瓦解していくものたち・・・№・8・コンプレックスなんて、捨ててしまうことです。 |
お分かりかと思いますが、
人間における「わたし」。すなわち
人間の性格というものは
もともともDNAという書き込みの上に
親との関係や育成歴で、
その人間が”生きよう”とする生命の保全のために
脳に書き込まれ
身に着けてしまった、対外的な
反応現象の内容(テキスト)なのですね。
そしてそれは
親との関係、それ以外の外的な関係によって
成長とともに幼児期のマザーパターンが
少しずつ変化しながら
自分を生かしていきます。
つまり人間は常に変化しながら生きているのですが
それでも、幼児期に獲得したマザーパターンは
強固ですから、
自分が実際に直面して失敗したり
挫折したりして、初めて
それの書き直しを
自我が考察して行う。
何故マザーパターンが強固かというと
脳の可塑性というのがあり
脳は一度獲得した形を変えることが
なかなかできないのですね。
脳は頑固なんです・・・笑!
私はおそらくその人間が幼児期に
体得した不安や怖れが防衛として
脳に強固に書きつけられたのではないかと
思っています。
自分の感情が強く反応することの原因は
おそらく命を保全するためのSOSとして
自分の脳が書き込んだことによるのもだと
思っています。
だからその反応パターンは
自分を守るために
そうなったのだが
成長して
両親や育成期にであった人間以外の
広く社会のさまざまな人間たちと出合う中
時としてそれが障害やブレーキになってしまい
なかなか人間関係がうまくいかない。
例えば私は感情の起伏の激しい父親に
育てられましたから、誰にたいしても
そういう感情の起伏で接してしまい、また
感情が激し人には
瞬間的に拒否感や怯えがでてしjまい
そういう自分がどうしよもなくて
そういう自分の心理メカニズムが
分かるまで
たいへんな人生でしたよ。
コンプレックスだってそうです。
私などは
親との関係で植えつけられた
コンプレックスなのに
それが親以外の人々に対しても
同様にコンプレクスをもってしまいましたから
これってよく考えると
バカみたいでしょ!・・・笑!
親やそれに類する人々という
もすごーく狭い世界で
人間の性格や
コンプレックスなどが
植えつけられているにもかかわらず、
それをなんの疑いもなく
普遍化してしまうんです・・・よ
人間は、
多くの人々は・・・・・!!
先日書きました”樋口一葉”さんだって
コンプレックスの塊だったでしょう。
しかし彼女は
”生きなければならない”
”母と妹を養わなければならない”という
押し寄せる現実の波の中で
そういうものを超えていきました。
もしかしたら人によっては、
24歳のみそらでこの世を去り
お金の苦労だらけで
なんと可愛そうだったかと
思うかもしれませんね。
そして気がついたときには
結核が手遅れの状態で
わたしなども
つくづくと無念のような気がします。
しかし視点を変えてみてみると
確かに体はボロボロで24で力つきたが
しかしその内面というか
精神はなんと充実していたか・・と
思います。
充実という言葉でないかもしれませんね。
たぶん
事あるごとに彼女は自分で考え
決断してきた。
確かに母親は彼女を心理支配しようとしていたし
世間はまだまだ女性蔑視の世の中でしたから
すっきりと明瞭なる自分では
なかったかもしれませんが・・・。
しかし
お歯黒長屋で駄菓子屋をやりだし
仕入れの荷物を背負って帰る一葉さんは
素敵です。
”萩の舎”で士族や富裕階層の令嬢たちの
晴れ着争いに混ざって嘆いている一葉さんとは
月とすっぽんの観があります。
先日も書きましたが
”たけくらべ”や”にごりえ”以降の
一葉さんの文体には
はっきりとした
作家の目が輝いており
登場人物達に対する視線の距離が
すべて等距離でつづられています。
感情におぼれず
ただありようだけを
綴っていく中に
一葉さんの人間観が成熟していったなーと
私は思います。
そういう人間いるけど
こういう人間もいる
こういう生き方もあるけど
そういう生き方もある
最後に”われから”のお町さんは
彼女を追い出そうとする
クズの夫に対して
”一念がありまする”と
ひらきなおって凄みます!
しゃにむに生きぬいていくなかで
自分の矛盾もひけめも
コンプレックスなんかに
かまってなんかいられない!
容姿のコンピレックスなんかに拘泥しているうちは
まだまだ本気でいきてない・・・と
あの風呂敷を背負った一葉さんが
いっているように
私は思います。
冒頭に書いたように
人間のコンプレックスは
自分のせいじゃあーありませんよ。
そしてそれは後生大事に自分が
懐に抱えておくほどの物でも
ありません。
それにどんな人間だって
いいこと半分
悪いこと半分で
他ににはわからない苦しみを
抱えいます。
どんな美人だって
美人ではないひとにはわからない
苦しみや悩みを抱えています。
その他のコンプレクスだって
同様で、
他人にはわからない悩みの中
ひとは
生きています。
人をうらやむなんては、
愚の骨頂で
この世の中に
他人からうらやましがらるほど
幸福でみちたりている人がいるなんて
考えられないです。
なぜなら
どの人間も、うまれおちたら最後
恐怖や不安の中をかいくぐらずには
生きれないし
神さまならいざしらず
人間の親に育てられる限りは
その親の負の部分をバトンされないことは
ありませんから。
自分のなかの自分が嫌な部分や
自分がついしてしまう問題行動なども
決して自分を責めないことです。
自分のコンプレックスも
気がついたら
さっさと捨てるか
忘れてしまうことです。
いろんな苦しいことも嫌なことも
忘れることです。
忘れることは
人間を生かすための
次へと前進するための
素晴らしい脳の機能ですぞ!
コンプレックスなんて
ハナクソみたいなものですよ・・ほんとに!
一葉さんが死んだとき
森鴎外が陸軍軍医の騎馬で
葬列に従うことを申し出ましたが
妹の邦子さんから断られました。
「たけくらべ」を書いてから
一葉は鴎外や露伴から絶賛されました。しかし
一葉自身が日記につづった文は
そういう事にも醒めており
逆にそういう賛美されることに
冷笑しているなあとすら
感じます。
どん底をはいつくばったのですからねー。
そういう権威なんてものにも
冷ややかだったとおもいますよ。
まあ
その主意はわかりませんが
ひとりの女性の生き切る道が一本
確実に一刹那一刹那積み重ねられ
成就していったと思いますから
その自分の座に坐していれば
今更派手な弔いなどいらない・・ということかも
しれません。
葬儀には十数名しか参列しませんでした。
あの”萩の舎”から参列したのは
一葉さん同様に外れ者とみられていた
親友の二人だけでしたが
ほんとうに一葉を知る人のみで
簡素の極みであり
こういうことも
私は格段に醒めていた人間の理を
感じます。
私にはとても素敵に映ります。
それでも
なんといっても
彼女が書いた小説は輝いて
生き残っていきました。
もし機会がありましたら是非
文語でお読みください。
言葉は音でリズムで
文章はメロデイーで
行間からはハーモニーが流れてきます。
口語体に訳すとそれらがだいなしになります。
なんとなく
漠然でもいいんです。
でもきっと
美しさや
妖艶さや
気品が
そして
無常の中を
生き切ることの
なにか・・・が
つたわると
思います。

奈良で飲んだひやしあめ
とても美味しゅうございました。
この飲み物は関東にはありませんから・・・。
私は”じゃりん子チエ”ちゃんの漫画から
教えてもらいました。
