すべて私が悪い、その7インナーチャイルドを構造的にみる・・・。 |
なぜ、自他の分離につながって行くかというと
それは
自分という人間が創りだす諸”現象”を
”構造的”にみることができるように
なるからです。
自分の行為、行動がおきてくる原因を
たいがいの人間は、
自分の”感情”から理解し、分析しようとする。
しかし
そこにはすでに自分の先入感情があるからね、
それによる抵抗や、ブレや、ゆがみが起きてきて
所詮、堂々巡りか行きづまるしかない。
そうではなく
理性で見る・・・ということも
それはそれでいいとおもいますが、
理性というのも
感情と相対的にある機能だから
つまり、
感情の暴走を制御する機能・・・のように
私には思われるので
(ここら辺の脳の機能については、
明確には私にはわからないので、
私は、自分の感情と理性を分析しながら、
そうじゃないかなあーとおもうのです。
どうしても、理性が理性だけで成立しているのではなく
感情との相関関係で、成立するように思えてならないのです・・・??)
もっと物理的に、
感情を一切さしはさまないで
構造として眺め、
自分と他者の関係を分析していく。
(もしかしたら、これが前頭前野の働きと
なるのかもしれませんが・・・?)
子供時代に感情的に獲得した情報(インナーチャイルド)が
その後のその人間の行為行動の
方向性をきめていく・・として
では
自分は
どういう人間関係の雛形を
形成しているかを
見たらいいと思います。
まあわかりやすくいうと
自分のインナーーチャイルドを
みつけたら、
まずは、
感情的にそれを救出する。
これは先にも書きましたように
親とのパワー関係を
親退治により
逆転させ
自分、本来の生命力を取り戻すためにです。
これは、感情の臨場感をもってやる必要があります。
そして
インナーチャイルドを救い出し
親との分離ができ始めたら
親との分離によってはじめて
自分を客観的にみる
視点がうまれてきます。
その客観的な視点からみた時
最も大切なことは
自分の自我の思い込みやゆがみや
それによって、
動機付けられたマイナス行動を
感情的に
みない。
反省したり
後悔したりして
自分をいじくらない。
なぜなら、
インナーチャイルドが
健康になると
それらはとても大切な
自分のチャイルドがあつめた
ナマ情報になるからです。
それはいったん棚上げしておく。
そして
自分の行為行動の
雛形(インナーチャイルド)が
他者との関係で
どのように反応し、
その結果、
つまり
どのような行為として
自分に現れてくるかを
きわめて
冷静に
構造的にみる。
自分のインナーチャイルドの怯えや
恐れやコンプレックスが
〇〇のように反応し、作用して
自分の
××のような心理となり
それに動機付けらた行為が
△△のような行動になって
他者とのインナーチャイルドの中で起き
その結果
■■のような関係になってしまった・・・。
という風に
構造的に
見る。
、
このとき
自分だけではなく
他者の中に潜むインナーチャイルドをも
類推することです。
なぜなら
関係とは
双方のインナーチャイルドによって
起きてくる結果ですからね。
相手も身包みはがして
見ちゃう・・・・笑!
そうすると
何をどのように解決していけば
自分の行動を修正でき
また
結果を良いほうへと
導けるかが
わかるでしょ。
要はね、
インナーチャイルドを救い出して
自己回復し
自他の分離をしながら
今度は
感情を廃して
自己分析し
そして
今度は自分の行動の修正を
意識的に
自覚的に
する。
自分と他人はまるで別物だから
自分がいいと思ってやっていたことが
実は
他人にとっては
困ったことや
辛いことかもしれない。
また他人の好意や善意は
自分に介入してくる
ありガタ迷惑かもしれないでしょ。
そういうことを
感情を持ち込まず
ただただ冷静に
洗い直してみれると
いいです。
自分の行為を検証するとき
感情的にやると
自分が責められているような
感情がおきてきて
とても辛いですが、
構造的に
物理的にみると
ちっとも
辛くないでしょ。
ただ改めて、いい方向へと
転換すれば
いいだけです。
人間は
感情をいじくるたびに
こころも
身体もバランスをくずします。
そうではなく
エイ・・と
自分を突き放し
構造的に見て、分析して
それを
こんどは
自分に
付け加える!
なぜ、
付け加える・・・かというと
先ほどにもかいたように
インナーチャイルドが傷つきながらも集めた情報も
また
インナーチャイルドを救出して、そのあと
構造化してみた
自分の情報も
どちらもが
自分の脳と体が
身体をはってあつめた
ナマ情報だからです。
それは貴重な自分の命の情報です。
意識の世界と無意識の世界が
そこで統合されて
より高次な
人間認識へと
結ばれていきます。
そのより高次な人間認識にいたるためには
自分へのやさしいまなざしと
同時に
他者への
優しいまなざしを
育てることだと
思います。
対立することから
共生へと至る道です。
それを
人生をかけて
見つけ出していく。
人間はもう
間違いだらけの道を
だれもが
そういう道を
あるいています。
この私も
同じです。
今だ
その道の途中に
あります。
同じです!!

一挙にパワーアップ!

