ほんとうのことを言われたら 怒り出す・・・その2 |
怒り出す!
それは、
ほんとうは、
相手が言うまでもなく
そのことについての不安材料がが
自分の中に
あるにもかかわらず、
自分の中では
みないことにしていたり
なかったことにして処理しているからです。
つまり自分でも
うすうす気づいている・・・・。。
また、
インナーチャイルドが深く傷ついているのに
それをなかったことにしていたり
ほんとうは、
自分の弱さから、
妥協して受け入れてしまっているのに
つまり根本は
自分の中の問題性にあるのに
そのことを
みないふりをしたりしているときに
そういう怒りがおきてきます。
さて、
怒りとはなにか・・・?
怒りは自己回復のための感情だと
私は
思っています。
不安、恐れ、怒り、悲しみ 呪い等の
マイナス感情は、
その人間、つまり、
その生命体が危機と感じたときに
起きる情動で
それぞれ、脳とからだの中を
アドレナリンやノルアドレナリン、セロトニンなどの
ホルモンが流れて、
そういう危機に対するサインの体勢を
つくります。
その時不安というのは、
なんとなくその正体がつかめなくて
動揺している状態ですから
その原因が分かった時点で消えていきます。
恐れは、
相手なりその対象に対して
自分がどうすることもできない・・という
解決不能な事態があり、
絶望感に基づいた無力感と危機感があり
そこには逃げるしかない自分がいます。
悲しみは、
自分ではどうすることもできないと
あきらめを受け入れたときの感情です。
そして呪いは
自分の中で、内向させて封じこめ
深層心理の中で増幅させている
怒りです。
さて、それで今日の本題の怒りについては、
上記のような
自分の危機を
自分の中で内向させず、
つまり不安や怯えや恐れや無力感を
自分の力でなんとかできる・・・という
可能性を感じている時に
起きてくる強い攻撃的な情動です。
そういうものを
自分で押し返そう
或いは
押し返すことができる・・・と
本能的に事態を感じ取っているときに
起きてきます。
逆に
自分がとうてい
かなわないという相手なら
恐怖や悲しみになってしまいますからね。
だから
とても大切なのですよ。
自分を
あきらめていないから
怒るのです。
だから、怒りの感情がおきてきたら
まず
自分は何に対して反応して怒っているのかを
見極める必要があります。
それを見極めることは
自分の内面の無意識の中の
インナーチャイルドの傷といいますか
そういうことに気づく
絶好のチャンスなんですね。
しかし
怒りという情動の脳(ワニとネズミの脳)が発火すると
もう
それが暴走し始め、
怒りの感情に乗っ取られてしまい
前頭葉の理性は全くの無力状態に陥りますね。
つまり情動の脳に乗っ取られたら
客観性がうしなわれてしまい
もー自分のことしか目にはいらなくなってしまいます。
それは
そういう風に反撃すれば、
相手に対しての上位を取り戻せるし
自分の中の不安や恐れを
一掃できるからです。
つまり
自己回復するための
強いエネルギーが
怒りですが、
しかし、怒りの暴走に
自分を任せてしまうことは
人間の人間たる高等な脳、前頭葉の働きに
ブレーキがかかり、
下位の脳が支配する
動物的な行為になってしまいます。
だからこそ
私たちは
自分の中の”知力”を総動員して
考えなければいけないのです。
怒りが暴走しないように
考える必要があります。
もともと
情動の脳と言われる
基底核や扁桃体は
生命危機に直、反応する脳で
その反応は反射てきであり
かつ動物的なものです。
動物的というのは
生命の危機に対して
反射的に身構えるもので
起きている事態に対しての吟味、思索がなく
一瞬にして、強烈なエネルギーの
臨戦態勢が起きるからです。
それに比べ、前頭葉は
その事態を冷静に見極めるために
吟味、分析、思索を
しますから、時間がかかります。
だから
脳なかで、
情動の脳とは時間差が起き、
情動の脳が発火して興奮してしまうと
もう
前頭葉はたちおくれて
機能しなくなるのですね。
だからこそ
私たちは、
そのことを自覚して
自分に起きる怒りに対しては
それに乗っ取られずに
突きはなし、距離をとってみる・・・という
冷静さが必要なのです。
断っておきますが
だからと言って怒らないように
怒りを封印する・・ということを
やってはいけません。
それは
自己抑圧です。
そうではなく
自分の怒りを突き放して
よーく
眺めてみるのです。
なぜ自分の中に
怒りの反応がおきるのかと・・・です。
おそらくそこには
傷ついている
インナーチャイルドがいると思いますよ。
怒りがおきたら
それは
自分の中の、不安や悲しみや恐れに
目を向けなさい…ということでもあるのですね。
そして
なにが自分をそうさせているか・・・?
不安や恐れや悲しみに共通するのは
自分がもうかなわない、
どうすることもできない・・という
自己喪失が
あるのです。
不安や恐れや悲しみに自分を陥らせていると
それは自分の可能性を失うことですから
当然
からだも心も抜け殻のように
なってしまい
鬱へ鬱へと行くしかありません。
それに比べ
怒りは
たくましいですね~!
鬱の人は怒りを取り戻していくと
健康になっていきます。
でも
怒りをどのように扱っているか・・・・?
そして
どのように扱えばいいか・・・?
いちばん一般的なのが、
いつも我慢したり、
いつも負けている人間
(相手より下位に扱われる人間)
は、
我慢のカードを
一枚、もう一枚・・と集めて
カードブックが満杯になったら
もうキレてもいいだろう・・・と、自分にキレる許可を出して
一挙に怒りを爆発させます。
また自分をディスカウントさせている人間
(被害者意識で生きている人間)
も
そのディスカウントで失うエネルギーを
復活させるべく
常に、自分が怒っていいチャンスを
待っています。
でも
これは怒りの扱い方が
本当に小児的な幼稚なものです。
そうした暴走した怒りが起こした事態は
そのままでは
済みませんから、
当然その反動が
自分に跳ね返ってきます。
こういう人は
ほんとうに
生き方が下手・・・。
人生脚本はいつも
苦々しい!
そうではなく、
怒りと理性をセットにして
怒りを分析し、
そして、その怒りを
逆に自分に生かすように
扱うことができるようになると
それは、
自分の能力をあげるととも
いわゆる
上級者、
人生の達人となっていきます。
怒りがきたら、
はた・・・とたちどまり、
この怒りは
自分に何を伝えようとしているか
もしかしたら
宝物があるかも・・・とまで
なると
もう
いうことはありません。
さらに
もし、理不尽な事を言われたり
不当な扱いを
された時
反論や
否や
怒りの言葉を、
アッケラカン・・と
ドンと吐けるようになると
もう
怖いものなど
ありません!
最後に
人間を恐れることは
ありません。
むしろ
自分を攻撃してくる人間こそが
アナタを恐れているのです。
そして
多くの人間、ほとんどと言えるくらいの人間が
人間を恐れています。
恐れているから
逆に
コントロールしようと
いろいろ仕掛けてくるのです。
人間を恐れず
無用な心配をせず(不安に駆られず)
ダメなものはダメ・・と
あっけらかん!とね。
まあ
このアッケラカンに
すべては
つきますねえ~!
だから
私もアッケラカンと
いつもね、
毒舌を吐いています・・・・笑!

このところのにわか雨で
元気をとりもどしたね!
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〇 奥友志津子さんの漫画が始まりましたので
ご紹介いたします。
奥友志津子・座標空間より
『怒りんぼモンスターが出現する!』
・怒りはどこからくるのでしょうか・・・???
・怒りをガマンしていると
どうなっていくのでしょうか・・???
・人間はなぜ怒るのでしょうか・・???
楽しみです。
そして、そのように思ってしまうことが、自己嫌悪の原因のひとつなのですが、denshinbashiraさんが、怒りから引き出すことのできる、プラス面にやさしい光を当ててくださいますことに、救われます。
自身の中の可能性を信じて、ゆっくり私の宝物を創ってゆきたいと思います。
denshinbashiraさん、どうもありがとうございます。
まだまだ私は成長過程中です。
今日の内容はまさに指摘していただいた感じです。
あっけらかん!と話す…。
まさにピッタリな表現方法ですよね~。
涼やかに、さわやかに怒りを変換して
話せる自分。
いいですね~。
例えば、主人と話しているうち
怒り口調になって、(そこ、怒るところじゃないよ!)なんて話せるときもあります。
時には、話していて冷静に(私なんで怒っているんだろう?) と思いながら話しているときもあるので…。
相手のペースに乗らないで
あっけらかん!と話す上級者コースに
常にいられるように心がけていきます。
いつも前向きなメッセージを
ありがとうございます。
せっかく授かった命なので
精一杯学習して楽しみたいと思います。
感謝しています。

