魂でであうということは・・・・その2 |
来談者の言葉をリピートする・・と云うのが
あります。
例えば
来談者が
「私は、自分が嫌いなんです」と言ったとすると
カウンセラーは
「ご自分が、嫌いなんですね」と
あいての言葉通りにくり返す。
相手の言葉をそのまま
受け取るのですね。
実はこれはとても大切なことで
相手のありのままを
そのまま
うけとる…という事なんですね。
自分がそのまま受け取ってもらえた時
人間はほっとします。
ほっとできるから
その次へと
自分を進めることが
できるのですね。
カウンセラーがリピートすると
来談者はどんどん自分で話を進め
やがて自分の言葉で気づいた行きます。
つまりありのままの自分が
受けいれられたときに
ふっと心の緊張がとけ
自分を取り戻せるのですね。
人間は
人間関係の中で
ありのままを
うけとってもらえる・・・ということが
あまりありません。
人間はどうしても
相手の言葉を
自分で解釈して
聞いてしまうからです。
しかし
そのことが結果的には
誤解を生んだり
すれ違いや
更に疑いをおこさせたりする
原因となります。
脳科学的にいうと
むしろ
人間関係なんて
誤解らだけの上に成立するといっても
いいくらいだと
思います。
相手のほんとうの真意なんて
わかるわけがないのですから・・・。
人間は実は誤解の上に
誤解を重ねて
まるで綱渡りのような
危うさのなかを生きていますから
人間関係は
トラブルだらけに
なってしまうのですね。
でもこのことを理解できるには
そうとうの知性、知力が必要です。
だからまだまだ多くの人々は
自分の言葉が
そのまま相手に通じると
思い込んでいます。
そういう中で
人間が一番ほっとするのは
自分のありのまま
自分のことばそのままが
受け取られたときです。
実は人間の無意識は
自分の言葉を
推測されたり
深読みされたり
更に詮索されることは
とても嫌な事なんですね。
逆に
推測したり
深読みしたり
詮索する人の心には
不安があります。
つまり
相手をそのまま信頼できない・・・という
人間不信があります。
更にその裏には
自分に自信がない・・・とか
自分を信頼していない・・・という
自己ディスカウントが
あります。
特に日本人は
相手の言葉の裏を読むことが
美徳というか
賢いことのような
とても困った文化を
持っています。
更にそういう裏のことをよんで
相手に
”気をつかう”という
気遣いの文化などは
封建的な時代の
悪しき
産物です。
空気を読むなんてのは
私からすると
愚の骨頂です。
読めるわけがないからです。
なんとなく雰囲気で感じて欲しいというのは
自分の言葉に責任を負おうとしない
依存と甘えであり
ほのめかしなどになるともう
悪質です。
つまりそれは
部族社会や
封建社会や
階級社会の
権力構造の中で
生まれた
処世術のようなもので
すでに
階級や
階層さえが崩れた
現代の
大衆社会で
さらに国際化された
グローバル社会においては
もう弊害以外のなにものでも
ありません。
そういう社会では
インナーチャイルドが傷つき
無垢だった魂が
屈折してしまうから
そういうことが
自我に起きてしまうのですよ。
表と裏を使い分けるなど
じゃアー何を
信頼したらいいのでしょうねえ・・・?
人間が
信じられなくなるから
そういうややこしい
婉曲した人間関係を
作ってしまうのです。
多分日本の多くの親は
そういう風に子供に教えているのでしょうが
それは完璧に
間違いです・・・・。
魂で出遭うということは
自分のありのままが
そのまま受け取ってもらえる・・・ということです。
そして人間は
相手が自分のことを
推測したり
深読みしたり
無駄な気遣いをされると
とても不安になります。
つまり
お互いの心理の探り合いのなかに
引きずり込まれるからです。
お互いの心理のさぐりあい・・とは
カウンセリングでいう
心理ゲームです。
ちなみに
心理ゲームをする人たちは
自分に注意を惹き付けたい
(愛情が欲しい)という
深層の動機がある人たちです。
だから心理ゲームをやめない限り
永遠にあいてとの
エネルギー(愛情)の
奪い合いが続き
最後には
どちらともが
消耗してしまいます。
もし
魂で出遭いたいなら
これは
決してしてはいけません。
むしろ
人間は相手に対して
鈍感な人の方が
安心します。
付き合いやすいです。
そして
相手の言葉を深読みして
傷つく人より
言葉通りを
あっさりうけとって
傷つかない人の方を
安心して好みます。
人間関係がうまくいかない人は
やたら深読みして
自分が勝手に傷ついていませんか・・・?
冒頭のように
「私は自分が嫌いです・・・。」と
言われたら
そこに自分の自我の物差しをはさまずに
「そう、あなたはそうなのね・・・」と
あっさりと
寄り添ってあげる。
言葉に余計なものがひっついて
いないから
ことばが
そのまま素直に
伝わってくる。
相手にたいして
幼児のように
素直に素直に反応して
自分の言葉も
こころのそのままを
吐き出す。
ちなみに
自分の心と言葉が一致していることを
「自己一致」といい
これこそが
生き方の最高の
極意です。
成熟した人間の語る言葉です。
人間は
相手の輪郭がはっきり見える時
安心します。
相手の輪郭がみえないと
不安でしょ・・・。
お互いが安心したとき
とても気持ちのよい
エネルギーの交換ができます。
私はあえて
それを
愛情の交換といいます。
相手のそのままを信頼して
ささやかに寄り添い
受けいれる。
自分もスッポンポンの自分を
そのまま渡す・・・。
お互いが気負わず
そのままの自分を愛し
そのままの相手を
慈しむ
愛情です。
ことわっておきますけど
ああ思われるんじゃないか
こう思われるんじゃないか・・・は
無しです。
逆に
ああ思われたい
こう思われたい…というのも
無しです。
自分の輪郭を
カムフラージュしたい人は
自分も他者も信用できず
自信もないのに
他者に自分を
自分以上に見せたい・・という
愚かな願望を持っている人で
いずれそれはボロが出て
破綻します。
率直な愛情が交換されるようになると
その人間はこころがだんだん満たされて
元気になっていきます。
つまり無意識は真実に反応しますから
自分の真実がどんどん受け入れられtゆく・・・・!!
それこそ
等身大の自分が認められ
受けいれていくからです。
日本人の多くの人が
間違えているとおもいますよ。
もしほんとうに
愛情を交換したいなら
もしほんとうに
自分を生かし
自分の願いを
叶えたいなら
いつも自己一致のことばで
いつも自分の心を正直に開いて
相手の言葉をそのまま受け取る。
それが
いちばんの近道で
賢い人間の在り方だと思います。


