自分の感情を創造する! |
今日は感情ということについて書こうと
思いますが・・・うまく書けるかなー?
人には性格というものがあり、
それはかなり確定的な、固定的なものだと
思い込んでいる人が多いとおもいます。
あの人は〇〇な性格でおとなしいとか
激しいとか・・。
しかしそういう性格のもとをなしている
感情や理性の反応も、
底を手繰っていくとちゃーんと
反応の原因となっていることが
あります。
私はもともとかなり激しい性格で
瞬間湯沸かし器のようにあっという間に
怒りの感情発火がおきていましたが、
或る時から
これはまちがいなく父からバトンされたもので
その怒りの裏側には
自分が否定される、或いは自分が受け入れてもらえない・・という
不安や絶望があったことを発見しました。
またもっと手繰っていくと
自分の無力感があり、
自分を信じきれない自分があり、
生きることをとても怖れている自分が
ありました。
その逆に自分が喜びを感じることも
実は親からちゃーんと評価されたときと
同じような場面や
親から才能を期待され、
自分の中に他の人が思いつかないようなひらめきが
起きたときなどで
やはり親や自分に大きな影響力を持つの人間の意志の
反映だと思います。
いずれにしても
感情の基本になっているのは
幼児期の親や周囲の人間との関係の中で
自分が獲得していったものです。
その基礎感情と言いますか
そういうものの中で
特に強く自分を支配してしまう感情は
おそらく幼児期の脳の中で強い電流で刻印されたもので、
その裏には、その当時に自分にとって
かなりの危機意識や怖れや防衛が
あったのではないかと
私は思っています。
だから
そういう感情が起きてきたとき、
たいがいは、ほぼ自動的に、瞬間芸として
その感情に乗っ取られて行動してしまうのですが、
行動した後
どうしてこういう感情が起きてくるのだろうかと
自分を検証、分析しました。
それは
おさない私が自分という人間を
生き延びさせるために
様々に身に着けていった感情ですが、
成長し
親との分離が進むにつれ
自分にとっては
厄介で、むしろいらない山ほどある感情を
物事に直面しては
捨て、
直面しては捨てて
きたと思います。
親と分離ができていないと
なかなか親を客観的に見ることも
批判することも
否定することもできませんが
親との分離ができてくると
親と言えども
よわーい人間で
人間としては未熟だらけ、
不備だらけのひとりの人として
人間が見えてきます。
親からバトンされた感情は
良いものもありますが、
私にとっては
いらないものだらけでした。
まあー喜びの感情などはそれはそれとして
あまり厄介ではアリマセンが、
自分の中の負の感情
怒りや
怖れや怯えやなどは
たぶんそこに親の負の感情をバトンされてますから
よーく親を身ぐるみはいで、検証し
分析し、
いらないものはお返しして
自分が生き易いように
自分独自の反応現象の世界を
創造して、今も
その途中です。
ただ
それも
身体が自動的に反応してしまい、
すぐにどうこうはできませんが、
意識的に、根気よく
「こんなもの、いらない」・・・と
整理、取捨していきます。
そういう風にして
自分のオリジナルな
感情世界を
創造していく。
人間の性格とは
この世に対しするその人の反応現象にすぎませんから
変化させようとしたら
いくらでもへんかさせることができます。
それには決心や
覚悟を決める・・・という
強い自分の意志が必要です。
身体が一時的には
不安に駆られたり
迷いも出るかもしれませんが
やり遂げていくことですね。
やり遂げないと
中途半端で
それまでです。
自分の感情は
親や他人の代理ではない・・・・です。
忘れな草です・・・・綺麗だなー!