2014年 11月 11日
闘うということ・その4 その他大勢にならない! |
「伝心柱・カウンセリングルーム」の
卒業生が
ドンドン
<その他大勢>から脱皮しています。
その他大勢ではないというのは、
昨日かいた
<〇日新聞的人間>ではなく
それぞれの内部から放つものが
光ってくる人たちのことです。
もうそれは
自然の光ですので
とりわけ光ろうなんていう
自意識がないから
光を放つのです。
自分の正直さを
一歩踏み出したら
もう
そこからどんどん歩いていって
ください。
昨日書いたオッサンとオバさんは
きつと自意識では
「自分はその他大勢ではない」と
思いこみ
思いこもうと
しているよ!
でも
私には
足元付近を
ウロウロしているひとにしか
見えないし
だからこそ
他者を見下さずには
いられないんだと
思います。
しかし
その他大勢でなくなると
自分が夢中でしていることが
他人から見ると
いかにも飛び出ていて
個性的にみえるから
どうしても
やっかまれたり
足を引っ張られたり
してしまう。
私自身もう
そういう攻撃を
モロに
受けてきたから
よくわかります。
だからこそ
今の私は
そういう人たちとは
一線を画し
付きあわない。
自分にふさわしくないと
思える人間とは
付き合いません。
勿論社交的な付き合いなど
一切しません。
まあ、ここまで来るには
何十年もかかりましたけど。
その他大勢の人間たちは
自分で光ろうとはせず
他人から
光らせてもらおうと
します。
だからね
常に
他人に
どう思われるか・・・という
自意識が
はたらくから
◎ 自己統制ができず
いつも散漫で
集中力に欠けるのですよ。
※ 自己統制ができているというのは
頭と体が一本に統一されている
つまり
雑念に惑わされていない状態です。
人間が無意識で動いているときは
この状態です。
集中力に欠ける
というのは
頭が
よく
働かないということです。
※ はっきりいうとね
こういう人たちは
年齢を重ねるごとに
頭の働きが
悪くなっていく。
残念ですが!
・他人にどう思われるかと
ということに
・神経をつかうことが
・常態化していると
・自分がいちばん神経をつかい
・集中しなければならないことが
おろそかになる。
※ まあそういう人たちは
自分が投入するものを
もっていないとも
いえるのですが。
だから
そういう人たちは
昨日も書いたように
創造性の能力に欠け
いつも中途半端なところで
停滞し
上っ面の知識はもっていても
それを
・掘り下げたり
・深化させていくことが
できない。
自分が光り
その能力がどんどん上がっていくことは
私はもう
集中力のことに
尽きると
思います。
表面的なことは
あたりさわりく
まんべんなく
八方美人のようなことは
できても
我を忘れて
夢中になるとか
もう
無心で
そのことに突進していく
なんてことが
できないのです。
それは
日ごろ、散漫に生きているから
集中力が
磨かれないのです。
まあ、脳の物理的現象でも
あります。
◎ 『脳の中を
全肯定できるようになる。』
それはもう
恐ろしく難しいことですが
でも
そういう風に自分をしむけていくことが
自分の内部にあるものが
形へと
結実していくのです。
自己防衛をして
周囲に目配りをし
リスクから
なるたけ逃げるようなことをする
その他大勢になるか
それとも
失敗もあるし
傷つくこともあるが
でも
自分を打ち出し
自分の光をはなっていくか。
まあ、言わせてもらえば
私は
その他大勢のひととなど
つきあいたくないです。
なぜなら
人間は誰でも
その人が積み重ねてきた
そのひとだけの
内容があるはずですから
そういうものを
お互いに
交換したほうが
よほど
楽しいし
面白いし
発展的です。
そして
集中力がつけばつくほど
自分の中に充実感が
漲ってきます。
これがもう
エクスタシーなのですね。
最後に
◎ 卒業生の皆さんへ!
決して
自分の行為、行動を
・検閲したり
・反省したり
しないこと。
やったら
・やりっぱなしで
言ったら
・言いぱなしで
いいです。
決して
後ろを
ふりむかないこと。
それが
『自分の脳の中を
全肯定する』
ということです。
私もこのことに
懸命に取り組んでいます。
お互いに
輝きながら
行きましょう!

まあ、なんて自信に満ちているの!
<映画対談>のU-チューブがアップされました。
<映画から自由奔放に読み取ってみよう!>
第一回「こわれゆく女」より
映画監督 ジョン・カサヴェテスの世界。
撮影 能勢広 秋葉清功
編集 村上浩康
卒業生が
ドンドン
<その他大勢>から脱皮しています。
その他大勢ではないというのは、
昨日かいた
<〇日新聞的人間>ではなく
それぞれの内部から放つものが
光ってくる人たちのことです。
もうそれは
自然の光ですので
とりわけ光ろうなんていう
自意識がないから
光を放つのです。
自分の正直さを
一歩踏み出したら
もう
そこからどんどん歩いていって
ください。
昨日書いたオッサンとオバさんは
きつと自意識では
「自分はその他大勢ではない」と
思いこみ
思いこもうと
しているよ!
でも
私には
足元付近を
ウロウロしているひとにしか
見えないし
だからこそ
他者を見下さずには
いられないんだと
思います。
しかし
その他大勢でなくなると
自分が夢中でしていることが
他人から見ると
いかにも飛び出ていて
個性的にみえるから
どうしても
やっかまれたり
足を引っ張られたり
してしまう。
私自身もう
そういう攻撃を
モロに
受けてきたから
よくわかります。
だからこそ
今の私は
そういう人たちとは
一線を画し
付きあわない。
自分にふさわしくないと
思える人間とは
付き合いません。
勿論社交的な付き合いなど
一切しません。
まあ、ここまで来るには
何十年もかかりましたけど。
その他大勢の人間たちは
自分で光ろうとはせず
他人から
光らせてもらおうと
します。
だからね
常に
他人に
どう思われるか・・・という
自意識が
はたらくから
◎ 自己統制ができず
いつも散漫で
集中力に欠けるのですよ。
※ 自己統制ができているというのは
頭と体が一本に統一されている
つまり
雑念に惑わされていない状態です。
人間が無意識で動いているときは
この状態です。
集中力に欠ける
というのは
頭が
よく
働かないということです。
※ はっきりいうとね
こういう人たちは
年齢を重ねるごとに
頭の働きが
悪くなっていく。
残念ですが!
・他人にどう思われるかと
ということに
・神経をつかうことが
・常態化していると
・自分がいちばん神経をつかい
・集中しなければならないことが
おろそかになる。
※ まあそういう人たちは
自分が投入するものを
もっていないとも
いえるのですが。
だから
そういう人たちは
昨日も書いたように
創造性の能力に欠け
いつも中途半端なところで
停滞し
上っ面の知識はもっていても
それを
・掘り下げたり
・深化させていくことが
できない。
自分が光り
その能力がどんどん上がっていくことは
私はもう
集中力のことに
尽きると
思います。
表面的なことは
あたりさわりく
まんべんなく
八方美人のようなことは
できても
我を忘れて
夢中になるとか
もう
無心で
そのことに突進していく
なんてことが
できないのです。
それは
日ごろ、散漫に生きているから
集中力が
磨かれないのです。
まあ、脳の物理的現象でも
あります。
◎ 『脳の中を
全肯定できるようになる。』
それはもう
恐ろしく難しいことですが
でも
そういう風に自分をしむけていくことが
自分の内部にあるものが
形へと
結実していくのです。
自己防衛をして
周囲に目配りをし
リスクから
なるたけ逃げるようなことをする
その他大勢になるか
それとも
失敗もあるし
傷つくこともあるが
でも
自分を打ち出し
自分の光をはなっていくか。
まあ、言わせてもらえば
私は
その他大勢のひととなど
つきあいたくないです。
なぜなら
人間は誰でも
その人が積み重ねてきた
そのひとだけの
内容があるはずですから
そういうものを
お互いに
交換したほうが
よほど
楽しいし
面白いし
発展的です。
そして
集中力がつけばつくほど
自分の中に充実感が
漲ってきます。
これがもう
エクスタシーなのですね。
最後に
◎ 卒業生の皆さんへ!
決して
自分の行為、行動を
・検閲したり
・反省したり
しないこと。
やったら
・やりっぱなしで
言ったら
・言いぱなしで
いいです。
決して
後ろを
ふりむかないこと。
それが
『自分の脳の中を
全肯定する』
ということです。
私もこのことに
懸命に取り組んでいます。
お互いに
輝きながら
行きましょう!

まあ、なんて自信に満ちているの!
<映画対談>のU-チューブがアップされました。
<映画から自由奔放に読み取ってみよう!>
第一回「こわれゆく女」より
映画監督 ジョン・カサヴェテスの世界。
撮影 能勢広 秋葉清功
編集 村上浩康
by denshinbashira
| 2014-11-11 04:27
| 映画の中から自由奔放に読み取ってみよう!
|
Comments(2)
はい(^-^)!
0
自己投資とは、他人からの評価を勝ち得るために取り組むのではない、という言葉に出会いました。
denshinbashira さんのこのメッセージと重なります。私に今、必要なことなんだと受け止めました。
denshinbashira さんのこのメッセージと重なります。私に今、必要なことなんだと受け止めました。

