2013年 03月 24日
シリーズ・不安と恐怖を脱出する・その2、中国の闇! |
皆さんは「ワイルド・スワン」という本を
読んだことはありますか・・・?
この本は中国の”文化大革命”という
中国全土を10年に渡り席巻した
恐怖と粛清の革命で、
失権した毛沢東が
自分の権力の回復を狙い
自分に心酔する”紅衛兵”と呼ばれる
若い私兵をつかって
もうおぞましい、権力闘争を繰り広げました。
その暗黒の中国の時代を生きた女性が
書いた本です。
この本を読むと
”文化大革命”がどれだけ
中国の民衆を恐怖のどん底に落としたかが
分かります。
”文化大革命”については
はてなキーワードの「文化大革命」を
ごらんください。
文化大革命は
ヒトラーのナチズムに匹敵するくらい
いやそれ以上かもしれません。
なにしろ10年という長さですからね。
中国の民衆が
苦しみ続けた10年です。
その
粛清と密告社会の
残忍で、過酷な人間否定の
10年間での中で
生き延びるには
言葉には尽くせないものが
あったでしょう。
その
人間を、他者を信じない
信じられない・・・という
常にそういう緊張の中
人間の精神が崩壊するような中を
中国の民衆は
生きてきたということです。
今の中国だけを見ている限り
その中国が過去の
どれだけ深い傷と闇を抱え込んでいるかは
見えません。
しかしそれは
40数年たった今でも
中国人の深層心理に傷跡を
残し
その行動の動機付けになっていると
私は思います。
その中国人の闇を理解しなければ
中国は理解できず
また逆に
中国人の中にある
潜在的な恐怖や不安を
理解できてはじめ今の
中国のほんとうの姿が
垣間見えてくると
思います。
その傷や闇の深さを深慮せず
日本と日本の企業は
ほんとに
ウカウカ・・・と
安い労働力と市場をもとめて
中国へと進出していきました。
そして、手痛い反撃を
受けています。
まあそれも最初は
鄧小平氏による要請で
中国の近代化をサポートし
隣国の経済の進展を図るものでしたが・・・・。
中国の闇をを甘く見ていたからだと
思います。
多くの日本人が不快に感じる
中国および中国人の心理の背景には
中国の民衆は
日本の民衆のように
国家が民衆を守る・・・という体験がないのですね。
歴史的にも民衆は常に権力に収奪され
ひどい目にあっています。
それでも
中国にはそれなりの文化や規範がありました。
日本は明治以前までは
世界=中国で
中国は常に日本のお手本として
ありましたからね。
今我が家の主は一月の半分は
中国に行っています。
その彼から聞いた話では、
あの文化大革命で
営々と中国に流れていた
人間としての規範や
文化が壊されてしまったこと。
今の中国の民衆は
もう腐りきった国家のなかで
自分の身は自分で守るしかないと
思っていること。
そのために
信じられるのは
自分の身内とその関係者のみ・・・という
派閥意識で人間関係を作っています。
その派閥以外の人間を信用せず、排除しようと
します。
(この中国での派閥は日本の親分派閥ではなく
自分の身内と関係者・・・という意味です。
中国語では、自己人・・といい
それ以外を、外人・・というそうです。)
そして、もうひとつ
彼らが信じているのが
お金です。
お金だけが拠り所になっているために
強欲で
そのためには
自己中心のエゴに徹し
規範破りも悪いことも
平気でやってしまい
日本人的な道徳観や罪悪感は
持っていない。
倫理も罪悪感もみーんな
自己防衛優先の前で
捨て去られていると
教えてくれました。
きっとあの文化大革命で
みんな喪失してしまったのだろうと
思われるとのことです。
そしてそれぞれが派閥化し
自分の身内や派閥以外の人間を
排除しようとするため
日本人のように
信頼し
協力しあいながら
事を達成していく・・・という
理念がなく、いつも
互いに反目しあう。
そしてなお
気の毒なのは
汚職や腐敗が溢れる中国の
行政の中、
お金のある者は
とっくに
国を見捨てて
中国が崩壊するする前に・・・と
外国へと
お金も住処も移している。
あたかも
近代化の技術を獲得し
工業化の成功を歌っているように見えるその
先進技術も
多くはパクリの張りぼてであることは
列車事故やビルの倒壊自己などと
明白であり、
いかに虚勢をはっても
その技術が遠くに日本に及ばないことは
明白です。
つまり中国の内実は
国民を守らず
自分立ちの私服を肥やす行政上層部と
文化大革命を生き延びてきた
人間を信じられない
民衆の自己防衛の
エゴとが
かろうじて
バランスをとっている。
しかしそれは
奇妙な負のバランスです。
あの文化大革命の中を
その人間性ぎりぎりの中を
たくましく生き延びて行くには必要だった
彼らのたくましさでもあった
無規範と
超個人主義が
今、裏返って、今度は中国民の
近代化のブレーキになってしまっていると
いうことです。
中国民が節操と規範意識を
取り戻さない限り
信用はドンドン失墜していくでしょうからね。
日本のメディアが報道しているのは
その張りぼての
外見と
その虚勢の姿です。
内実はもう
崩壊寸前の状態です。
公害で空気汚染になっても
ホントウは
上層部すら
どうしたらいいか
分からない・・というのが
現状らしいです。
中国人が
えらそうにする
中国のホントウの姿は
互いを信じられない
人間の精神の崩壊寸前の姿で
その手当てや
治癒に対する
方策すら
見つかっていない。
誰も国民のために
尽くそうなんて思っていないのです。
そして
どうしたら
中国が救え
健康になるかも
分からないらしいのです。
よほどの叡智にみちた指導者と
指導層がないと
危いと
私は思います。
しかし問題は
日本の国と国民に
その中国の闇が
見えているかということです。
いうなれば
この人間不信と
コンプレックスまみれのエゴイストの
中国から比べたら
日本は
なんと豊かで
健康、健全な国であるか・・・・。
その日本の政治家に
この中国の闇と矛盾が
見えているか・・・どうか。
もし見えているなら
尖閣など
問題にしないでしょうから
見えていないのです、きっと。
中国の内実は
日本人が思っているより
はるかに弱いです。
その上っ面の中国ばかりを
相手にしようとして
相撲をとる日本の外交は
なんと下手で幼稚なのでしょう。
今、もっと大切なことは
日本は中国のお手本として
毅然と凛とし
泰然自若としてあるべきです。
国民の人権が守られ
国民が大切にされ
(私はむしろ、その依存の強さのほうが
気がかりです。)
人間への
他者への信頼が
空気にように無言で
保たれている日本こそ
中国の行く手に
輝いていなければ
なりません。
他者を信じられない社会は
もう狂気の社会です。
だからこそ
身内や派閥だけは信じるという
その小さな幼稚な自分のテリトリーだけを
信じることで、
その狂気が崩壊寸前の
中国社会で
かろうじて
均衡を保っている。
石原氏をはじめ
中国の脅威におびえる政治家たちの
深層心理にあるのは
ナンでしょうか・・・?
それこそも、
彼ら自身の内的な
怯えと不安と恐怖でしょう。
人間が人間を踏み外していくのは
この内的な
不安と恐怖に
人格が乗っ取られたときです。
毛沢東の中にも
ヒットラーの中にも
お隣の北朝鮮のなかにも
彼らの中にあるのは
その個人的の内的な
な怯えと不安と恐怖で、
それが
権力に執着し狂気となって
ファシズムの引き金を引きました。
ファシズムとは
不安と恐怖を共同する
集団の狂気のヒステリーです。
人がひとを信頼できない社会。
それこそが
私が怯え、不安に思う社会です。
今も中国は巨大市場という
世界からの視線があります。
それは、中国を
自分たちのために
利用しようという外国から見た、
中国の姿です。
それはホントウに
短絡的な中国観でしか
ありません。
しかし
ほんとうに中国自身のためにも
中国が巨大な市場
健全な市場となるためには
中国の自立と
民衆の心理、心の回復が必要です。
人間を信頼し
お互いを信頼し
協力し
高めあう中国社会の
回復です。
私達、日本人に必要なことは
虚勢をはり
(昔から中国には中華思想という
劣等感を裏返したものがありますが
それも出入りの激しい権力争いの中から
生まれてきた優越感に過ぎません。)
病んでいる中国の真の姿を
しっかり見極めることだと
思いますよ・・。
そして日本が
その沈没寸前の大きな船、中国を
先導する
小さくて賢い舟として
その役割を果たせたときこそ
また
大きな希望と繁栄が
生まれるときだと
思います。
そのときまで
私が生きているかどうかは
分かりませんが、
いつかきっと
そうなって欲しいと
祈るばかりです。

賢い国に
なろうね!
読んだことはありますか・・・?
この本は中国の”文化大革命”という
中国全土を10年に渡り席巻した
恐怖と粛清の革命で、
失権した毛沢東が
自分の権力の回復を狙い
自分に心酔する”紅衛兵”と呼ばれる
若い私兵をつかって
もうおぞましい、権力闘争を繰り広げました。
その暗黒の中国の時代を生きた女性が
書いた本です。
この本を読むと
”文化大革命”がどれだけ
中国の民衆を恐怖のどん底に落としたかが
分かります。
”文化大革命”については
はてなキーワードの「文化大革命」を
ごらんください。
文化大革命は
ヒトラーのナチズムに匹敵するくらい
いやそれ以上かもしれません。
なにしろ10年という長さですからね。
中国の民衆が
苦しみ続けた10年です。
その
粛清と密告社会の
残忍で、過酷な人間否定の
10年間での中で
生き延びるには
言葉には尽くせないものが
あったでしょう。
その
人間を、他者を信じない
信じられない・・・という
常にそういう緊張の中
人間の精神が崩壊するような中を
中国の民衆は
生きてきたということです。
今の中国だけを見ている限り
その中国が過去の
どれだけ深い傷と闇を抱え込んでいるかは
見えません。
しかしそれは
40数年たった今でも
中国人の深層心理に傷跡を
残し
その行動の動機付けになっていると
私は思います。
その中国人の闇を理解しなければ
中国は理解できず
また逆に
中国人の中にある
潜在的な恐怖や不安を
理解できてはじめ今の
中国のほんとうの姿が
垣間見えてくると
思います。
その傷や闇の深さを深慮せず
日本と日本の企業は
ほんとに
ウカウカ・・・と
安い労働力と市場をもとめて
中国へと進出していきました。
そして、手痛い反撃を
受けています。
まあそれも最初は
鄧小平氏による要請で
中国の近代化をサポートし
隣国の経済の進展を図るものでしたが・・・・。
中国の闇をを甘く見ていたからだと
思います。
多くの日本人が不快に感じる
中国および中国人の心理の背景には
中国の民衆は
日本の民衆のように
国家が民衆を守る・・・という体験がないのですね。
歴史的にも民衆は常に権力に収奪され
ひどい目にあっています。
それでも
中国にはそれなりの文化や規範がありました。
日本は明治以前までは
世界=中国で
中国は常に日本のお手本として
ありましたからね。
今我が家の主は一月の半分は
中国に行っています。
その彼から聞いた話では、
あの文化大革命で
営々と中国に流れていた
人間としての規範や
文化が壊されてしまったこと。
今の中国の民衆は
もう腐りきった国家のなかで
自分の身は自分で守るしかないと
思っていること。
そのために
信じられるのは
自分の身内とその関係者のみ・・・という
派閥意識で人間関係を作っています。
その派閥以外の人間を信用せず、排除しようと
します。
(この中国での派閥は日本の親分派閥ではなく
自分の身内と関係者・・・という意味です。
中国語では、自己人・・といい
それ以外を、外人・・というそうです。)
そして、もうひとつ
彼らが信じているのが
お金です。
お金だけが拠り所になっているために
強欲で
そのためには
自己中心のエゴに徹し
規範破りも悪いことも
平気でやってしまい
日本人的な道徳観や罪悪感は
持っていない。
倫理も罪悪感もみーんな
自己防衛優先の前で
捨て去られていると
教えてくれました。
きっとあの文化大革命で
みんな喪失してしまったのだろうと
思われるとのことです。
そしてそれぞれが派閥化し
自分の身内や派閥以外の人間を
排除しようとするため
日本人のように
信頼し
協力しあいながら
事を達成していく・・・という
理念がなく、いつも
互いに反目しあう。
そしてなお
気の毒なのは
汚職や腐敗が溢れる中国の
行政の中、
お金のある者は
とっくに
国を見捨てて
中国が崩壊するする前に・・・と
外国へと
お金も住処も移している。
あたかも
近代化の技術を獲得し
工業化の成功を歌っているように見えるその
先進技術も
多くはパクリの張りぼてであることは
列車事故やビルの倒壊自己などと
明白であり、
いかに虚勢をはっても
その技術が遠くに日本に及ばないことは
明白です。
つまり中国の内実は
国民を守らず
自分立ちの私服を肥やす行政上層部と
文化大革命を生き延びてきた
人間を信じられない
民衆の自己防衛の
エゴとが
かろうじて
バランスをとっている。
しかしそれは
奇妙な負のバランスです。
あの文化大革命の中を
その人間性ぎりぎりの中を
たくましく生き延びて行くには必要だった
彼らのたくましさでもあった
無規範と
超個人主義が
今、裏返って、今度は中国民の
近代化のブレーキになってしまっていると
いうことです。
中国民が節操と規範意識を
取り戻さない限り
信用はドンドン失墜していくでしょうからね。
日本のメディアが報道しているのは
その張りぼての
外見と
その虚勢の姿です。
内実はもう
崩壊寸前の状態です。
公害で空気汚染になっても
ホントウは
上層部すら
どうしたらいいか
分からない・・というのが
現状らしいです。
中国人が
えらそうにする
中国のホントウの姿は
互いを信じられない
人間の精神の崩壊寸前の姿で
その手当てや
治癒に対する
方策すら
見つかっていない。
誰も国民のために
尽くそうなんて思っていないのです。
そして
どうしたら
中国が救え
健康になるかも
分からないらしいのです。
よほどの叡智にみちた指導者と
指導層がないと
危いと
私は思います。
しかし問題は
日本の国と国民に
その中国の闇が
見えているかということです。
いうなれば
この人間不信と
コンプレックスまみれのエゴイストの
中国から比べたら
日本は
なんと豊かで
健康、健全な国であるか・・・・。
その日本の政治家に
この中国の闇と矛盾が
見えているか・・・どうか。
もし見えているなら
尖閣など
問題にしないでしょうから
見えていないのです、きっと。
中国の内実は
日本人が思っているより
はるかに弱いです。
その上っ面の中国ばかりを
相手にしようとして
相撲をとる日本の外交は
なんと下手で幼稚なのでしょう。
今、もっと大切なことは
日本は中国のお手本として
毅然と凛とし
泰然自若としてあるべきです。
国民の人権が守られ
国民が大切にされ
(私はむしろ、その依存の強さのほうが
気がかりです。)
人間への
他者への信頼が
空気にように無言で
保たれている日本こそ
中国の行く手に
輝いていなければ
なりません。
他者を信じられない社会は
もう狂気の社会です。
だからこそ
身内や派閥だけは信じるという
その小さな幼稚な自分のテリトリーだけを
信じることで、
その狂気が崩壊寸前の
中国社会で
かろうじて
均衡を保っている。
石原氏をはじめ
中国の脅威におびえる政治家たちの
深層心理にあるのは
ナンでしょうか・・・?
それこそも、
彼ら自身の内的な
怯えと不安と恐怖でしょう。
人間が人間を踏み外していくのは
この内的な
不安と恐怖に
人格が乗っ取られたときです。
毛沢東の中にも
ヒットラーの中にも
お隣の北朝鮮のなかにも
彼らの中にあるのは
その個人的の内的な
な怯えと不安と恐怖で、
それが
権力に執着し狂気となって
ファシズムの引き金を引きました。
ファシズムとは
不安と恐怖を共同する
集団の狂気のヒステリーです。
人がひとを信頼できない社会。
それこそが
私が怯え、不安に思う社会です。
今も中国は巨大市場という
世界からの視線があります。
それは、中国を
自分たちのために
利用しようという外国から見た、
中国の姿です。
それはホントウに
短絡的な中国観でしか
ありません。
しかし
ほんとうに中国自身のためにも
中国が巨大な市場
健全な市場となるためには
中国の自立と
民衆の心理、心の回復が必要です。
人間を信頼し
お互いを信頼し
協力し
高めあう中国社会の
回復です。
私達、日本人に必要なことは
虚勢をはり
(昔から中国には中華思想という
劣等感を裏返したものがありますが
それも出入りの激しい権力争いの中から
生まれてきた優越感に過ぎません。)
病んでいる中国の真の姿を
しっかり見極めることだと
思いますよ・・。
そして日本が
その沈没寸前の大きな船、中国を
先導する
小さくて賢い舟として
その役割を果たせたときこそ
また
大きな希望と繁栄が
生まれるときだと
思います。
そのときまで
私が生きているかどうかは
分かりませんが、
いつかきっと
そうなって欲しいと
祈るばかりです。

賢い国に
なろうね!
by denshinbashira
| 2013-03-24 13:12
| 光の中で
|
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