コメントの質問にお答えします。 |
○ いろんな書籍やブログなどで、子供を愛さない親はいないと書かれてますが、
電信柱さんはどのように考えますか?
よろしくお願いします。
はじめに
子供を愛さない親はいないと
思いますよ。
しかし
親を愛さない子供も
いませんよ・・・。
つまり
お互は
”一人の人間”・・・として
平等で対等の関係であるという
条件のうえでなら
・子供を愛さない親はいないし
・親を愛さない子供もいない
ということが
言えます。
子供だって
親を愛し
必死で親を
支えていますから
親だけが
一方的に
愛してるということでは
ない・・・と
いうことです。
その辺をきちん考察しないで
安直にそういうことを
いうことが
この国では
まかりとおっています。
本当は
親と子の共依存や
密着で
苦しんでいる親子が
たくさんいるのに
です。
親といえども
一人の人間であり
たくさんの弱さや
エゴやわがまま
闇や
解決できない苦しみを
抱えています。
親は子供を産み育て
いつくしみますが
その一方で
子供に依存し
子供を感情のはけ口にしている
親も
山のようにいます。
また
家族そのものが
人間の本性がむき出しにでる
”場”ですから
そこでの
親と子供の
力関係は
圧倒的に
親のほうがつよく
主導権も
親が握っています。
子供のほうは
育ててもらうという
受け身ですから
当然そこには
パワーバランスの
ゆがみが
出てきます。
つまり
親と子の関係は
人間と人間の関係としてみると
とても複雑な構造を持って
密着した
関係です。
だから
○いろんな書籍やブログなどで、子供を愛さない親はいないと書かれてますが、
こんなに
単純に言い切れるものでは
ないのです。
ユング心理学で
ユングは
母親をグレートマザーと名づけ、
そこには、
二つの大きな働きがあると
しました。
一つは
子供を
・慈しみ育てる母親です
もう一つは
・感情的に子供を呑み込んでしまう
恐ろしい母親です。
まあビジュアル的にいうと
慈悲深い
・観音様のような母親と
感情に猛り狂う
・般若のような母・・とでも
言いましょうか。
子供を育てるというのは
親にとっても
人生の大仕事です。
きっと
貴方のお母さんも
懸命に貴方を育てたでしょう。
しかし
お母さんが、よほど
母親として
その子の自立のために
何をしたらよいか・・を考える知性や
自覚がないと
また
子供との関係を
客観的に考えることを
しないと
どうしても
子供との関係が
感情的であったり
場当たり的であったり
或いは
世間的序列や価値づけで
子供に
要求したりと
たとえば
勉強ができてほしいとか
従順ないい子で
あってほしいとか
時には
子供に依存したり
自分の夫替わりに
したりする例もあり
子供にとっては
とても
面倒で
厄介な
大人・・・に
育てられることに
なります。
また
親は親で
自分の悩みや
苦しいことを
抱えていきているでしょうから
まあ
子供にだけは
そのつらさや
苦しさを
ぶつけてしまうということも
あるでしょう。
貴方の場合も
一度自分の親を
客観的に
よーく分析してみたらいいと
思います。
そして
愛して
一生懸命に育ててくれたことには
感謝して
でも
自分が親からうけたマイナスのことに
対しては
きっぱりと
NO・・・を
示す必要があります。
自分は
親とは
まったく
違う
一人の個を確立した人間であることを
伝える必要が
あります。
親も
子供も
どちらも
子供が成人したならば
そこからは
お互いが独立、自立しなければ
ならないことを
はっきり
自覚し
親と子との分離を
図ることです。
さらに
親にとっての
一番の不幸は
自分が死んだ後
こどもが
自立しておらず
幸福になれず
しっかりと
生きてゆけないことです。
だから
親の未熟なことや
親のエゴや
親の依存に対して
子供は
はっきりと
NOを示し
自立することです。
親の弱さを
ちゃんと総括し
そして
自分はそうはならないと
親を突きはなし
親を乗り越え
自力で
生きれるように
強くなり
たくましくなってこそ
最高の
親孝行だと
思いますよ。
愛する・・・ということは
自分の都合のいい愛し方は
愛とはいいません。
愛とは
相手の存在を
無条件で
すべてを
丸ごと肯定し
受け入れるということです。
親と子は
慈しむ関係であるととも
深い葛藤や
お互いを所有しあう
桎梏の
関係でもあります。
まずは
自分が自立するために
親との関係を
どうしたらいいかと
しっかり
考えることだと
思います。

