2014年 08月 13日
このこの清々しい空を!4 |
今回の私の神経的消耗とは
そもそも相手側に
カウンセリングによって
・自分を肯定してもらいたい
・自分を認知してもらいたい
ということがあったからだと
思います。
カウンセリングとは
そういうことだと
思い込んでいるひとも多く
その人が
そういう勘違いをするのも
無理はありませんが。
それは一時的には
その人間を元気にし
いい気もちにするが
しかし
時間の経過ととものに
また
もとに戻ります。
私のところにも
カウンセリングルームや
セミナーとかいうのを
渡り歩く人が来ましたが
そうなると
カウンセリング・ジプシーみたいに
なってしまいます。
でも
その人間が
そういう他者から肯定されたい・・・とか
認知されたい・・・というところにいる限り
それは、自立するというところからは
ほど遠いのですよ。
そうではなく
◎ 自分が自分を肯定をできる
◎ 自分が自分を受け入れ承認する
ということが
できるようになる・・と言うのが
私のカウンセリングの最終到達地点です。
つまり
・自分を肯定されたい
とか
・自分を認知してもらいたい
なんていうのは
やはり
甘ったれ以外のなにものでもないです。
そしてそういうことは
生きる現実では
有り得ませんから。
人間は誰もが
他人を肯定するどころか
自分のことで
手一杯です。
だから
そういう期待は
さっさと諦める必要が
あります。
※今回も私の中にも
まだ
そういうことの残り滓みたいなものが
ありました。
私のなかで
他人からは
誤解されるものなんだという
認識が徹底されていませんでした。
だから怒りと嘆きが
きてしまいました。
だめですね~。
諦めたら
そこから
新しい人生観が開けてきます。
今回の場合も
自分を被害者の位置において
そういう自分への共感が
欲しくてたまらない人でしたね。
そういう
甘ったれのコメントが
来るたびに
私は
その
甘ったれに
NOの
全否定回答をしました。
その人間にしてみれば
自分を肯定してくれるかと
思ったら
全否定されて
頭にきたということらしいです。
しかし
ほんとうに彼のことを
思うなら
その、なんとも甘ったれていることを
全否定するのが
カウンセラーとして
誠実です。
私は
甘ったれなんかに
寄り添いませんよ。
この世の中を
生き抜いてゆくことは
とても厳しいです。
だから勇気をだして
痛みを伴いながらも
自立して
たくましくなることです。
この世のなかで
生き抜くには
ちょっとのことで
傷ついたり
めげたり
自己憐憫していては
ダメなんです。
自分が強く
たくましくなるためには
自分のいちばん弱いところや
甘えているところ
さらに
自分では気づいていない
自分の依存心や
固定観念に
メスをいれなければ
つまり
痛みをともなわない
自己変容など
有り得ません。
方法は
いろいろあります。
しかし
なんとしても
今の弱い自分から
脱却する・・・という
覚悟がないと
こういう風に
自分を肯定してもらえない・・・と
逆ギレするのですね。
自分を肯定できる人間は
他人から
肯定してもらおうなどとは
思いません。
なにがあっても
すべてが
自分から発していることである
ということです。
それを解決していくのが
人生です。
今回
私は自分のなかに
誤解されて攻撃された時に
わたしの神経が痛むという
その甘さと
弱さを
思い知りました。
まだまだ
私という木の幹が脆弱で
根の張り方が
足りません。
誤解されようが
攻撃されようが
そんなものなどを
体の中に入れては
いけないのです。
それを瞬間的に
追い払ってしまう強さと
それを相手にしない
狡猾さが
必要です。
奥友さんから
伝心柱さんの母性が
アキレス腱だと
指摘されました。
ほんとに
そうですね。
もし
私の中の父性の厳しさが
あらわれていたら
そのひとは
きっとこういう甘えをしてこなかったと
思います。
そんな人間などには
見向きもしない強さが
必要です。
そういう意味では
私の甘さが
全ての原因です。
でも
私は
自分の中の
母性的な甘さも
捨てようと
思います。
この課題を克服するために
自分と向き合います。
ご心配を
おかけした皆さま
すみませんでした。
でも
また
一皮むいて
頑張ります。
※ 今日からまたコメント欄を開きますが、
このコメント欄は、
自分の愚痴や嘆きや甘えのウンコを
落とす場(便所)ではありませんので
原則として非公開は受け付けません。
また、否と判断したものは
どんどん削除しますので
ご承知おきください。
どうぞ皆さま、強く逞しくなってください。

台風のなかで
よく頑張って咲いていたね。
そもそも相手側に
カウンセリングによって
・自分を肯定してもらいたい
・自分を認知してもらいたい
ということがあったからだと
思います。
カウンセリングとは
そういうことだと
思い込んでいるひとも多く
その人が
そういう勘違いをするのも
無理はありませんが。
それは一時的には
その人間を元気にし
いい気もちにするが
しかし
時間の経過ととものに
また
もとに戻ります。
私のところにも
カウンセリングルームや
セミナーとかいうのを
渡り歩く人が来ましたが
そうなると
カウンセリング・ジプシーみたいに
なってしまいます。
でも
その人間が
そういう他者から肯定されたい・・・とか
認知されたい・・・というところにいる限り
それは、自立するというところからは
ほど遠いのですよ。
そうではなく
◎ 自分が自分を肯定をできる
◎ 自分が自分を受け入れ承認する
ということが
できるようになる・・と言うのが
私のカウンセリングの最終到達地点です。
つまり
・自分を肯定されたい
とか
・自分を認知してもらいたい
なんていうのは
やはり
甘ったれ以外のなにものでもないです。
そしてそういうことは
生きる現実では
有り得ませんから。
人間は誰もが
他人を肯定するどころか
自分のことで
手一杯です。
だから
そういう期待は
さっさと諦める必要が
あります。
※今回も私の中にも
まだ
そういうことの残り滓みたいなものが
ありました。
私のなかで
他人からは
誤解されるものなんだという
認識が徹底されていませんでした。
だから怒りと嘆きが
きてしまいました。
だめですね~。
諦めたら
そこから
新しい人生観が開けてきます。
今回の場合も
自分を被害者の位置において
そういう自分への共感が
欲しくてたまらない人でしたね。
そういう
甘ったれのコメントが
来るたびに
私は
その
甘ったれに
NOの
全否定回答をしました。
その人間にしてみれば
自分を肯定してくれるかと
思ったら
全否定されて
頭にきたということらしいです。
しかし
ほんとうに彼のことを
思うなら
その、なんとも甘ったれていることを
全否定するのが
カウンセラーとして
誠実です。
私は
甘ったれなんかに
寄り添いませんよ。
この世の中を
生き抜いてゆくことは
とても厳しいです。
だから勇気をだして
痛みを伴いながらも
自立して
たくましくなることです。
この世のなかで
生き抜くには
ちょっとのことで
傷ついたり
めげたり
自己憐憫していては
ダメなんです。
自分が強く
たくましくなるためには
自分のいちばん弱いところや
甘えているところ
さらに
自分では気づいていない
自分の依存心や
固定観念に
メスをいれなければ
つまり
痛みをともなわない
自己変容など
有り得ません。
方法は
いろいろあります。
しかし
なんとしても
今の弱い自分から
脱却する・・・という
覚悟がないと
こういう風に
自分を肯定してもらえない・・・と
逆ギレするのですね。
自分を肯定できる人間は
他人から
肯定してもらおうなどとは
思いません。
なにがあっても
すべてが
自分から発していることである
ということです。
それを解決していくのが
人生です。
今回
私は自分のなかに
誤解されて攻撃された時に
わたしの神経が痛むという
その甘さと
弱さを
思い知りました。
まだまだ
私という木の幹が脆弱で
根の張り方が
足りません。
誤解されようが
攻撃されようが
そんなものなどを
体の中に入れては
いけないのです。
それを瞬間的に
追い払ってしまう強さと
それを相手にしない
狡猾さが
必要です。
奥友さんから
伝心柱さんの母性が
アキレス腱だと
指摘されました。
ほんとに
そうですね。
もし
私の中の父性の厳しさが
あらわれていたら
そのひとは
きっとこういう甘えをしてこなかったと
思います。
そんな人間などには
見向きもしない強さが
必要です。
そういう意味では
私の甘さが
全ての原因です。
でも
私は
自分の中の
母性的な甘さも
捨てようと
思います。
この課題を克服するために
自分と向き合います。
ご心配を
おかけした皆さま
すみませんでした。
でも
また
一皮むいて
頑張ります。
※ 今日からまたコメント欄を開きますが、
このコメント欄は、
自分の愚痴や嘆きや甘えのウンコを
落とす場(便所)ではありませんので
原則として非公開は受け付けません。
また、否と判断したものは
どんどん削除しますので
ご承知おきください。
どうぞ皆さま、強く逞しくなってください。

台風のなかで
よく頑張って咲いていたね。
by denshinbashira
| 2014-08-13 05:29
| カウンセリングノート
|
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