人生を解決する・・・ 質問におこたえします。 |
お答えします。
質問をさせてください。
私は人間関係を切るということをしてきてしまった人間です。
今回の記事を読み、和解をするためには、
「築く」という観点を持っていることが重要な気がしました。
私は自分や、自分の人生、人間関係に対して「築く」というイメージが持てません。
「築く」という観点は、どこから生まれてくるのでしょうか。
今回私が書いているのは
深い関わり合いを持った人間の仲が
壊れてゆき、
そのことで苦しんでいるある人に対しての
メッセージです。
自分にとって必要のないひとと
だらだらと惰性的な関係をつづける必要は
ありませんが、
自分がかかわり、
何らかの心の交流があり
さらに
魂レベルで、出会いたいと願った人間どうしが
しかし
その関係が崩れてゆくことに対して
どうしたら
いいかを
今回書きました。
恋人や夫婦や家族や友人など
その人にとって
こころを通わせたいとおもっている人間どうしに
ついてです。
あなたのご質問にダイレクトに答えるとしたら
◎ 人間は、長く付き合わないと、その人のことはわからない・・・・のです。
なぜなら
人間は、ひとりひとりがまったく”別もの”の自分世界を持っており
人間関係とは
そういう
自分の幻想(期待)や
自分の思い込みや(自分の経験知や自分が身に着けてしまっているローカルな情報、文化)を基に
自分が相手のことを
シュミレーションをしながらしか
関係を続けられないのです。
しかし
多くの人々は、いまだに人間がそれぞれがまったく
個絶している・・とは
思っておらず
他人は、どこか自分と同じであるような錯覚のもとで
関係をシュミレーションしてしまいます。
そして、そういう人間は
他人が
自分が想定したシュミレーションどおりに動かないと、
つまり自分の思い通りにゆかないと
動揺し
不安になり、
イライラや
怒りや恐れのマイナス感情が
湧いてしまいます。
それが
人間関係が壊れてゆく原因です。
つまりは
自分の想定外に他人の行動があるとき
それが
理解できないゆえに
そこにトラブルが発生するのです。
その時
自分のことも
他人のことも
感情的ではなく
理性で客観的に考えることができたなら
人間関係を切る必要もなく
また
必要以上に
関係の密度を保つことも
しませんが、
相手の自分の想定外の行動に
動揺するひとは
どうしてもそこで危機感を感じて
相手に対してのマイナス感情をもち
そして
耐えられない時に
関係を切って
解決しようとしてしまうのですね。
つまり
人間関係とは
もともと
相手を理解し
相手のことを大切に思い
それを温めるという、自覚を持たない限り
その関係を持続していくのは
とても難しいものなのです。
そして
人間の中のある
潜在的な不安は
常に相手に対して、
自分の思い通りに動いてほしい・・という
エゴが働きますから
とても壊れやすいものなのです。
〇 人間は、それぞれがまったく別もの世界をもっていきている
だから、他人はいつも自分の想定外を生きている。
〇 人間は相手を理解し、どこか接点を自覚的に
維持しようとしないかぎりその関係はもろく
壊れやすい。
そんな中で、自分が大切に思う人との交流を
どのように育てていくか・・・ということを
自分の”知力”を働かせて考える必要があります。
それには、まず
自分の感情に捉われることから
脱皮し
自分のエゴ(相手に対する期待、依存、甘え)を取り除き
・自分にとって想定外の相手の行為や
・自分にとって受け入れたくないことや
・自分にとって不都合なことも
だからこそ、相手のその行為を通して
相手を理解し
また
そこに起きる自分の反応をとおして
”自分では気づかなかった自分”を理解する。
◎相手は自分の鏡でもあるのですよ。
人間関係は壊れやすいものなのです。
だからどんな人間関係も
さまざまに違和や行き違いが起きるものなのです。
お互いがもめ、
けんかやトラブルが
起きるものなのです。
そういう、もめ事をとおして
トラブルをとおして、はじめて
自分世界と相手世界の違いが
明瞭になり
さらに
◎違っているからこそ出遭った・・・と
いうことが
わかってきます。
そして、
◎そういう破綻の危機をお互いが乗り越えた関係は
とても素敵な関係になってゆきます。
もう一つ大事なことは、
自分が嫌いな人や
否定したくなるひとや
抵抗を感じる相手こそ
◎自分が無意識に抑圧している
もうひとりの自分を投影している人です。
このことはとてもわかりづらいと思いますので
ちょっと私自身のことを例にあげます。
私は若いころ、
流行を追う軽薄な人や、ちゃらい人が
どうしても嫌いで
受けいれることができませんでした。
しかしあるとき
もしかしたら、それは
私が抑圧しているもうひとりの自分の姿かもしれないと
気づき
意識的に受けいるようにしましたら、
そういう世界には
生真面目で、かたくなな自分にはない
面白さや
楽しさや
柔軟さが
たくさんあることを
発見しました。
それも人間のひとつの一面なんですね。
今はそういう世界も楽しみ
面白がりながら
そこにも私の世界があるなあ~と思い
依然あった抵抗感や拒否感が
ぬけて
とても
楽になりました。
人間はながーくつきあって、
初めて
相手のよさが
しみじみとわかってきます。
何年も何十年も
時には、
何年も何十年も
疎遠になることもあります。
お互いの感情がどうしても
届かないこともあるでしょう。
しかし
そういう危機の時も含めて
人間関係も
雨風、嵐の洗礼をうけながら
やっとお互いが
自分の心をそのまま話せる相手となってゆきます。
そして
私は人間関係を築く・・・という言葉は
どこか、シンドイきがします。
築くというとどこか
無理があるようなきがします。
そうではなく、もっと自然に
流れるままに受け入れながら、
人間は、もめたり、けんかしたり
そして、また和解したりする中で
その人のことをほんとうに
大切だなあ~と
しみじみ思えるようになったとき
そこに、めには見えない
人間の絆がうまれているのだと
思います。
そしてその絆とは
決して相手を縛ったりしない
とても緩やかな人間関係です。
その絆をどのように大切にしてゆくかの道筋が
同時に
自分が人間として熟してゆく道であると
私は思います。
自分を大切にするように
相手を大切にすることができるようになったとき
人間が
自分が
相手が
愛おしいなあ~と
思います。
自分と同じように
他のひとも
懸命に生きていることが
しみじみと
わかるからです。
◎自分のこころの中が整理できるようになって
はじめて
その人が自分に必要か
必要でないかが
わかってきます。
たくさん悩み、たくさん辛い事や嫌なことを
試行錯誤しながら
だんだん自分のことがわかってきて
こころの整理ができます。
その時
必要のないと思えるひととは
お別れすればいいと思いますよ。
しかし
こころのどこかで
この関係を
大切にしたいなあ~と
思う人とは
なが~く付き合うということを肝に銘じ
たいせつに育てていくことだと
思います。
依存せず、
まるでそれそれの木が
そのまま
大地を踏みしめて
向かい合って
立っているような
関係でね。
答えになりましたかねえ~?

すこし秋の気配が
してきました。
良く頑張って
咲き続けられたね~!
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楽しみです。
心地よい緊張感の中にあって、でもとてもわかりやすく、どこまでもやさしいまなざしを受けながら、ああ、そういうことなのかと、”しみじみ”思いました。
そしていつも最後のお写真とメッセージにふっと心がやわらぎます。
denshinbashiraさんどうもありがとうございます。

