中村玉緒・正も狂も超越して! |
明石家さんま だと
私は思っています。
それは多分タケシなんかの比ではない。
さんまだけが、
自分の最後は”のたれ死に”と
覚悟ができているように思える。
タケシには虚無の闇は見えるけど
サイテーの人間を演じきって死ぬ・・・という覚悟は
みられない・・・ように思う。
昨夜そういサンマの率いる、”からくりテレビ”の一同が
いろんなところに出現して歩くという
番組を見た。
サンマはもちろんだが、
もっとすごいのは
”中村玉緒”さん。
この女性の生き方は見事だなあーと思う
スケールがちがう。
どこに行っても
”玉緒という軸が
まったくブレないこともそうだが
サンマにおとらない
芸人としての矜持を発揮して
大衆を掌中にいれてしまう。
最後に一行は”浅草今半”で
すき焼きの宴会を張るのだが、
そこに半裸のベリーダンサ達ーがきて
踊り、サンマはじめ
男どもが浮かれて
一緒におどりだした。
その時
ふとみると,その脇で
玉緒さんが両手にお椀をもち
それを自分の胸にあてて、腰をくねらして
踊っていた・・・・大爆笑!
何とも可笑しい、
すごいなあー!
元は中村鴈治郎の娘で梨園のお嬢さん。
私は確か「赤胴鈴の助」という映画で
初めて見たとおもうが、そのときは
とても清楚で可愛らしいかったと
覚えています。
その後勝新太郎と結婚してからは
衆目の知る通りの苦労の連続で
でも、カラっからと、その
天国と地獄の真っただ中のドロドロを
潜り抜けていった。
今、その貌は
年齢通りに老けてゆき、お直しもせず
風雨のなかにさらされてきた
古い板塀のような沈黙の
美しさがあります。
さらにすごいのは
おそらくたくさんの
怒りや悲しみや苦労があったと思うが、
それを屁とも面にださず、
捉われず、溺れず
いろんなことを胸一つに収めて、
察するに
それはほんとうに並みならない現実で
でもそこを彼女の人生の技で、
常人なら足止めを食い、越えられない一線を
ヒョイと超えている感が
あるからです。
もう何もかも振り捨てて
そこで自分が求められことを
芸人としてやり切っていく。
女優なんて範疇なんか
軽々とと飛び越えて
大衆に寄り添う。
凄いスケールです。
娘がよく勝新なんかのお嫁さんに
なったねえーと
感心してたけど、
私は逆に
あの放埓な勝新が
このヒトしかいない・・・と本能的に見抜いた
逸材の女性だったと思います。
勝新が死んでから、
どこかのバーだか、祇園だか忘れたが
そういう筋の女性が
自分は勝新に愛されたのだという本をだしたように
記憶しているが、
とんでもない、
玉緒さんの足元にも
及ばない。
玉緒さんを見ていると
自分などまだまだ青臭いガキだなーとも
思います。
酸いも甘いも噛み分けて
世間の道理もなにせんことかと
正も
狂も
超越して
面白可笑しく・・・・・。
そのダイナミズムの大きさに
ほれぼれです。