2014年 08月 07日
朝の微かな光の中で |
朝の微かな光の中で
もう蝉が鳴いている。
一週間のはかない命を
生き尽すかのように
鳴いています。
人間は、
親と分離して
自分の道を生きだすと
その人間は生き生きと
自分を究めだしていきます。
そこには
親との別れ(分離)があります。
親との別れ(分離)は
その人間を一時的に恐怖や不安に
追い込みますが、
それを乗り越えて
自分を生きだすと
もう
その人間は自分の人生の道を
わき目もふらずに
歩きはじめるのです。
反対に
親との別れ(分離)の恐怖と不安を
乗り越えられない時
その人間はずーっと
親の
胎内でしか生きれず
それは
とても息苦しく、
自分の意識で生きれず
親の代理の意識で
生きてしまいます。
だから当然のこと
自分を掘り下げることもできず
表面の浅く、軽薄なところでしか
生きられないのです。
自分を掘り下げだしたら
そこには
ドンドン新しい未来が開けてきます。
また
自分を掘り下げることは
他者との関係も深く
面白く
楽しいものになり
自分にとって
必要な
出遭いの日々となります。
しかし
親の胎内にいる限り
出遭いは
親にとって必要な出遭いでしかなく
だから当然の如く
その出会いは
掘り下げられることもなく
しばらく続いて
飽きたら
投げ出されることに
なります。
今回のことも
おそらく夫さんは
もうC子さんに飽きた
好きじゃなくなったから
別の人(愛人)との関係に
走った・・・・と言うかも
知れません。
自分の本質を生きていない人間は
熱しやすく
冷めやすいものなのですよ!
でもね
自分の人間関係を
掘り下げていたら
人間と人間の関係は
とても大切で
もし
その人間関係が
有効であれば
どんどん発展し
熟していきます。
今回私は
ずーっとサイドから
この夫婦を
見守ってきました。
そういう意味で
このご夫婦は
自分達が直面しなければならない
課題に直面していると
思います。
それは夫の浮気に始まりましたが
そこに顕われている問題は
単に浮気の問題ではなく
この夫さんと
そして
妻である
C子さんが
如何に親との分離をはたし
自立するかが
問われていると思います。
そういう意味で
それぞれの選択が
人生の大きな別れ道になると
思います。
愛人は
脇役にすぎません。
しかし愛人もなぜ
彼と出遭い
愛人になってしまった自分を
洗いざらい検証しなければ
なりません。
そこにも
この愛人の人生の課題が
在ります。
人間は
すべてのことが
自立することで
解決してゆきます。
逆に
親への依存と幻想のなかに
いる限り
それは常に他者へと
投影されて
いつも失望のなかへと
終結していくしか
ありません。
他者への失望は
すなわち
自分への失望です。
自立した人間に
失望など
有り得ません。
たとえ
一時の失望は
起きるかもしれませんが
でも
すぐ自分が回復します。
なぜなら
すべてが
自分の意志による選択であり
すべての結果は
自分が造りだしたことであることを
知っているからです。
自立した人のまえには
自分が歩こうとする人生の道が
広がってきます。
自分独自の
道です。。
その道の奥には
自分が手に入れたい
或いは
自分が到達したい
宝物があるはずです。
明確ではなくとも
確かなことは
それは自分を追及する
自分の
一本道です。
そして
自立した自分の脳は
どんどん自分を
導いてくれます。
だから
その道に転がる石も
自分で取り除き
よけい
その道の前の川も渡り
海も
山も
谷も
野原も
じぶんが超えてゆくのです。
どう超えてゆくかは
自分(自分の脳)が
教えてくれます。
つまり
どんどん直感が
ひらめいて
教えてくれます。
※ ここに人間の脳の凄さがあります。
多くの人は、自己防衛ばかりして
脳にブレーキをかけてばかりいますが、
自立する覚悟を決めて
自分を信頼しはじめると
脳はどんどん直感を下してくれます。
そして
その年月を超えて
ふと
後ろを振り返ってみたら
はればれと広がる空の下に
自分が超えてきた
風景が
いちめんに広がって見えるでしょう。
パノラマにようにそこに見えてくる
その光景こそ
そのひとだけの
人生の光景です。
あゝ
なんという充実!
なんと懸命に
真摯にいきてきたか!
親の世界から
脱皮し
そして
自分一人で
地上にでたとき
そこには
たくさんの可能性が
広がってきます。
その
可能性とは
脱皮する前の自分も
脱皮した後の自分も
すべての自分が
投入されてこそ
広がる可能性です。
人間は
実は
自分にとって無駄なことは
なにひとつとして
していません。
すべてが
明日の自分
未来の自分へと
結実していくのです。
そこには
自分が
自分の人生を
どのように
創りだしていくかが
問われているのです。
自立するには
痛みを伴います。
しかし
その痛みを乗り越えてこそ
いかにも
その人らしい世界が
拓けてきます。
だれでもない
自分だけの
愛おしい
たいせつな
生きた証の世界です。
どうぞ
その
世界を
手に入れてください。
お祈りしています。

みんな主役です。
もう蝉が鳴いている。
一週間のはかない命を
生き尽すかのように
鳴いています。
人間は、
親と分離して
自分の道を生きだすと
その人間は生き生きと
自分を究めだしていきます。
そこには
親との別れ(分離)があります。
親との別れ(分離)は
その人間を一時的に恐怖や不安に
追い込みますが、
それを乗り越えて
自分を生きだすと
もう
その人間は自分の人生の道を
わき目もふらずに
歩きはじめるのです。
反対に
親との別れ(分離)の恐怖と不安を
乗り越えられない時
その人間はずーっと
親の
胎内でしか生きれず
それは
とても息苦しく、
自分の意識で生きれず
親の代理の意識で
生きてしまいます。
だから当然のこと
自分を掘り下げることもできず
表面の浅く、軽薄なところでしか
生きられないのです。
自分を掘り下げだしたら
そこには
ドンドン新しい未来が開けてきます。
また
自分を掘り下げることは
他者との関係も深く
面白く
楽しいものになり
自分にとって
必要な
出遭いの日々となります。
しかし
親の胎内にいる限り
出遭いは
親にとって必要な出遭いでしかなく
だから当然の如く
その出会いは
掘り下げられることもなく
しばらく続いて
飽きたら
投げ出されることに
なります。
今回のことも
おそらく夫さんは
もうC子さんに飽きた
好きじゃなくなったから
別の人(愛人)との関係に
走った・・・・と言うかも
知れません。
自分の本質を生きていない人間は
熱しやすく
冷めやすいものなのですよ!
でもね
自分の人間関係を
掘り下げていたら
人間と人間の関係は
とても大切で
もし
その人間関係が
有効であれば
どんどん発展し
熟していきます。
今回私は
ずーっとサイドから
この夫婦を
見守ってきました。
そういう意味で
このご夫婦は
自分達が直面しなければならない
課題に直面していると
思います。
それは夫の浮気に始まりましたが
そこに顕われている問題は
単に浮気の問題ではなく
この夫さんと
そして
妻である
C子さんが
如何に親との分離をはたし
自立するかが
問われていると思います。
そういう意味で
それぞれの選択が
人生の大きな別れ道になると
思います。
愛人は
脇役にすぎません。
しかし愛人もなぜ
彼と出遭い
愛人になってしまった自分を
洗いざらい検証しなければ
なりません。
そこにも
この愛人の人生の課題が
在ります。
人間は
すべてのことが
自立することで
解決してゆきます。
逆に
親への依存と幻想のなかに
いる限り
それは常に他者へと
投影されて
いつも失望のなかへと
終結していくしか
ありません。
他者への失望は
すなわち
自分への失望です。
自立した人間に
失望など
有り得ません。
たとえ
一時の失望は
起きるかもしれませんが
でも
すぐ自分が回復します。
なぜなら
すべてが
自分の意志による選択であり
すべての結果は
自分が造りだしたことであることを
知っているからです。
自立した人のまえには
自分が歩こうとする人生の道が
広がってきます。
自分独自の
道です。。
その道の奥には
自分が手に入れたい
或いは
自分が到達したい
宝物があるはずです。
明確ではなくとも
確かなことは
それは自分を追及する
自分の
一本道です。
そして
自立した自分の脳は
どんどん自分を
導いてくれます。
だから
その道に転がる石も
自分で取り除き
よけい
その道の前の川も渡り
海も
山も
谷も
野原も
じぶんが超えてゆくのです。
どう超えてゆくかは
自分(自分の脳)が
教えてくれます。
つまり
どんどん直感が
ひらめいて
教えてくれます。
※ ここに人間の脳の凄さがあります。
多くの人は、自己防衛ばかりして
脳にブレーキをかけてばかりいますが、
自立する覚悟を決めて
自分を信頼しはじめると
脳はどんどん直感を下してくれます。
そして
その年月を超えて
ふと
後ろを振り返ってみたら
はればれと広がる空の下に
自分が超えてきた
風景が
いちめんに広がって見えるでしょう。
パノラマにようにそこに見えてくる
その光景こそ
そのひとだけの
人生の光景です。
あゝ
なんという充実!
なんと懸命に
真摯にいきてきたか!
親の世界から
脱皮し
そして
自分一人で
地上にでたとき
そこには
たくさんの可能性が
広がってきます。
その
可能性とは
脱皮する前の自分も
脱皮した後の自分も
すべての自分が
投入されてこそ
広がる可能性です。
人間は
実は
自分にとって無駄なことは
なにひとつとして
していません。
すべてが
明日の自分
未来の自分へと
結実していくのです。
そこには
自分が
自分の人生を
どのように
創りだしていくかが
問われているのです。
自立するには
痛みを伴います。
しかし
その痛みを乗り越えてこそ
いかにも
その人らしい世界が
拓けてきます。
だれでもない
自分だけの
愛おしい
たいせつな
生きた証の世界です。
どうぞ
その
世界を
手に入れてください。
お祈りしています。

みんな主役です。
by denshinbashira
| 2014-08-07 06:29
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