2011年 08月 21日
思い込みを捨てると楽になります。 |
このブログを始めてからこの10月で6年になる。
もうただひたすらにどうしたら
人間は内面の苦しみから解放されるか・・・と
追求してきました。
たぶんこれからどんどん人間が解明されてゆくと
思います。
それを理解する知性も広がっていくと思います。
結論からいうと
残念ながら人間はお互いを縛りあい
所有しあう社会、集団を形成してきたため
たくさんの掟といいますか
規範と言いますか
そういう集団の幻想を常に自分達に
課してきました。
だからほんとうにそうなんか
どうなのか・・・と
個人の検証がなされる前に
無意義な、或いは無駄な
その人間の行動や意志を
縛る規範や
ブレーキを
まるで洋服のよう
身にまとっていきています。
わたしが出遭った多くの人々は
たいがいが、
そう思い込んでいる観念に
脅かされており
その多くが
本人にとっては
むしろ逞しく生きるためには
邪魔であり
無駄であるようなことばかりです。
特に被害者意識に取り込まれた人たちは
安心して
のびのびと生きるなんて
とんでもない・・なんて
思い込んでおり
とても気の毒に思います。
特に自分を信頼できないとか
逆に他人を信頼できず
厚い外套を着こみ
手袋をした手でしか握手できない
触れ合うことができない人となると
もうこれは
人生をほとんど損をしている生き方だとしか
いえませんねえー。
外套どころか
鎧を着ている人も
いますね。
昨日の書きましたが
自分を脅かしているのは
自分がおもいこんだ
或いは
ため込んだ
自分の否定的な観念で
それがその人の
内部から
脅しをささやいているのです。
もし生きることが苦しいなら
自分が思い込んでいることを
勇気を出して意識化して
ほんとうにそうなのか
を
ちゃーんと検証する必要があります。
またじぶんの感情も
検証する必要があります。
私などは
自分が嫌っていた人間のほとんどが
自分の嫉妬からきていたと
今はほんとによくわかります。
また自分ではどうしようもなく
身体に湧き起ってくるさまざまな
否定的感情、怒りや不安や
嫉妬などは
幼児期に受けた心の傷(インナーチャイルド)が
からだから抜けないのであり
わたし自身、今もそういう感情が
からだに湧き起ってはきますが、
それを意識の中で
ちゃーんとコントロールして
自分に言い聞かせ
おさめていきます。
おさめていくのも、
我慢させるのではなく
その原因をちゃんと解明し
現実として
どうなのか、
ほんとにそれは妥当な真実かどうかを
検証して
解決していくのです。
人間はどの人間もそれほど変わりはありません。
自分が思うほど他人は幸せではなく
自分が思うほど自分は変でも不幸せでもなく
ただ
ひとつ確実なことは
自分の人生を
幸せにするための
努力をしたか
どうかです。
人間は常に
最も自分にふさわしい処にいる。
これも真実です。
表面意識ではそう思われなくても
実は深層心理はちゃーんと
その人間にふさわしい場所と位置を与えています。
極端にいうと
表面意識で、ここは私の生きる場所じゃない・・と嘆いている人は
もしかしたら無意識のところでは
そういう風に嘆くことができる場所と位置を
選んでいるかもしれないのです・・・。
つまり
嘆かない人は
嘆く必要などない処に
さっさと行ってしまいますから
たぶん嘆く人は
嘆いていることが
その人の最もふさわしい場所になっているのでしょう。
面白いでしょ。
人間の心は奥が深いです。
自分ではきづいていないが
深層心理はチャ―ンとその人の
望むように
その人を生かしていきます。
まずは自分を苦しめている
自分の思込を一ずつ捨てられると
いいですねー。

朝釧路に向かう途中です。
雲のスケールが大きいです!
『伝心柱マガジン』やってます。
北海道のガーデン巡りを書いてます。
よかったらどうぞ!
もうただひたすらにどうしたら
人間は内面の苦しみから解放されるか・・・と
追求してきました。
たぶんこれからどんどん人間が解明されてゆくと
思います。
それを理解する知性も広がっていくと思います。
結論からいうと
残念ながら人間はお互いを縛りあい
所有しあう社会、集団を形成してきたため
たくさんの掟といいますか
規範と言いますか
そういう集団の幻想を常に自分達に
課してきました。
だからほんとうにそうなんか
どうなのか・・・と
個人の検証がなされる前に
無意義な、或いは無駄な
その人間の行動や意志を
縛る規範や
ブレーキを
まるで洋服のよう
身にまとっていきています。
わたしが出遭った多くの人々は
たいがいが、
そう思い込んでいる観念に
脅かされており
その多くが
本人にとっては
むしろ逞しく生きるためには
邪魔であり
無駄であるようなことばかりです。
特に被害者意識に取り込まれた人たちは
安心して
のびのびと生きるなんて
とんでもない・・なんて
思い込んでおり
とても気の毒に思います。
特に自分を信頼できないとか
逆に他人を信頼できず
厚い外套を着こみ
手袋をした手でしか握手できない
触れ合うことができない人となると
もうこれは
人生をほとんど損をしている生き方だとしか
いえませんねえー。
外套どころか
鎧を着ている人も
いますね。
昨日の書きましたが
自分を脅かしているのは
自分がおもいこんだ
或いは
ため込んだ
自分の否定的な観念で
それがその人の
内部から
脅しをささやいているのです。
もし生きることが苦しいなら
自分が思い込んでいることを
勇気を出して意識化して
ほんとうにそうなのか
を
ちゃーんと検証する必要があります。
またじぶんの感情も
検証する必要があります。
私などは
自分が嫌っていた人間のほとんどが
自分の嫉妬からきていたと
今はほんとによくわかります。
また自分ではどうしようもなく
身体に湧き起ってくるさまざまな
否定的感情、怒りや不安や
嫉妬などは
幼児期に受けた心の傷(インナーチャイルド)が
からだから抜けないのであり
わたし自身、今もそういう感情が
からだに湧き起ってはきますが、
それを意識の中で
ちゃーんとコントロールして
自分に言い聞かせ
おさめていきます。
おさめていくのも、
我慢させるのではなく
その原因をちゃんと解明し
現実として
どうなのか、
ほんとにそれは妥当な真実かどうかを
検証して
解決していくのです。
人間はどの人間もそれほど変わりはありません。
自分が思うほど他人は幸せではなく
自分が思うほど自分は変でも不幸せでもなく
ただ
ひとつ確実なことは
自分の人生を
幸せにするための
努力をしたか
どうかです。
人間は常に
最も自分にふさわしい処にいる。
これも真実です。
表面意識ではそう思われなくても
実は深層心理はちゃーんと
その人間にふさわしい場所と位置を与えています。
極端にいうと
表面意識で、ここは私の生きる場所じゃない・・と嘆いている人は
もしかしたら無意識のところでは
そういう風に嘆くことができる場所と位置を
選んでいるかもしれないのです・・・。
つまり
嘆かない人は
嘆く必要などない処に
さっさと行ってしまいますから
たぶん嘆く人は
嘆いていることが
その人の最もふさわしい場所になっているのでしょう。
面白いでしょ。
人間の心は奥が深いです。
自分ではきづいていないが
深層心理はチャ―ンとその人の
望むように
その人を生かしていきます。
まずは自分を苦しめている
自分の思込を一ずつ捨てられると
いいですねー。

朝釧路に向かう途中です。
雲のスケールが大きいです!
北海道のガーデン巡りを書いてます。
よかったらどうぞ!
by denshinbashira
| 2011-08-21 19:32
| 人間
|
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