ってから彼らが死ぬまでの三十年間描き続けた。
そこには日常の凡庸な暮らしのなかで
惜しげもなく繰り広げられ消えていく人間の
ちいさな小さな営みに対する
ワイエスンの優しいまなざしがある。
誰からも振り返られることも無く
また何の価値を産むことも無いが
オルソン姉弟の息づかいや何気ない日常のドラマが
カレンダーのようにめくられていく。
その時間の流れのなかでひっそりと生きる人間への
ささやかなる愛と共感が綴られている。
私にはこういうワイエスの人間観や
そのまなざしがたまらない!
誰からも見られていなくとも
認知される事もなくても
人が生きていくということは
こういうことだろうと
思う。
能勢さんが撮っている二人のおじいちゃんは
どんな風に生きどんな風に人生を終えるのだろう。
そして二人がこだわりやり続けたその研究は
二人にとってどんな意味を持っていたのだろう。
能勢さんの話を聞きながら
ワイエスを思い出し
スコシ胸が熱くなりました。
いいですねえー
深くて
深くて
いいですねえー。
「ひまわりの花」
「とんぼと草」