シリーズ”風のエッセイ” 素朴に愛す!その2 |
”オピニオン・インタヴュー”で
タレントの稲川淳二さんの記事があり
読みながら
心を打たれました。
稲川さんには”クルーゾン氏病という
先天的に脳の骨に異常がある難病の
次男さんがおられる。
その次男さんが生まれてきて
4が月で手術を受けられた時の
お話です。
抜粋
『ほんとうに許されないことですが
うちの子供の事ですから、
こんな話をどうぞ許してください。
私はね、次男に死んで欲しいという気持ちが
あった。
助けたい。 でも怖い。そして悲しい。
この子がいたら、女房も長男も将来、大変だろうな。
よしんば助かって生きたとしても、いずれは
面倒なことにんるだろうな。 いろんなことを
考えた。
どういう病気かも当時はよく分かってなかったし、
病室には私と次男しかいない。誰にも分からない。
小さいから葬式も簡単だし。じゃあ今
自分で殺しちゃおうかな。その代りすっと
こいつに謝り続けていいればいいんだと。
中略
そんなことがありました。
手術は朝から始まって、夜の8時半ごろようやく終わった。
エレベーターが開いておりみたいなベッドがでてきた。
まわりに先生がたくさんいて。のぞくと次男が寝ている
頭は包帯だらけで、手とか足とか腕にはチューブが
何本も刺さっていた。苦しそうに呼吸している。
もうね、たまらなかったです。
小さな体を切り刻まれて、ぼろぼろになっても
頑張っている。私はベッドにすがりつて
「由輝!オレはお前の父ちゃんだぞ。由輝」と
さけびました。
実は、次男の名前をこのとき、初めて呼んだんです。
それまでは、名前をよべなかった。
自分の中から抹消しようとしていたんです。
こころどこかで拒絶していたんです。
最低です。本当に最低です。なんて最低な
父親なんだと・・・。思いました。
中略
以後人生ががらりと変わりました。
テレビもお笑いのしごともやめました。
芸能人っていうのは、身内に不幸があっても
笑わなきゃならない。 陰でどれだけ泣いても、
テレビでは「はいどうも~」って
笑わせなきゃならない。もう
やかましいぐらいしゃべって、
「あんた明るいねぇ」なんて言われていましたね。
でももうやめました。
自分を殺してましで笑いの仕事をするのは
やめよう、と。
今は怪談のほか、バリアフリーの講演とか
街頭や駅で障碍者に対する理解を訴えたり、
応援をしたりしています。』
重症のひとほどお金がかり
働けない現実において
今度「障害者自立支援法」が
変えられようとすることに対する
危機感を持たれており
『一般の方々にも分かってほしいですね
私が街頭や駅頭で一生懸命しゃべっても
うるせなぁという顔をする人がほとんどです
誰も聞いてやしない。
私も次男のことがあるまでは、ひとごとだと
思ってた。
中略
私がね、今回、こんなみっともないことも
あえてお話したのは、
みなさんに分かってほしいという一心、
それだけなんです。
ごめんなさいね。
世の中に要らない人
要らない命なんてないんですよ。
それだけは、
分かってください。』



ステキです
稲川さん!

