2011年 08月 27日
独り言! |
戦国時代はまさに「兵は詭道なり」で
武士たちの発想は自由自在、
奇想天外で、
だから読み物としてオモロイし
自分がはまり込んでしまった隘路から
抜け出す参考として
いまでも人気があります。
しかし徳川に入った途端
徳川幕府は体制を維持するために
つまり
武士という官僚たちを統制する規範として
『武士道』なる幻想で
マインドコントロールしていきました。
すごいですねえ―徳川も!
ちなみに現代の私たちだって
マインドコントロールされているんですよ!
すごい情報操作に踊らされていると思います。
消費なんてまさにそれなくしては
在りませんから・・・。
でもすこしだけ
それに抵抗、対抗、そして考えようという
動きも出てきたかもしれません。
今回の震災と原発事故はほんとうに
不幸なできごとで
まだまだその痛みの真っただ中に
私たちはいますけど
でも
これまで
目くらましを受けていたことが
どんどんその馬脚をあらわしてきましたねえー。
経済の繁栄も
物質的豊かさも
今までみえなかったその
くらがりの部分
腐っている部分が
正体を現してきました。
昨日からの政権の交代騒動で
ふるーい遺物のような小沢さんと
金持ちのアホぼんの鳩山氏に
群がっていくその
時代遅れで
錆びついた頭の人間達の群れ
この期に及んでもまだ
自分の利害しか頭にない人間たち
本来ならあの地震と水素爆発のすぐ後に
党派をこえて自分のできるりの
能力や知識,そして労力、機動力の提供を差しだし
自ら協力を申しで
全政党で復旧、復興、対策へと
一丸となってやらなければ
ならなかったのに・・・・。
それを
じーっとみている国民は
いや見続けさせられている
ほとんどの国民は、ただただ
復興を願いながら
じーっと冷ややかに
覚めていると思います。
恐ろしいのは
そういう風にじーっと冷めた目で
自分達が見られているんだということの
”恐ろしさ”にたいする危機感がないことです。
実は滅びてゆく人たち
敗北してゆく人たちは
いつもこういう風に
自分を客観的検証する能力をうしない
目先の自分の損得ばかりに
取り込まれてゆきます。
更に恐ろしいのは
滅びのボタンを押し続け
最後のとどめを自分たちで
刺します。
でもこれは私たちに見せてくれているのですから
ここからしっかり
国民が学習することだと
思います。
わたしはオザワという人の
”顔”を見ながら
そこに
ちょっと
”狂”を感じます。
”狂”の裏には
怯えた、自信のない自我があり
それが反動して
硬直して
一見、自信に見える
強い自己執着になります。
そして”狂”の人たちは
自分達が正当なことを
やっているという自己偽装をし
その自己暗示の中で
自分達こそ正義だと
硬直します。
小沢氏は
傲岸なように見えますが
その奥にあるのは
やわらかさを失った目
怯えて緊張した目です。
それが
磁器の表面のように
外部から来る情報を
跳ね返し、
自分に不都合な情報はすべて
ツルリと
落としてしう顔。
気持ちの悪い笑顔です。
顔の肉は、
肉厚になって
防衛のみの顔、仮面の顔を造り
もう
頭が硬直していて
新しいことに対応できない
ふるーい停止した
脳です。
わたしなら気の毒ですが
あたらしい時代をめざして
さっさと捨ててしまいますが。
鳩山氏の顔も
筋肉が分厚く、いかにも鈍ーい顔を
している。
こういうひとたちが
いま
政治をやっている。
それが現実です。
それがどうなっていくのか・・・・。
”時代”という大きなスパーンで
全体を見渡し
これらを眺めていないと
ちょっと耐えられませんね。
まあー
顔はその人間の内面をあらわします。
顔をよーく見極められるように
なるといいです。
総理候補者の顔をよーく見ながら
分析していくと
それも脳のトレーニングになります・・・
少々間違えても
思い込みかも知れなくても
自分の能力を駆使して分析すると
いいです。
例え少々間違えても
そういう風にして
自分の直感が磨かれていきますから・・・・。
※ 蛇足
できたら、自分の分析を言葉にして言ったり
書いたりするといいです、そうすると
自分の感じたことや直感が強化されてゆき
その人の根拠のところの直感データーとして
蓄積されてゆきます。もしその中に間違いを
見つけたら、率直に書き直し
思い直したらいいだけの
ことです。
あたらしい総理に誰がなっても
この国が救われるという見込みは
あまりない。
しかし
たぶん
ここを通らないい限り
次へはいけないと
思います。
ものが熟していくまでには
順序があり
古いものが壊れて行くプロセスが
必要です。
もう
ほおっておいても
崩れるでしょう。
しかし
崩れても
私達のほうに
ビジョンがないと
さて
どうするか
考えましょう!


『伝心柱・マガジン』やってます。
よかったらどうぞ!
武士たちの発想は自由自在、
奇想天外で、
だから読み物としてオモロイし
自分がはまり込んでしまった隘路から
抜け出す参考として
いまでも人気があります。
しかし徳川に入った途端
徳川幕府は体制を維持するために
つまり
武士という官僚たちを統制する規範として
『武士道』なる幻想で
マインドコントロールしていきました。
すごいですねえ―徳川も!
ちなみに現代の私たちだって
マインドコントロールされているんですよ!
すごい情報操作に踊らされていると思います。
消費なんてまさにそれなくしては
在りませんから・・・。
でもすこしだけ
それに抵抗、対抗、そして考えようという
動きも出てきたかもしれません。
今回の震災と原発事故はほんとうに
不幸なできごとで
まだまだその痛みの真っただ中に
私たちはいますけど
でも
これまで
目くらましを受けていたことが
どんどんその馬脚をあらわしてきましたねえー。
経済の繁栄も
物質的豊かさも
今までみえなかったその
くらがりの部分
腐っている部分が
正体を現してきました。
昨日からの政権の交代騒動で
ふるーい遺物のような小沢さんと
金持ちのアホぼんの鳩山氏に
群がっていくその
時代遅れで
錆びついた頭の人間達の群れ
この期に及んでもまだ
自分の利害しか頭にない人間たち
本来ならあの地震と水素爆発のすぐ後に
党派をこえて自分のできるりの
能力や知識,そして労力、機動力の提供を差しだし
自ら協力を申しで
全政党で復旧、復興、対策へと
一丸となってやらなければ
ならなかったのに・・・・。
それを
じーっとみている国民は
いや見続けさせられている
ほとんどの国民は、ただただ
復興を願いながら
じーっと冷ややかに
覚めていると思います。
恐ろしいのは
そういう風にじーっと冷めた目で
自分達が見られているんだということの
”恐ろしさ”にたいする危機感がないことです。
実は滅びてゆく人たち
敗北してゆく人たちは
いつもこういう風に
自分を客観的検証する能力をうしない
目先の自分の損得ばかりに
取り込まれてゆきます。
更に恐ろしいのは
滅びのボタンを押し続け
最後のとどめを自分たちで
刺します。
でもこれは私たちに見せてくれているのですから
ここからしっかり
国民が学習することだと
思います。
わたしはオザワという人の
”顔”を見ながら
そこに
ちょっと
”狂”を感じます。
”狂”の裏には
怯えた、自信のない自我があり
それが反動して
硬直して
一見、自信に見える
強い自己執着になります。
そして”狂”の人たちは
自分達が正当なことを
やっているという自己偽装をし
その自己暗示の中で
自分達こそ正義だと
硬直します。
小沢氏は
傲岸なように見えますが
その奥にあるのは
やわらかさを失った目
怯えて緊張した目です。
それが
磁器の表面のように
外部から来る情報を
跳ね返し、
自分に不都合な情報はすべて
ツルリと
落としてしう顔。
気持ちの悪い笑顔です。
顔の肉は、
肉厚になって
防衛のみの顔、仮面の顔を造り
もう
頭が硬直していて
新しいことに対応できない
ふるーい停止した
脳です。
わたしなら気の毒ですが
あたらしい時代をめざして
さっさと捨ててしまいますが。
鳩山氏の顔も
筋肉が分厚く、いかにも鈍ーい顔を
している。
こういうひとたちが
いま
政治をやっている。
それが現実です。
それがどうなっていくのか・・・・。
”時代”という大きなスパーンで
全体を見渡し
これらを眺めていないと
ちょっと耐えられませんね。
まあー
顔はその人間の内面をあらわします。
顔をよーく見極められるように
なるといいです。
総理候補者の顔をよーく見ながら
分析していくと
それも脳のトレーニングになります・・・
少々間違えても
思い込みかも知れなくても
自分の能力を駆使して分析すると
いいです。
例え少々間違えても
そういう風にして
自分の直感が磨かれていきますから・・・・。
※ 蛇足
できたら、自分の分析を言葉にして言ったり
書いたりするといいです、そうすると
自分の感じたことや直感が強化されてゆき
その人の根拠のところの直感データーとして
蓄積されてゆきます。もしその中に間違いを
見つけたら、率直に書き直し
思い直したらいいだけの
ことです。
あたらしい総理に誰がなっても
この国が救われるという見込みは
あまりない。
しかし
たぶん
ここを通らないい限り
次へはいけないと
思います。
ものが熟していくまでには
順序があり
古いものが壊れて行くプロセスが
必要です。
もう
ほおっておいても
崩れるでしょう。
しかし
崩れても
私達のほうに
ビジョンがないと
さて
どうするか
考えましょう!

よかったらどうぞ!
by denshinbashira
| 2011-08-27 08:13
|
Comments(6)
そうですね~~~。何事もあるべきようですね。
でも良き方へ向かうと信じていきたいと思うのです。
でも良き方へ向かうと信じていきたいと思うのです。
0
そうですね、確かに「私たちの側にビジョンがないと…」です。これほどまでに政治に対しての信頼も希望も失った時代はありません。考えましょう、そして試みてみる。対話し、また相手の話を聞き、賢治さんのいうところの「よく見聞き知りそして忘れず」そこからがスタートです。
これだけの国の有事に際してもなお、物事を自分にとっての損得勘定
だけで計る事を一向に辞める様子がない政治家たちが恐ろしくてなりません。
その一方で、自分で出来る事を草の根レベルから始めている方々も
いらっしゃいます。私も自分に出来る事から始めて行こうと思っています。
だけで計る事を一向に辞める様子がない政治家たちが恐ろしくてなりません。
その一方で、自分で出来る事を草の根レベルから始めている方々も
いらっしゃいます。私も自分に出来る事から始めて行こうと思っています。
nageire-fushe 様。賢明な国民でもありますが、しかし自立より依存の傾向が強い国民でもありますから、最も厳しい選択をすることができず、最終的には良き方向へと向かうとしても、時間がかかるだろうと私は思っています。
どんぽのばぶ様。もっとも必要なのは私たちが現実を真正面からみつめたうえでのビジョンをだすことです。それは個々の人間が自分がどう生きるかを考えることであり、人生における優先順位をしっかり考えることだと私は思っています。
さとこさま。政治家たちは鈍すぎます。たださとこさんの言うとおり、もっとも切実なところ、もっとも危機がひどく追い詰められているところから動きが起きてくると、私は思っています。沖縄の人々ももう基地の補償金が入ってこない、それをあてにできないという現実を突き付けられた今、彼らの中に少しずつ新しい経済のビジョンが立ちはじめていると
聞きました。何もないところから、零から立ち上げようとけっしんしたときこそ、人間は大きなエネルギーを出し始めます。自分が、自分達がやるしかない・・と云う無の大地にたって、そこから何かがおきてくるだろうと私は思っています。それまで・・・つまり機が熟していくのをじーっと耐え待っている状態です。
聞きました。何もないところから、零から立ち上げようとけっしんしたときこそ、人間は大きなエネルギーを出し始めます。自分が、自分達がやるしかない・・と云う無の大地にたって、そこから何かがおきてくるだろうと私は思っています。それまで・・・つまり機が熟していくのをじーっと耐え待っている状態です。

