シリーズ”風のエッセイ” 茂木健一郎さんのコンプレッックス! |
茂木健一郎さんの
講演会の映像が送られてきたので
見ました。
これがそうです
茂木さんが
脳科学について書かれた本を読んだことから
私はカウンセリングだけでは
説明しきれない
深層心理のメカニズムと
脳との関係の裏づけが
よーくわかり、以来
脳についての本を
読み漁りました。
大変勉強になり
今の私のきっかけは
茂木さんだと
感謝しています。
それだけではなく
本の中の茂木さんは
説明に引用する言葉が
とても映像的で
的確で
左脳だけでなく
右脳の優れていることも感じ
いつも読みながら
感心しています。
それで
茂木さんの講演なんですが、
もう青年のような純粋さと
率直さで
自分の心のなかをそのまま語り
爆笑ものなのです。
内容は人間はそれぞれ才能があり
日本の教育は勉強ができるとか偏差値がどうのこうという
一元的な価値で人間を裁断してしまうが
それはまちがっている。
脳はそれぞれの才能をいきているから
自分の与えられた才能を受け入れて・・・・・・。」という
ようなことを茂木さんが
ほんとに真剣に
しゃべる。
私もその通りだと思うのですよ
しかし
ちょっと気になったのが
茂木さんが例に出しているひと達の話です。
それはいわゆる勉強ができない人で
小学生の時は生き生きしていたのに
中学生になると
頭をリーゼントにして
校舎の裏で煙草を吸っては
その足元の草に煙草をこすりつけて
こがしていた…という彼の友人のことや
灰皿でテキーラを飲んでそれを
勧める市川海老蔵の話や
小林秀雄の孫の白洲信哉さんの話などして
そして講演の最後のほうで
ぽろっと
自分は不良の勧めを
話しているのではない・・と
ことわりを
入れました。
どーも茂木さんは
悪童コンプレックスが
あるらしい・・・?
それと大衆コンプレックスというか
そういうものも
あるようですよ、
本人は気づいているかどうか
わかりませんが・・・。
まあ、
講演の中で話されているように
それも自分に与えられたコンプレックスとして
受け入れていて
ご承知かもしれませんが・・・。
人間は自分の一番嫌なところや
自分が認めたくないところこそ
実はそこに
その人の独特な個性であり
独創性が潜んでいるところなのですが
茂木さんも
そのことを聴衆に伝えたくて
こういう
勉強はできないけど
素行が悪くても
そんなことなどをはるかに超えて
彼らの個性や才能は輝いている・・と
いいたいらしいのです。
しかし
話の節々で
どうしても彼らの事を
フォローするような言葉や
説得まではいってませんが
説明するような言葉を
はさんでいるのが
気になります。
なぜ
フォローすることばや
説明するような言葉を
口にするかというと
そこに茂木さんの
大衆に対する不信というか
不安があるように
思います。
つまり
そういう反社会的なことを
理解してくれるだろうか・・・という
不安や
その人たちの行為は
大衆(聴衆)が持っている
世間的常識の
規範に
触れそうだなあ・・・、
反しそうだなあ・・・という
逡巡があるのです。
だから
誤解されないように
フォローと説明の言葉を
さしはさまないでは
いられない。
私は茂木さんが大好きだし
茂木さんが
!一番の星、!って
書いてくれた本は
宝にしてます・・・(たぶん誰にもそう書くのかもしれませんが・・・笑!)
ずーっと優等生で
生徒会長までした茂木少年の中に
もしかしたら
そういう自分を少しうしろめたく思うものが
あるかものしれませんねー!
脳科学からいっても
カウンセリングの視点から見ても
人間を
勉強という一点だけで推し量るほど
愚かしいことはなく、
私ももう
何度も書きましたが
そういう陳腐な教育が
日本では
まかり通っている。
脳の世界も
心理の世界も
複雑で
多様で多種に満ち満ちていて
豊かで
広くて
大きい世界です。
そしてそこは
まったくのゼロ地帯で
行為とその反応があるだけで
上下の価値も
序列も
差別も
ありません。
つまり
突っ張って校舎の裏で煙草を吸ってるやつも
ステキなんです。
灰皿にテキーラを入れて
暴力事件を起こす奴も
歌舞伎の舞台では
輝いているんです。
自分(茂木)みたいに
勉強が抜群にできる奴も・・・・。
脳の世界に於いては
そういうことすべてが
並列であって
そこには
価値の序列や差別などなく
みーんな自分の才能の世界を
生きてるですよ・・・・と
それは
常に
才能が開くという
契機を孕んで
自分を生きているのであり
だから
教育の世界も
父母の世界も
まあそういう
アホなことを
いまだにやっていて気づない・・・ということこそ
いちばんダメなことなんです・・・と
一言のもとに
両断すればいいんです。
けど
茂木さんは
やさしいから
なんとかわかってもらおうと
奮闘している。
まあー招かれたのがどうも
なんだか高校だかの
そういう式典行事の場らしいから
無理もないのですが・・・。
常日頃から
どうしてこんなところまで
茂木さんは
自分を露出させるんだろう・・・という
疑問がありました。
おそらくものすごい好奇心が
働く人だからかしら・・・?と
思っていましたが
今回の映像をみて
ちょっと謎がとけました。
つまり
悪童を超えられない茂木さんと
大衆を超えられない茂木さんがいる。
言葉を変えて言うと
悪童と
大衆から
脅かされている
茂木さんがいるという事です。
わかりやすく言うと
優等生だろうが
悪童であろうが
世間的な規範や
常識なんか
そんなことなど
人間にとって
大したことじゃない・・・という
超越が
出来ていないのですね。
タバコで思い出したので
余談ですが
文豪”内田百閒”せんせいなどはもう
幼児の頃からたばこを吸っていて
とちゅで、
青少年の喫煙を禁じる法律ができたため
小学生の百閒先生は
たばこを吸いたくなったら
婆やに
『おまわりさんが通りを
歩いてないか
ちょっとみてきてくれないかい!』と
通りを確認させてから
煙草を吸っていた・・・・らしいです・・・・笑!
そういう事を書いている時の
百閒先生のように
世の中を
超越できていないのですね・・・。
講演の後で
ニーチェを書くといってましたが
原稿では
大丈夫なんでしょうかねー?
まあ
なかなか普通の人は
超越なんて
出来ないでしょうが・・・・笑!
悪童を超えるともう
悪童には
アプローチしなくなります。
また
大衆を超えると
大衆にはアプローチする必要を
感じなくなります。
人間は
自分が一番怖れ
恐がっている人に
近づいていきます。
私は茂木さんが大好きだから
そして
更に脳の事を研究して
書いてほしいし
脳のことが
広く理解されるようになることを
願っています。
だから
いつか茂木さんが
それらを
超越して
講演したときは
もう何も警戒せず
聴衆を信頼しきって
本質的な言葉のみを
ボコン、ボコン、
ぶち込んでしまうような
話をしてほしいと
思いました。
そしたら
きっと
今より
もっと
本質的な事を
聴衆は笑いながら
受け止めてくれると
思いますよ・・・・。
ねっ!


