結婚は”場”を保障する! |
頂いたので、
それについて書こうと思っていたのですが、
頭がボケているので
この次書きます・・・が。
その時、人間なんてのは
他人のことなど
分かりえないし、
みーんな
自分と言う人間のものさしで
憶測しているにすぎないのだから・・・・という事を
書こうとおもっているのですが、
結婚なんてのも
そうなんですよ。
たいがいの人間が
自分はこうだから
相手もこうだろう・・・って
思いこんで
相手のことを憶測している・・・んですね。
ところがどっこい
他人の心とは
自分がおもっているのとは
月とすっぽんほどの
違うんですよ・・・。
人間は常に
そういう
おおきなすれ違いをしながら
生きているんです。
私なんかからみると
よく一緒に
生きていけてるなあ・・・と
奇跡のように
思います。
社会とは
サーカスのような
軽業すれすれのような
ものだなあー・・と
思いますよ。
だから
結婚なんてものも
家族としての利害だけが
共通にあるので
後は
それぞれが
バラバラに生きているのが
ホントのところです。
だからこそ
家族はこうあらねばいけない
夫婦はこうあらねばならない
親子もこうあらねばならない
という
直接に縛るのではなく
”意識を縛る”
共同の幻想・・・というものが
人間界は発達してしまったんですね。
これは先日亡くなられた”吉本隆明”爺ちゃんが
詳しく書いています・。
そういう風に
ほっとけば
てんでばらばらに生きてしまう人間を
かろうじて
繋いでいるのが
”場”という空間です。
場とは
その人が存在できることを
保障している空間で
結婚に関して言えば
結婚した二人が
”帰ってこれる場”です。
家族がかえってこれることを
”保障されている場”です。
外で何があっても
外で
居場所fがなくても
帰って来れる場!
しかし
その場が修羅場だったり
その場が支配と束縛の場であったり
はりのむしろであったら
そのひとにはもう
自分のかえる場がない・・という事ですね。
まあそういう訳ですから
結婚しても
相手は自分にとって
想定外のことばかりをする・・と
覚悟していれば
いいんですよ。
そして相手も自分も
アホになれる
オモロイ場(巣)を
作る。
最近復活したお笑い芸人の
”レッドカーペット”で
カウカウの・・・多田君とズンの飯尾君がやる
言葉遊びで
その時
飯尾が床に寝転がって
することもなく
ハナクソをほじりながら
ゴロゴロ・・・とするのなどは
まあ理想的で
家、ちゅのは
そういうモンでいいんですよ。
脳というのは
目が覚めている間は
緊張して回転し続けている。
とくに外ではその緊張のストレスが
高まりっぱなしだから
家に帰った途端に
緊張が解けて
頭の回転が遅くなって
無能・・になって
それでいいんです・・・笑!
まあ
少しずつ
人間のことが解明されていけば
そういう共同幻想や
お互いを縛りあうことが
ナ―ンも生産性がない・・・ということが
分かってくる世の中に
なるでしょう。
いつかね・・・。

庭に咲いた夕顔の花です
美しいねえ・・・!!

