雲は流れ続け、朝はいつも新しい!その2 |
そこに
すでにある
意識のなかに
ストンと
落ちて生きる。
それまでの
人間の集合意識の中で
生きるしかない。
それは自分以前の人間が
作り出した意識の世界で
そこへスポンとはまっていきるしかない。
しかしそれはあくまでも
他者の作った意識世界であり
自分が
自分らしく
自分の命の欲求にそっていきようとすると
それはよそよそしく
そこには
確実に軋みや
矛盾が起きてくる。
それが
いき辛さや
むなしさや
疎外感で
そんなとこでばかりで
生きいていたら
欝になるに決まっている。
逆に
それらが起きてきて
はじめて
自分を
意識化できる。
自分と自分以外の他者の世界が
明瞭になる。
そのときに
はっと
気づいて欲しいと
私は思うのです。
自分が生きている
或いは
自分の生きることの
手引き書にしている内容は
実は
自分以外の人間たちが作り出している
”過去”のしろもの・・・だということに
です。
もし
自分に目覚めて
夢や
希望や・・・というなら
それは
そこにはない。
なぜなら
そこは
全くの
他人の世界だからね。
夢や希望というなら
それは
自分が新しく
見つけ
作っていくしかないんだね。
そして
夢も希望も
自分の中にあるのに
それに気づかないんだね。
気づいてほしいのは
実は
自分は常に新しい・・ということナンです。
自分だけでなく
人間も
自然も
常に変化していて
そこには
マンネリなんかない!
大空を流れる雲を
見てほしい
雲は常に
流れ続けているでしょ。
その雲のように
人間も
人間の体も脳も
常に働き続け
刻々と
中身を
入れ替えていることに
気づいて欲しいです。
ただ
自分を守ろうとする
怯えの意識だけが
強固にその変化を
認めず
過去にばかり
しがみつこうとする。
つまり
昨日の自分と
今日の自分は
確実に
違っている・・・筈なんだよ!
朝は
その新しい自分の始まりなんだね。
私はこのことに気づいたとき
小躍りしたよ!
なんて
命の働きは
素敵なんだろう。
朝は
毎日新しく
輝いている!
だから
あとは
自分しだいだと
いうこと。
寒い凍った大地の中から
土を押し上げて
出てくる草の芽の
たくましさに
やがて
万艦の花を咲かせる花たちの
華やぎに
我が家の庭を往来する
虫や蝶やトカゲたちの
騒ぎに
彼らはいつも
今と明日のために
懸命に生きている。
過去に生きるのは
人間だけさ・・・。
気がつけば
私を取り巻く風景は
その凡庸さの中に
いつも
惜しげもなく
日々の変化を
見せてくれている。
それが
美しい!
ただ、
人間だけが
過去にしがみつき
自分の保障を
求めるんだね!
そして
他人によって
愛されたいと
思うんだね。
でもね~。
この世に生まれたということは
もう
自分の命に愛されて
いることなんですよ。
だって
命はひらすら
その人を生かそうと
働くんだもの!
そして
寄りかからず
もたれかからず
自立して生きている人ほど
他者から
愛されるんだからね!
だってそういう人は
安心だもの・・・・
自分の中に力があること
自分の中には
生命力という
もう
カンペキな自力の
エンジンが
内包されている。
それに気づく事が
自立への旅立ちです。
そして素敵なことに
人間は
自力で
ひとりで
生きることが
できるし
みんなと
一緒に生きることも
できる。
こんな素敵な
恵の中に
生きていることに
気づいて
そして
いっしょに
いきていこう!
ね。
バラクラガーデン
チューリップの
大合唱!
不思議でもある世界は
留まる事もしない・・・
刹那の重なりですね。
だからこそ大切にしたいですね。