2013年 02月 03日
理知の目! |
若いころに読んだフロイトのエピソードが
思い出されます。
フロイトが有る婦人を診察しているのですが
どうしてもうまくいかない。
それはなぜだろうと考えているうちに
ふと
自分の中に、その婦人に対する侮蔑があることに
気づきます。
そして、その侮蔑を取りのぞいて診察するようになると
彼女はどんどん良くなっていきました。
今回私は、自分のなかにあった侮蔑に
思い知らされましたが、
どんな人間の中にも
いろいろな侮蔑があると思います。
しかし自分中のそれに気づくことは
とても難しいことです。
なぜならその侮蔑の裏には
その侮蔑する人間達に
脅かされている自分がいることです。
だからその反動として
無意識にその人間達に対する
憎しみや侮蔑が発生してしまうという
心理の反作用が
働いてしまうのですね。
私の中にも
私とは違う価値観や
行動規範を持って生きている
私を脅かして来る多くの人間たちに対する
怯えがありました。
それは、
一般的で、常識的で、
物事を掘り下げることもなく
人に親切にすることで
他人からの評価を得る・・という人たちで
ほんとうは
とても寂しい人たちなんですね。
でも
客観性にかけますから
ともすると、すべての事を自分本位で
やってしまう人たちです。
そういう人たちは
浅いところで群れ、
そこで自分達の行動の規範と価値を造り
そこになんの疑問を
持たず、
その群れに反する人間に対して
理解することもなく、否定的です。
そしてこの世は
そういう人間達の方が
圧倒的に多数です。
だから
私は怯えてしまうのですね。
でもそれも
私が父親からバトンされた"被害妄想"で
怯える必要のないことなんです、
本当はね!
だって彼らの方が
よほど怯えているのですから・・・。
彼らの方からみたら
わたしのほうが
よほど彼らの行動規範を脅かしているかも
しれません。
まあ、ことは些細なことですが
困ったことに
こういう人たちは
自分達を疑うこともなく
自分達とは違う価値観で生きている人間を
理解しません。
理解しないというより
理解できないのですね、
イエスのあの臨終のときのことばのように
わからないから・・なんです。
なんか
あちこちで
うんうんとうなずいている声が
聞こえそうです・・・笑!
今回のことで
私がこういう人々が苦手で
嫌い、侮蔑していた故に
どこかでそのことに
”気づいてもらいたい”という
意識が私の中に
働いていました。
まずはこれがいけませんでしたね。
だから
おそらく苛立った顔で
親切より
ローテーションどおり進むことのほうが
大切だと
言ってしまったのです。
気づいてもらうことで
自分を脅かさなで欲しい・・・という
私の
”甘え”と
”甘さ”がありました。
つまり
そういう侮蔑と苛立ちの奥にある
怯えている自分です。
そこには
繊細で神経の弱い自分がいます。
気の弱い私です。
さらに
そういう人たちをつい相手にしてしまう
甘さと
スキがありました。
まだまだ
お人よしでいたい
わたしです…苦笑!
群れを離れ
群れを突き離し
じーっと冷静に
冷徹に、冷たい理知の目を持つ
自分ではありませんでした。
気づいて貰いたいなど
甘えです。
気づこうが
気づくまいが
それは相手の問題です。
そこは
私が介入してはいけない領域です。
だから厳しく言えば
ほおっておく
相手に任せておく、
自分と位相が違う相手を
相手にしない私が
必要でした。
そして
今回のことは
私のその問題性が
表面に沁みだしてきましたね。
だからこそ
私は、そのことを
しっかり受け止め
解決しなければなりません。
解決しようと思います。
が
でも
ほんとうはまだ
こころが弱いんですよ・・・トホホ!
どうしても
心張棒がちゃーんと
立てられない!
自分のワニとネズミの感情が
時々フラッシュバックしてきて
なかなかピリオドを
打てません。
自他の分離がなかなかできない!
そんな中
昨夜炬燵でうとうとしていましたら
携帯がなりました。
見ると、大吉にゃんさんからのメールで
こころが弱っていますから
とても嬉しくおもいました。
それで、大吉にゃんさんに
私のカウンセリングを
お願いしました。
以下がその文面です。
『先ほどまで炬燵でうとうとして
なんとなく携帯がなっているなあーと
目が覚めて、見たら大吉さんだったので
嬉しかったです。
中略
私は親からカミソリのように頭が切れることを
期待されましたから、
どうしても、隣の奥さんみたいな人や
客観性に欠ける人たちが
嫌いでしょうがなかったんですが、
今回の事で,大きなお掃除ができました。
今まであったその観念が占めてしたところに
ポッカリと穴があいたような気がしています。
それと
すべては自分に原因があるということが
ストンと身体の中を抜けて実感しました。
ただ苦しいのは
ホントは誰かに
「伝心柱さん、そんな人間、相手にしないでいいよ!」と
言って貰えれば、
「あっそうかあー!」と
ふつと
吹っ切れるのですが、
「伝心柱さんにはほかに
向き合う人たちがいる・・・」と
言ってもらえれば最高ですが、
すべて、自分で、自分に言っている状態なので
なかなか、頭がその自己の二重性の同穴のなかから
抜けきらないのです。
スミマセンが大吉さん
私にそう言ってくれませんか・・!
できたら
そういうメールをくれませんか!
多分それで
この件は打ち止めになると思います。』
と
お願いしました。
大吉にゃんさんから
すぐメールが来ました。
『伝心柱さん。
伝心柱さんには 自分の世界が これからもっと先に進むべき
伝心柱さんの大切な世界があります。
隣の奥さんも 息子さんも
今の伝心柱さんが相手にしなくていい
人たちです。
伝心柱さんが向き合うべき人たちは他にいます!
これからも もっとたくさんそういう人たちが
現れるでしょうから。
だから、伝心柱さんのエネルギーを奪う
そういう人たちとはきちんと
分離して ご自分を守ってください。
彼らは彼らで自分の世界で
きちんとやってゆけるのだと思います。』
上記の文面にはじまりるそのメールを
読みながら
涙があふれてきました。
こころのツッパリと不安が和らぎ
そしてすーっと身体の力が抜けて
下に降りてゆきました。
素晴らしいカウンセリングでした。
わたしもねえー
弱いんですよ!
母からバトンされた脅迫神経症を
持ってますからね~!
神経がまいってしまうのです。
でも
良かったです、
大吉さんに
助けて貰いました。
そして今朝、私は朝の祈りの中で
こう書きました。
『大いなるものよ、
私の目を覚ませてください。
私の眼を
覚まさせてください。
感情を冷やし
鎮まりきって、
冷静に
理知にしてください。
広く
遠くを見渡す理知の目に
してください。
澄みきった
理知の目にしてください。
厳しく自他の分離をした
澄んだ理知の目です。
いい人にならない
自分の評価を他人に委ねない。
凛と立つ私のイメージを
どうぞ私に与えたください。』
このブログを読んでくださっている皆さんには
正直に
ことの次第を書きたいと思い
書きました。
大吉さんの言うとおり
まだまだ道が先に広がっています!
まだまだ遠い!
しかし
確実に私は
以前の人間嫌いから脱却し
人間を愛したいと思いはじめています。
人の役に立ちたいと
素直に
思い始めています。
そして
私は
私の廻りに
このブログの読者をふくめた
愛すべき人々に
囲まれ生きている喜びが
あります。
感謝のかぎりです。
今読み始めているフロイトと
ベルグソンの本の表紙に
フロイトの顔が載っています。
その目はとても
厳しいです。
怖い目です。
きっと他者を寄せ付けなかった目でしょう。
しかし私は
そこに凛と立つフロイトを
見ます。
はじめて人間の無意識世界に
目を向けた賢人です。
きっと険しく厳しかったのだろうと
思います。
遠くフロイトには及びませんが
しかしほんとうに
他者の役にたつということは
こういう
厳しく、怖い目をもちながらも
自分に起きるべくして起きたことに
立ち向かってゆくことだろうと
思いました。
〇祈り
広く
遠くを見渡す
そして
澄みきった
理知の目に
なれますように
『伝心柱マガジン』
思い出されます。
フロイトが有る婦人を診察しているのですが
どうしてもうまくいかない。
それはなぜだろうと考えているうちに
ふと
自分の中に、その婦人に対する侮蔑があることに
気づきます。
そして、その侮蔑を取りのぞいて診察するようになると
彼女はどんどん良くなっていきました。
今回私は、自分のなかにあった侮蔑に
思い知らされましたが、
どんな人間の中にも
いろいろな侮蔑があると思います。
しかし自分中のそれに気づくことは
とても難しいことです。
なぜならその侮蔑の裏には
その侮蔑する人間達に
脅かされている自分がいることです。
だからその反動として
無意識にその人間達に対する
憎しみや侮蔑が発生してしまうという
心理の反作用が
働いてしまうのですね。
私の中にも
私とは違う価値観や
行動規範を持って生きている
私を脅かして来る多くの人間たちに対する
怯えがありました。
それは、
一般的で、常識的で、
物事を掘り下げることもなく
人に親切にすることで
他人からの評価を得る・・という人たちで
ほんとうは
とても寂しい人たちなんですね。
でも
客観性にかけますから
ともすると、すべての事を自分本位で
やってしまう人たちです。
そういう人たちは
浅いところで群れ、
そこで自分達の行動の規範と価値を造り
そこになんの疑問を
持たず、
その群れに反する人間に対して
理解することもなく、否定的です。
そしてこの世は
そういう人間達の方が
圧倒的に多数です。
だから
私は怯えてしまうのですね。
でもそれも
私が父親からバトンされた"被害妄想"で
怯える必要のないことなんです、
本当はね!
だって彼らの方が
よほど怯えているのですから・・・。
彼らの方からみたら
わたしのほうが
よほど彼らの行動規範を脅かしているかも
しれません。
まあ、ことは些細なことですが
困ったことに
こういう人たちは
自分達を疑うこともなく
自分達とは違う価値観で生きている人間を
理解しません。
理解しないというより
理解できないのですね、
イエスのあの臨終のときのことばのように
わからないから・・なんです。
なんか
あちこちで
うんうんとうなずいている声が
聞こえそうです・・・笑!
今回のことで
私がこういう人々が苦手で
嫌い、侮蔑していた故に
どこかでそのことに
”気づいてもらいたい”という
意識が私の中に
働いていました。
まずはこれがいけませんでしたね。
だから
おそらく苛立った顔で
親切より
ローテーションどおり進むことのほうが
大切だと
言ってしまったのです。
気づいてもらうことで
自分を脅かさなで欲しい・・・という
私の
”甘え”と
”甘さ”がありました。
つまり
そういう侮蔑と苛立ちの奥にある
怯えている自分です。
そこには
繊細で神経の弱い自分がいます。
気の弱い私です。
さらに
そういう人たちをつい相手にしてしまう
甘さと
スキがありました。
まだまだ
お人よしでいたい
わたしです…苦笑!
群れを離れ
群れを突き離し
じーっと冷静に
冷徹に、冷たい理知の目を持つ
自分ではありませんでした。
気づいて貰いたいなど
甘えです。
気づこうが
気づくまいが
それは相手の問題です。
そこは
私が介入してはいけない領域です。
だから厳しく言えば
ほおっておく
相手に任せておく、
自分と位相が違う相手を
相手にしない私が
必要でした。
そして
今回のことは
私のその問題性が
表面に沁みだしてきましたね。
だからこそ
私は、そのことを
しっかり受け止め
解決しなければなりません。
解決しようと思います。
が
でも
ほんとうはまだ
こころが弱いんですよ・・・トホホ!
どうしても
心張棒がちゃーんと
立てられない!
自分のワニとネズミの感情が
時々フラッシュバックしてきて
なかなかピリオドを
打てません。
自他の分離がなかなかできない!
そんな中
昨夜炬燵でうとうとしていましたら
携帯がなりました。
見ると、大吉にゃんさんからのメールで
こころが弱っていますから
とても嬉しくおもいました。
それで、大吉にゃんさんに
私のカウンセリングを
お願いしました。
以下がその文面です。
『先ほどまで炬燵でうとうとして
なんとなく携帯がなっているなあーと
目が覚めて、見たら大吉さんだったので
嬉しかったです。
中略
私は親からカミソリのように頭が切れることを
期待されましたから、
どうしても、隣の奥さんみたいな人や
客観性に欠ける人たちが
嫌いでしょうがなかったんですが、
今回の事で,大きなお掃除ができました。
今まであったその観念が占めてしたところに
ポッカリと穴があいたような気がしています。
それと
すべては自分に原因があるということが
ストンと身体の中を抜けて実感しました。
ただ苦しいのは
ホントは誰かに
「伝心柱さん、そんな人間、相手にしないでいいよ!」と
言って貰えれば、
「あっそうかあー!」と
ふつと
吹っ切れるのですが、
「伝心柱さんにはほかに
向き合う人たちがいる・・・」と
言ってもらえれば最高ですが、
すべて、自分で、自分に言っている状態なので
なかなか、頭がその自己の二重性の同穴のなかから
抜けきらないのです。
スミマセンが大吉さん
私にそう言ってくれませんか・・!
できたら
そういうメールをくれませんか!
多分それで
この件は打ち止めになると思います。』
と
お願いしました。
大吉にゃんさんから
すぐメールが来ました。
『伝心柱さん。
伝心柱さんには 自分の世界が これからもっと先に進むべき
伝心柱さんの大切な世界があります。
隣の奥さんも 息子さんも
今の伝心柱さんが相手にしなくていい
人たちです。
伝心柱さんが向き合うべき人たちは他にいます!
これからも もっとたくさんそういう人たちが
現れるでしょうから。
だから、伝心柱さんのエネルギーを奪う
そういう人たちとはきちんと
分離して ご自分を守ってください。
彼らは彼らで自分の世界で
きちんとやってゆけるのだと思います。』
上記の文面にはじまりるそのメールを
読みながら
涙があふれてきました。
こころのツッパリと不安が和らぎ
そしてすーっと身体の力が抜けて
下に降りてゆきました。
素晴らしいカウンセリングでした。
わたしもねえー
弱いんですよ!
母からバトンされた脅迫神経症を
持ってますからね~!
神経がまいってしまうのです。
でも
良かったです、
大吉さんに
助けて貰いました。
そして今朝、私は朝の祈りの中で
こう書きました。
『大いなるものよ、
私の目を覚ませてください。
私の眼を
覚まさせてください。
感情を冷やし
鎮まりきって、
冷静に
理知にしてください。
広く
遠くを見渡す理知の目に
してください。
澄みきった
理知の目にしてください。
厳しく自他の分離をした
澄んだ理知の目です。
いい人にならない
自分の評価を他人に委ねない。
凛と立つ私のイメージを
どうぞ私に与えたください。』
このブログを読んでくださっている皆さんには
正直に
ことの次第を書きたいと思い
書きました。
大吉さんの言うとおり
まだまだ道が先に広がっています!
まだまだ遠い!
しかし
確実に私は
以前の人間嫌いから脱却し
人間を愛したいと思いはじめています。
人の役に立ちたいと
素直に
思い始めています。
そして
私は
私の廻りに
このブログの読者をふくめた
愛すべき人々に
囲まれ生きている喜びが
あります。
感謝のかぎりです。
今読み始めているフロイトと
ベルグソンの本の表紙に
フロイトの顔が載っています。
その目はとても
厳しいです。
怖い目です。
きっと他者を寄せ付けなかった目でしょう。
しかし私は
そこに凛と立つフロイトを
見ます。
はじめて人間の無意識世界に
目を向けた賢人です。
きっと険しく厳しかったのだろうと
思います。
遠くフロイトには及びませんが
しかしほんとうに
他者の役にたつということは
こういう
厳しく、怖い目をもちながらも
自分に起きるべくして起きたことに
立ち向かってゆくことだろうと
思いました。
〇祈り
広く
遠くを見渡す
そして
澄みきった
理知の目に
なれますように
by denshinbashira
| 2013-02-03 13:56
| 何を手に入れるか
|
Comments(12)
いつも田下さんのブログに助けていただくばかりで・・・。でも、田下さんが頼れる方がいることを知って安心しました。
そして、ご自身もまだ苦しむことがあることを隠すことなく、そこから抜けていく様子を共有していただけることをとても有難く思います。
そして、ご自身もまだ苦しむことがあることを隠すことなく、そこから抜けていく様子を共有していただけることをとても有難く思います。
0
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
面識のないdenshinbashira様を愛しています。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
denshinbashira様のブログに大きな気づきをいただき、救っていただいている一人です。私は最近とみに一人で過ごすことが好きになっています。人との軋轢は気づきをくれ、我が身を振り返るよすがになりますが、感情をぶつけられることでどれほど心身の力を消耗させられるか・・・denshinbashira様も年明けからとてもお疲れになられたことでしょう。ヨガで齧った言葉ですが・・・心と体は同じであると・・・。とらえどころのない心を御したい時、まずは体を深い呼吸で御することも大事だそうです。denshinbashira様がブログでこのようにオープンに語ってくださることも感謝しております。感じる心が似ている人がたくさん集ってdenshinbashira様のファンなのだと思います。
hitomi 様、ご心配をおかけしました。今回は大吉さんにお願いして、ほんとに良かったです。カウンセリングのおかげで対象との分離ができ、ヤレヤレです。しかしどうしても取れなかった心のシミがとれたことがとても嬉しいです。
由香里様、その通りです。ことは解決しておさまりましたが、身体の方がやられてしまいました。感情という爆弾は取り扱いには細心の注意がひつようですね。お気遣いを感謝いたします。また、映画の感想をありがとうございました。
bebe17518 様、いつも見守っていてくださり、ほんとうにありがとうございます。また愛してくださり、感激しております。長いお付き合いが実り、大変うれしゅうございます。
白うさぎ様、もちろん同じ人間です!オナジダヨ~ん!
itiriniro様。心強いお言葉をありがとうございました。ブログを読んでくださりさらに感謝いたします。
私はhashiraさんに助けて頂いたのに、大変な思いをされていたことも気づかず、ごめんなさい。どうぞ、どうぞ、ゆっくり回復されてください。そして、これからもブログで綴ってください。それが私の励みになってます。
adachi様 励ましのお言葉を有難うございます。大学でのいじめのシンポジュウム、、ドン風にこの問題を捉えているのだろう・・?人間の根幹に目を据えて、解決のために議論してほしいですね

