アンデルセンの童話より・・・人魚姫! |
ご存じのとおり人魚姫の結末は
あまりにも悲しく、残酷です。
なぜアンデルセンはあの結末を
書いたのでしょうか。
しかし私はアンデルセンが32歳の時に書いた
この作品があってこそ
その後の作品が一作ごとに
光を放っていくのだと
思います。
一作ごとに
アンデルセン自身の内面の葛藤と
その昇華が投影されて
物語が成熟していくために
なくてはならない
とても重要なカギを握っている作品です。
人魚姫は海の底深くにある
「海の民の国」の王女です。
海の民の国の宮殿はサンゴや琥珀や真珠が
ふんだんに使われている美しい宮殿に
お妃に先立たれた王と
その妃の代わりに
姫たちを育てているおばあさまそして
6にの王女が暮らしています。
人魚姫は6人の王女たちの末娘です。
王女たちは海の上の人間の世界に
興味深々なのですが
15歳になったら、
その謎めいた海の上の世界を
見に行くことが許されます。
15歳になった一番上の姉から
順番に一年ごと、
それぞれの姫は海の上で見てきた事を
語ります。
下に行けばいくほど
待たされるし、姉たちの話を聞けば聞くほど
期待はふくらむでしょうね。
そして
いいよ末娘の番になり
彼女はその神秘の海上へと
上って行きます。
ちょうど姫が海上へ上って行ったとき
そこには、一隻の船がおり
その船には美しい王子が
その誕生日を祝うパーティーを
催していました。
そのハンサムな人間の王子に、姫は
一目ぼれをします。
そしてパーティーが夜更けまで続く中
嵐が起きてきて、船が沈没してしまいます。
舟は破損し人々は海に投げ出され
王子も溺れそうになるのを
人魚姫が助け
砂浜まで運んでいきます。
そして自分は隠れて、
だれか王子を助けに来てくれるのを
じーっとみまもります。
そこへ一人の少女が来て
王子をたすけ、
王子は、自分を助けたのは
その少女だと
思い込んでしまうのです。
人魚姫は海の宮殿に帰っても
王子の事が忘れられません。
王子が棲んでいる宮殿の前に
毎夜浮き上がっては眺めていますが
とうとう地上で人間として
暮らしたいと思うようになり、
おばあさまに人間と自分たちの違いを
問います。
人間はいつかは死ななければならないが
肉体が滅びたあと,
生き続ける魂をも持っている。
そして魂は空にのぼって、輝く星になる。
しかし人魚は、300年生き
命が尽きるとただの海の泡になってしまうと
教えてもらいます。
※ この人間の魂に対するアンデルセンの考えは
後の作品の中にもお話の原点のように
秘められていきます。
人魚姫は、人間にあこがれ
人間の世界の不死の魂を手に入れたくて
仕方がなくなります。
そしてついに人間になるべく魔女のとこへと
行きます。
魔女はいったん人間になったら
二度と人魚にはもどれない。そして
王子がほかの女と結婚したら
その次の朝、人魚姫の心臓はこなごなになり
海の泡になると
告げます。
どうしても人間になりたいのなら
その魔術を施術する代償として
人魚姫の声を要求します。
しかも尻尾がとれて
手に入れた足は一歩ごとに
鋭いナイフの上を歩いているような
痛みが走るだろうと
言います。
それでも人魚姫は
魔女から薬をもらい
尻尾が二つに割れて
”足”を手に入れ
麻薬を呑んだのち
気絶したまま
海の上へと上がっていき
海岸に倒れてしまいます。
その人魚姫を今度はあの王子が助けます。
王子は海岸で裸で倒れていた
その不思議な女の子に
いろいろと尋ねるのですが
人魚姫は口がきけず
黙って深い青い瞳でみつめかえすことしか
出来ません。
そして
人魚姫の思いとは裏腹に
王子は彼女をそばにおき
妹のように可愛がりますが、
恋愛の相手としては
見てくれません。
あるとき、とうとう王子が
結婚することになりました。
相手は自分が救ったあとに
王子を砂浜で助けた少女です。
人魚姫は自分が救ったのだと言いたくても
話すことができず絶望しますが
王子は彼女と結婚を
決意します。
その結婚式のあと
自分の心臓が破裂して死ぬことを
覚悟した姫の前に
姉の人魚姫たちがあらわれます。
朝日の最初の光が射してくる前に
王子の胸にナイフをつきさせば
人魚姫はまたもとの人魚に戻れるから
王子を殺せといいます。
時がせまり
いよいよ朝日が迫ってくるなか
人魚姫はナイフを刺そうとしますが、
彼女はナイフを海の中に
放り投げます。
そして海に身を投げ、
その体は海の泡となって
とけていきました。
ここでね、
物語が終わればほんとうに
完璧なんだけど・・・と私は思うのですが
残念なことに
アンデルセンは付け加えました。
人魚姫が海の泡となったその時
お日様の光が
優しく、あたたかくその泡にあたり
人魚姫の泡はどんどん空へと上っていき
空気の精となります。
空気の精が言います・
『わたしたちは、人間の愛などなくても
永遠に生きられるのよ。
重苦しい熱病が人間に死をもたらす暑い国へと
とんで行って、すずしい風をはこぶの。
空気を花の香りでいっぱいにして、
安心と癒やしをもたらすの。300年のあいだ
できるだけ、よい行いをしようとすれば
不死の魂と幸せを手に入れるのよ。
かわいそうな人魚さん、あなたも心から
よい行いをしてきたのね。苦しんで、
たえて、空気の精の世界にのぼってきたのよ。
これであなたも、自分の力で不死の魂を
手にいれられるわ』
そうして人魚姫は空に浮かぶバラ色の雲にむかって
舞い上がっていきました。
前回の”親指姫”は
自分の意志を持たず
次々と状況に
つまりお膳だてされた上に乗っかって
受け身で生きていきますが、
この人魚姫は自分の意志にもとづいて
あえて不可能なことに
挑戦していきます。
あの親指姫の時の幼稚な女性性が
まるで思春期や青春の若者みたいにまで
アンデルセンの中で
成長しています。
しかし人魚姫には意志を持っているにも
かかわらず
成功禁止令が
かかっています。
たぶんこの頃のアンデルセン自身に
成功禁止令がかかっていたのでは
ないでしょうか。
人魚姫は人間になる代償として
声(舌)を奪われます。
つまり意志をもつが
意志を成就させるためのハードルを
あげられて
成功を禁じられた状態に
なってしまいます。
一方挫折しても
自分が人魚に戻るのは
王子を殺さなければばならないという
残酷な試練を与えられます。
成功のハードルをあげられた上に
更に自分を救出するには厳しい条件が
つけられる。
死ぬよりほかなくなる。
これはいわゆるダブルバインド状態ですねえー!
すべてが条件付きのOKです。
〇〇してもよいが
ただしなになにしなければ
ならない・・・という
心理コントロールの一つです。
前に進もうとする人間の足に
鎖をつけて
そのことが旨く運ばないように
がんじがらめにしてしまう。
たとえば
親は子供にいいよ、いいよと言いながら
目はダメと言っている。
そうすると
子供はいったい自分がどうしていいのか
分からなくなってしまいます。
親のほうは深層心理のどこかで
子供が自分のテリトリーの外に行くことを
承知できず、
アンタの思い通りにしては
いけない・・・という
無意識の指示を与えます。
これは人間関係の中で
無意識に相手を縛ろうとするもので
表面のやりとりでは
さも、良い・・・と言っているように
擬装しながら
相手を自由にさせない・・・まあ
いわば
恐ろしい心理支配です。
そして残念なことに
多くの親と子供の間で
無意識に取り交わされています。
勿論夫婦や家族や
組織や
仲間のなかでも
そうです。
遊びにいってもいいけど
宿題を終わってから・・・とか
自分のしたいことをするには
受験に合格してから・・とか
なになにする前に
自分の義務をはたせとか・・・・。
アンデルセンは14歳でコペンハーゲンに出てきますが
貧乏のために学校へ行けませんでした。
その彼の17歳の時に、
その才能を見込み援助をしてくれる
ヨナス・コリンに出遭います。
コリンが用意してくれたのは
厳格な地方の学校で
意地悪な校長の家で3年間、
20歳になって脱出するまで
書くことを禁じられたり、自由を奪われ
まるで囚人のような下宿生活をしたと
いわれています。
まあー、そういうアンデルセンでなくても
多くの人間関係の中では
ダブルバインドが、
日常的に行われているのが
人間の社会の現状です。
しかしこのダブルバインドがとけないと
本人が意識できないまま
成功禁止令が作動し、また
がんじがらめで
身動きのとれないまま
こころが病み
苦しくてたまらないのに、
出口が見つからない状態に
なってしまいます。
この作品を書いたときのアンデルセンも
ちょうどそういう心理状態で
苦しんでいたのでは
ないでしょうか。
だから人魚姫は
海に身をなげて死のうとするのですが、
しかし、聡明なるアンデルセンは、
そこからちょっと擬装をしたと
私は思います。
つまり、彼は、
人魚姫が海の泡と化してから
空気の精という救い主を
設定します。
まあキリスト教では
死後三日目に魂として蘇るという教えもありますから
アンデルセンがその教えをいかし
あまりに残酷な結末に
救いをつけたのかもしれませんが
まあお話としては
非常に歯切れが悪くなっています。
しかしこの
「不死の魂」は
アンデルセンがそれを
信じていたふしがあり、というより
それをよりどころに
自分の内面を支えていたふしがあるように
私は思います。
だからこそ
このがんじがらめの自分を
掬いだす手綱にしたのかも
しれません。
それはたぶん
死後の復活を信じて
現実を耐えるというような
宗教的な教義としてではなく
彼自身の自己救済の
純粋な光として
あったように思います。
なぜならこの人魚姫の作品を
根底に、そこからアンデルセンの物語の
女性たちが大きく
変化していくからです。
そこには
現実をあきらめて、死後の魂を
信じる・・・なんての女性たちではなく、
自ら運命を切り開いてゆく
意志をもち
バイタリティーにとんだ女性たちが
出てくるからです。
なんせ、この作品を書いたのは
まだ30そこそこですからねえー!
経験も思考も未熟で
まだまだ無理のない事です。
しかし彼は人魚姫の自分
すなわち
ここから
自分の逆境を武器に
囚人化していた自分を
救い出すべく
アンデルセンの女性性が
どんどん熟していきます。
さーどういう風になるのか
お楽しみに
どうぞ!
次は「しゃんとしたすずの兵隊」です。
では
また。
蛇足・・・世の中のお母さんたちは
くれぐれもお子さんにダブルバインドをかけないようにね。

やっちょります!
● 最近、ブログを書くだけで精一杯で、ちょっと疲れてきたので
コメントンに関しては、お返事を書かないことにいたしました。
でも記入はご自由にどうぞ!

私はいま大学2年生で文学部に所属しています。
なぜ『人魚姫』の記事に辿りついた理由は、昨年7月に19歳で亡くなった友人の※LINEのプロフィール写真が人魚姫だったことです。