自分を抽象化する! |
「人間」という言葉を使います。
人とか具体名ではなく
「人間」です。
それはなぜかというと
自分の自我も含めて
できるだけ
人間を抽象化して
原理化して書く
或いは
考える・・・ということを
自分に課しているからです。
人間は情報量が多いほど
或いは情報のドメイン(領域)が広いほど
考察は
抽象的になってきます。
抽象的になればなるほど
広く
高く
俯瞰的に
全体を見わたせる力がついてきます。
逆に
具体的に
或いは個人のフィールドに
降りてというか
近ければ
近いほど
自我の感情が強く作用してきますから
自分の感情に囚われやすくなると同時に
自分の世界だけで
物事を仕分けてしまいます。
より抽象的に
考察するという事は
たいへんむずかしいことで
それがその人の
頭のちから
能力にも繋がっていきます。
たいがいの人は
自我の感情、
自分の世界だけで
ものごとを仕分けてしまうため
どうしても視線や視界が
横一直線になってしまい
だからそこにきしみや対抗などのストレスが
生じてしまいます。
今回辞職した政治家も
明らかにその視点が持てていませんでしたから
不用意な失言をしてしまいました。
しかしそれは
彼の能力の限界をも曝したことですから
結果的には
不適当な人材だったと思います。
そして国民もマスコミも
同様に横いちの視線しかなく
彼が何をしようとしていたかなどには
目もくれず、
引きづり落してしまいました。
まあそれはそれでいいでしょう。
ただ
このブログを読んでくださる方は
そういう横いちから抜け出して
感情に囚われず
自我をちょっと横に置いといて
眺めて見てほしいなーと
おもうのですよ。
わたしもアホが嫌いで
腹もたちますが、
この大臣が自分の目でみたから
きっと
「死のまち」に見えたのでしょう・・・。
それは深い衝撃だったと思います。
しかし
彼は官僚やハゲタカたちのトップに立つには
あまりにも、隙だらけで
弱すぎます。
相手を攻略していく
もっともっと厳しい目と戦略、戦術を
持っていないから
そのまんまが
でてしまいました。
この抽象化ということが
少しできる人は
群れから距離をとって生きようとします。
ひきこももりも
個人主義も
いわゆる都会人の
田舎暮らしなども
そういう距離だと
思います。
しかしもっと抽象化することができるようになると
自分や個人を超越して
「人間」というドメインの中で
人間が見えてきます。
それは場所も
距離も関係がない位置です。
普遍化された位置です。
以前ご紹介したジルテイラー博士の
「右脳と左脳の世界」
つまり
人間の脳は常に
現時点より複雑世界をめざし
右脳で普遍的に捉えた世界を
左脳で距離や位置や順番を整理する
整理しては
抽象化して
さらにステップアップしては
もっと複雑な世界へと
挑んでいく。
そういう風にして
人間は進化し
そしてここまで辿りついたという
わけですね。
普遍化された世界では
自我は融けてしまいます。
ただ人間という命がそこにあるだけです。
それはほんとうに汎く大きな世界で
きっと愛の世界だと
私は思うのですよ・・・・!
そうなると
いいねえ・・・。
いつかきっと
そうなりますように・・・・。
芥川の「蜘蛛の糸」のお釈迦さまが
みている
その位置ですね。
ああ―私もまだまだ
ほど遠いけど
なるべく自分を抽象化するために
もっともっと
たくさん本を読んで
経験して
勉強だなー・・・。
ヤレヤレ!

陸前高田の空です!
よかったら見て下さい!

