2012年 08月 01日
抽象的になった憎しみをお掃除する! |
憎しみの感情のついでといっちゃーナンですが
憎しみの感情を持っていると
辛いし
それにいろんなところで
それが出てしまい
じぶんの行動が汚れてしまいますから
どうしたらこれを
取れるかを
考えてみましょう。
どだい自分の感情・・イコール本心は
その動機のところの正体を
明らかに
解決しなければ
いくら理性で抑え込んでも
隙あらば
ヒョイと意識のなかにでてきますし
その感情に捉えられてしまうと
どうしても
自分が乗っ取られてしまい
意識(理性)では
分かっていても
そっちの方に突っ走っていきます。
ほんとに厄介です。
つまり憎しみや怒りの感情は
いったんは無意識の底に沈めても
常に
”私を解決して・・!”と
アピールし続けているのです。
さて
原因がはっきりしている
おおきな憎しみの感情は
段ボールワークなどで
追い出せても
そのほかにも
私たちの長い人生の中で
様々に出遭ってしまった
自分の傷は
無数にあります。
憎しみの感情の底には
自己実現できていない
或いは
自己実現を
邪魔された、
ブレーキをかけつづけられた・・・と
いう
命の傷といいますか
そういう苦いものが
たくさんあるのですね。
それは親や
自分の周囲にいた人間や
それに類する人間との
関係の中で
塵にように積もってしまった
ものが
様々な人間に投影されて
場面場面で
感情が刺激されてしまいます。、
それらは
なんとなく人間が嫌いとか
他人に対する嫌悪が取れないとか
あいつが気に入らねえ!・・笑い・・・とか
かなり”抽象的な”憎しみの感情となって
意識のなかに
浮遊してしまうのです。
さてこれも
取っちゃったほうがいいですね。
しかし段ボールワークを
何回もやると
脳と体のズレが起きて
ホルモンのバランスが崩れることが
ありますから
段ボールワークは
2回が限度です。
しかし
憎しみの感情は
取っちゃったほうがいいですので
ちいさな憎しみは
ゆっくり
緩慢に
コツコツと
取っていきます。
そして
取るにはやはり
自覚的な意識が必要です。
自分には
憎しみの感情がある…という自覚です。
そして
それが
どんなふうに
自分の感情に影を落としているかを
見つけす。
憎しみの感情は
攻撃や排除の感情として
アリトアラユル場面で
出てきますから
これも
ああ
これも・・・・と言うぐあいに
発見したら
ああー
これは自分の感情の底にある
憎しみの感情が
そうさせているのだな・・と
気づくことです。
その時
憎しみの感情を持つ自分を
決して
否定したり
責めたり
しないことです。
自分の中の憎しみの感情に
気づけたら
ラッキーなんですから・・。
多くの人間は
そんなものなど
自分にあるわけがない・・・と
意識を擬装したり
脳が錯覚させたりして
生きており
たいがいの人は
自分の感情の出所を知ることもなく
感情に囚われていきている。
特にこの
”日本”といいう国は
何でも
かんでも
感情的にとらえてしまう国です。
困ったもんです!
でも
感情をお掃除したら
とても生き易くなりますよ。
そしてほんとうに
その感情を捨てたいなら
やはり
朝の祈りのノートが
有効でしょう。
まあ
星の数ほどもありそうな
感情ですから
気がついたら
コツコツと
取り除いてゆきます。
一度にすっきりと
取ってしまうという事はできません。
とっても
とっても出てくる…という感じですが
でも
あきらめないで
取ってゆく。
こういうことを書きながら
私は
人間はなんて深いんだろう・・と
思います。
以前はなんて”業が深いんだろう”・・と
思いましたが
今は
業などナイ・・・と
思っています。
業ではなく
人間そのものが
繊細な脳のアンテナを持ち
傷つきやすいのですね
また
人間そのものが
多種多様に満ちていて
とても複雑だからですね。
反対にいうと
それだけオモロイし
それだけいろんな
可能性と契機を孕みながら
生きている。
中には
その憎しみや怒りが
原動力になって
世の中で成功?する人や
名前を為す人もいます。
私はテレビを見ながら
ああこの人の中には
人間に対する憎しみが
あるな・・・と
思えるひとも
たくさんいます。
多分そういう人は
成功しても
それが幸福や
ここの安寧につながっているかどうか
?・・・ですね。
でもそれも
人間が進化していく過程において
不可避的に出来てきた
複雑さですね。
生物学に見ても
人間は常に自分たちの違和と矛盾を
高次に止揚してきました。
生命は常に高次への止揚を
遂げようとする・・とも
言います。
憎しみの底には
自己の挫折と
無力感があります。
でも
もう
こんなものは
いらないでしょ!
だって
人間は
無力ではありませんからね。
モグラたたきのように
出てくる感情を
一つ一つ
お掃除しながら
いつかは
きっと
アッカラカンと
生きれる日が来るように・・・。
そういう風に
脱出できる日が
きっとくると
思いますよ!

『伝心柱マガジン』
憎しみの感情を持っていると
辛いし
それにいろんなところで
それが出てしまい
じぶんの行動が汚れてしまいますから
どうしたらこれを
取れるかを
考えてみましょう。
どだい自分の感情・・イコール本心は
その動機のところの正体を
明らかに
解決しなければ
いくら理性で抑え込んでも
隙あらば
ヒョイと意識のなかにでてきますし
その感情に捉えられてしまうと
どうしても
自分が乗っ取られてしまい
意識(理性)では
分かっていても
そっちの方に突っ走っていきます。
ほんとに厄介です。
つまり憎しみや怒りの感情は
いったんは無意識の底に沈めても
常に
”私を解決して・・!”と
アピールし続けているのです。
さて
原因がはっきりしている
おおきな憎しみの感情は
段ボールワークなどで
追い出せても
そのほかにも
私たちの長い人生の中で
様々に出遭ってしまった
自分の傷は
無数にあります。
憎しみの感情の底には
自己実現できていない
或いは
自己実現を
邪魔された、
ブレーキをかけつづけられた・・・と
いう
命の傷といいますか
そういう苦いものが
たくさんあるのですね。
それは親や
自分の周囲にいた人間や
それに類する人間との
関係の中で
塵にように積もってしまった
ものが
様々な人間に投影されて
場面場面で
感情が刺激されてしまいます。、
それらは
なんとなく人間が嫌いとか
他人に対する嫌悪が取れないとか
あいつが気に入らねえ!・・笑い・・・とか
かなり”抽象的な”憎しみの感情となって
意識のなかに
浮遊してしまうのです。
さてこれも
取っちゃったほうがいいですね。
しかし段ボールワークを
何回もやると
脳と体のズレが起きて
ホルモンのバランスが崩れることが
ありますから
段ボールワークは
2回が限度です。
しかし
憎しみの感情は
取っちゃったほうがいいですので
ちいさな憎しみは
ゆっくり
緩慢に
コツコツと
取っていきます。
そして
取るにはやはり
自覚的な意識が必要です。
自分には
憎しみの感情がある…という自覚です。
そして
それが
どんなふうに
自分の感情に影を落としているかを
見つけす。
憎しみの感情は
攻撃や排除の感情として
アリトアラユル場面で
出てきますから
これも
ああ
これも・・・・と言うぐあいに
発見したら
ああー
これは自分の感情の底にある
憎しみの感情が
そうさせているのだな・・と
気づくことです。
その時
憎しみの感情を持つ自分を
決して
否定したり
責めたり
しないことです。
自分の中の憎しみの感情に
気づけたら
ラッキーなんですから・・。
多くの人間は
そんなものなど
自分にあるわけがない・・・と
意識を擬装したり
脳が錯覚させたりして
生きており
たいがいの人は
自分の感情の出所を知ることもなく
感情に囚われていきている。
特にこの
”日本”といいう国は
何でも
かんでも
感情的にとらえてしまう国です。
困ったもんです!
でも
感情をお掃除したら
とても生き易くなりますよ。
そしてほんとうに
その感情を捨てたいなら
やはり
朝の祈りのノートが
有効でしょう。
まあ
星の数ほどもありそうな
感情ですから
気がついたら
コツコツと
取り除いてゆきます。
一度にすっきりと
取ってしまうという事はできません。
とっても
とっても出てくる…という感じですが
でも
あきらめないで
取ってゆく。
こういうことを書きながら
私は
人間はなんて深いんだろう・・と
思います。
以前はなんて”業が深いんだろう”・・と
思いましたが
今は
業などナイ・・・と
思っています。
業ではなく
人間そのものが
繊細な脳のアンテナを持ち
傷つきやすいのですね
また
人間そのものが
多種多様に満ちていて
とても複雑だからですね。
反対にいうと
それだけオモロイし
それだけいろんな
可能性と契機を孕みながら
生きている。
中には
その憎しみや怒りが
原動力になって
世の中で成功?する人や
名前を為す人もいます。
私はテレビを見ながら
ああこの人の中には
人間に対する憎しみが
あるな・・・と
思えるひとも
たくさんいます。
多分そういう人は
成功しても
それが幸福や
ここの安寧につながっているかどうか
?・・・ですね。
でもそれも
人間が進化していく過程において
不可避的に出来てきた
複雑さですね。
生物学に見ても
人間は常に自分たちの違和と矛盾を
高次に止揚してきました。
生命は常に高次への止揚を
遂げようとする・・とも
言います。
憎しみの底には
自己の挫折と
無力感があります。
でも
もう
こんなものは
いらないでしょ!
だって
人間は
無力ではありませんからね。
モグラたたきのように
出てくる感情を
一つ一つ
お掃除しながら
いつかは
きっと
アッカラカンと
生きれる日が来るように・・・。
そういう風に
脱出できる日が
きっとくると
思いますよ!

by denshinbashira
| 2012-08-01 12:01
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