破片化と全体性・・・??? |
全体性で生きようとする野田さんと
周辺の破片化した人間という事で
全体性とは
破片とはの違いを説明しようかなーと
思っていたら
ソクラテスの「無知の知」ということばが浮かんできた。
”野田さん”のように
自分の中に起きる感性や感情、
また彼女自身の中で確認された正統性や
道理にそって
素直に生きようとする。つまり
自分の要素全部を生かしながら
その自然性に添って生きようとする人は
自分の中で解決できたことと
解決できていないことが
ちゃんと見分けられるから
そういう意味では
自分の無知の部分
自分にとっては未知の部分に対する
自覚意識が生まれる。
だから好奇心も強い!
ノーベル賞の湯川博士なども
そういう全体性の中にいた人らしく
学会などの集まりで
ごくごく初歩的な質問や
分かりきっている・・という黙認の
前提などに疑義をだしたりして
うざがられと
読んだことがある。
つまり
全体性で生きている人は
納得しながら生きているから
納得できていないことに対しては
素朴に疑問を持つ。
しかし
破片で生きている人間は
その多くを他者の世界に依存し
つまり
実際に自分が自分の欠損を埋める努力の前に
或いは、常に自分で実感しながら
現実を納得して生きようとする前に
他者の言動や、時の多数派の言動や
社会の動向に
ひょいと乗っかってしまい
手間暇かけて
自分を検証したりすることなく
生きている人。
だから自分の実感も
確信もない。
どうしてそうなってしまうかというと
人間の脳は
自分が信じこんだこと以外を
弾いてしまう性格があるからです。
特に深層心理に不安がある人は
(誰でも不安はあるのですが・・それを
自力で解決することができない人)
自分が思い込んだり
信じこんだり、或いは
そう信じたいとおもったら
それ以外を意識がブロックしてしまうのですね。
・信じたい…と思う心の深層には
自分に自信なく、見極めてしまう怖さがあります。
それは真実を知ったときに来る
自分の無知や未熟さに対しての罰や成敗を
自罰的に持っているからです。
ひらたく言えば
バカじゃいけない・・・と
おもってるんだねえー!
特に神秘の世界とか
宗教なんかもそうだし
世間の常識とかいうのも
親の価値観なんかも
そこから脱しない人には
それが道理だと思いこんじゃうんだねえー!
そうではなくてねー
自分の信じていることを
いったんつきはなし、
ほんとうにそうかなー
どうなんだろう・・という
客観的な視点が大切なんですね。
そのためには
”野田さん”のように
自分でほんとうかどうかを
調べにいったり
自分でやってみたり・・・ということが
大切でね、
だからどこか
”ものわかり”が遅かったり
のろかったり
鈍いと思われたりするんですね・・・。
逆に破片で生きてる人間は
自分が分かっちゃた気になっているから
そういうノロさや
ダサさにイライラする・・・・・でも
ほんとうは
わかってないのにねえー!
自分には知らないことが山ほどある
と
自覚している人は
優れている人だと
私は思います。
それもものごとというのは
究めれば究めるほど
奥が深く、
行けども行けども
まだあるのか・・・ということばかりです。
今朝読んだユング心理学の本に
「地道こそが王道」とありましたが
ほんとうにその通りで
大きなテーゼの全体が茫洋として見えてきた後は
そのディテールを丹念に詰めていくという
忍耐の作業がひつようというか
重要なんですね。
人間は赤ん坊の時
混沌としたその全体性を持って
生まれてきます。
そしてそのいかにも
漠然とした
自分が前者から受けついだ
遺伝の遺産という全体性の
ディテールの
検証と認識、認知が
始まる。
それを知恵というのだろう・・と
私は思っています。
さらにそこから前へと前進
深化してゆき次へとバトンする。
人生はその全体性を追って
自己を検証していく旅で
その不明なところ
無明な闇を
ひとつひとつ探り当てては
光を当てて
はっきりと合理化しく。
不条理の糸をほぐしていく。
だから破片である自分は
苦しく
しかし
ジグソーパズルの一片が
ピタリと
自分の全体性の一部に嵌まったとき
ストーンと納得し
命が落ち着く。
或いは命が輝く!
自分という全体性の中に
抱擁されるからですね。
物事は複雑さが頂点に達したときに
創発というジャンプが起きます。
そういうジャンプを繰り返しながら
人間は進化を遂げてきました。
複雑さが頂点に達するまでが
破片のまま彷徨い
かきあつめる
苦しい旅なんですね。
闇が深いとき或いは
まだ複雑さの破片しか見えていないときは
自我がそれを取り仕切ります。
しかしほんとうに全体性が
成就していくと
自我は融けて行き
それはある普遍性を獲得してゆきます。
たぶんその自我の溶解した境地を
先人たちはめざし
悟ろうとしたのかなーと
思います。
重くて
ノロくて
ダサくて
感情的で
厄介だけど
自分の全体性にそって素直に
生きたいと
私は思っています。
昔から
そういう風に
廻りから思われて
浮いてきた
わたしでしたネー・・・トホホ・・・笑!

もう空は秋の空です!


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