2014年 12月 12日
カウンセリングを受けるということについて! |
今日は実は不安の原因になる
・分離不安ということと
・対立するということに
ついて書こうと思っていたのですが
でも
雑用にかられ
メールを書いただけで
頭の集中力がキレてしまったので
今回コメントで
<あいこ>さんが書いてくださった
カウンセリングで
カウンセラーに癒されようしていたのでは
ダメだということについて
書きましょう。
以下はあいこさんの
コメントからの引用です。
ご本人から承諾を得ましたので
掲載さえていただきます。
私は親との決別を覚悟していたつもりでいましたが、結局はそれを避け
自分のインナーチャイルドを癒せば変わると思っていました。
しかしインナーチャイルドが「やっぱり親が大好きだった」と言ってる気がして
再び親との決別に対する覚悟が揺らぎ、親から受け継いだものを引きずり
イライラもやもやしていたのだと思います。
また、一気に変わって楽になりたい、カウンセラーの方に癒してもらいたいという
甘えもあったのだと思います。
その通りですね。
カウンセリングを受ける人の中には
カウンセリングでは
・自分を肯定してもらえる
・自分を受け入れて癒しもらえる
・自分の胸にしこっている感情を
・吐き出させてもらえる
と
カウンセラーに依存してしまう人も
多いんですよ。
そういう人の方が圧倒的に多い!
たしかに
それだけでも
自分の傷がいやされて
自分が生き返ったような<気分>に
なることは
大いにあります。
しかし
問題は
自分の脳の観念と感情とが
システム化して常態化し
その脳の反応で
体の中のホルモン体系が
システム化してしまっている
ことに
あるのですから
気分だけや
何となく
癒されても
その
システムを書き換えないかぎり
また
もとに戻るのですよ。
まずは
自分の観念と感情が
どう言う風に
その生育の中で
システム化されてしまったかを
言葉と論理で整合性をもって
理解しないと
ダメなんですね。
その場合
感情的、気分的に癒される
のではなく
そのシステム化される過程は
親との関係にあるのですから
まずは
親との<関係>はどうであったかです。
その関係において
自分の<感情>は
対人関係において
どのように反応してしまうように
なっているか。
また
どういう反応が
自分をくるしめて
自分の中に
どういう風な行動や
体の反応として
現れてくるのか・・・・・。
を
明確にする必要が
あります。
それで
では
どうしたらいいかを
カウンセラーと一緒に考えるが
まず一歩だと
思います。
時間を掛けて
具体的に自分が直面した事柄を
分析しながらの
共同作業で
進めていきます。
そのためには
物事を
感情的に捉えないで
理性と論理をもって
自己分析することです。
物事を
感情的ではなく
理性的に
考えられるようになったら
まず
一歩前進です。
そして
カウンセラーに依存しないで
自分のことを
よーく見つめ
考えぬいて
煮詰め
コツコツと
取り組んでいく。
まずは
ここから変えていくには
どうしたらいいか
という
きちんとした
目的を持って
カウンセリングにのぞまないと
カウンセリングは
<永遠のお話の場>に
なってしまいます。
私はカウンセラーは
その専門性において
貴方のここがこうですよ・・・と
指摘する必要があると
思いますよ。
そのためには
カウンセラーも力量が問われます。
カウンセリングを受ける人も
依存と甘えをすてないと
いけません。
カウンセラーから
優しく扱われ
なぐさめられたり
癒されることを
期待しているひとは
そこでもう
自分の想定外のことを
指摘されて動揺します。
まあ、時に逆ギレして
カウンセラーを攻撃する人も
います。
でもね、
動揺したり
感情が起きるということは
その指摘が当たっているということなのですよ。
そこをぐっと超えて
そういう
動揺し揺れ動く自分を
どうしたらいいか
ということから
自分の問題性と問題点が
見えてくるのです。
今日も
非公開コメントで
カウンセリングのことを
質問されましたが
まずは
そういう自分の中で
出来るだけ
自分を見つめる作業をしてから
何を解決したいかを
明確にし
カウンセラーを見つけられたらいいと
思います。
まあ、
いずれにしても
自立する気概をもたないと
ダメだと
いうことです。
映画から自由奔放に読み取ってみよう
第2回「オアシス」映画監督イ・チャンドンの世界
!
第一回「こわれゆく女」より
映画監督 ジョン・カサヴェテスの世界。

いずれも
それぞれの紅葉が織りなししてこそぞ!
・分離不安ということと
・対立するということに
ついて書こうと思っていたのですが
でも
雑用にかられ
メールを書いただけで
頭の集中力がキレてしまったので
今回コメントで
<あいこ>さんが書いてくださった
カウンセリングで
カウンセラーに癒されようしていたのでは
ダメだということについて
書きましょう。
以下はあいこさんの
コメントからの引用です。
ご本人から承諾を得ましたので
掲載さえていただきます。
私は親との決別を覚悟していたつもりでいましたが、結局はそれを避け
自分のインナーチャイルドを癒せば変わると思っていました。
しかしインナーチャイルドが「やっぱり親が大好きだった」と言ってる気がして
再び親との決別に対する覚悟が揺らぎ、親から受け継いだものを引きずり
イライラもやもやしていたのだと思います。
また、一気に変わって楽になりたい、カウンセラーの方に癒してもらいたいという
甘えもあったのだと思います。
その通りですね。
カウンセリングを受ける人の中には
カウンセリングでは
・自分を肯定してもらえる
・自分を受け入れて癒しもらえる
・自分の胸にしこっている感情を
・吐き出させてもらえる
と
カウンセラーに依存してしまう人も
多いんですよ。
そういう人の方が圧倒的に多い!
たしかに
それだけでも
自分の傷がいやされて
自分が生き返ったような<気分>に
なることは
大いにあります。
しかし
問題は
自分の脳の観念と感情とが
システム化して常態化し
その脳の反応で
体の中のホルモン体系が
システム化してしまっている
ことに
あるのですから
気分だけや
何となく
癒されても
その
システムを書き換えないかぎり
また
もとに戻るのですよ。
まずは
自分の観念と感情が
どう言う風に
その生育の中で
システム化されてしまったかを
言葉と論理で整合性をもって
理解しないと
ダメなんですね。
その場合
感情的、気分的に癒される
のではなく
そのシステム化される過程は
親との関係にあるのですから
まずは
親との<関係>はどうであったかです。
その関係において
自分の<感情>は
対人関係において
どのように反応してしまうように
なっているか。
また
どういう反応が
自分をくるしめて
自分の中に
どういう風な行動や
体の反応として
現れてくるのか・・・・・。
を
明確にする必要が
あります。
それで
では
どうしたらいいかを
カウンセラーと一緒に考えるが
まず一歩だと
思います。
時間を掛けて
具体的に自分が直面した事柄を
分析しながらの
共同作業で
進めていきます。
そのためには
物事を
感情的に捉えないで
理性と論理をもって
自己分析することです。
物事を
感情的ではなく
理性的に
考えられるようになったら
まず
一歩前進です。
そして
カウンセラーに依存しないで
自分のことを
よーく見つめ
考えぬいて
煮詰め
コツコツと
取り組んでいく。
まずは
ここから変えていくには
どうしたらいいか
という
きちんとした
目的を持って
カウンセリングにのぞまないと
カウンセリングは
<永遠のお話の場>に
なってしまいます。
私はカウンセラーは
その専門性において
貴方のここがこうですよ・・・と
指摘する必要があると
思いますよ。
そのためには
カウンセラーも力量が問われます。
カウンセリングを受ける人も
依存と甘えをすてないと
いけません。
カウンセラーから
優しく扱われ
なぐさめられたり
癒されることを
期待しているひとは
そこでもう
自分の想定外のことを
指摘されて動揺します。
まあ、時に逆ギレして
カウンセラーを攻撃する人も
います。
でもね、
動揺したり
感情が起きるということは
その指摘が当たっているということなのですよ。
そこをぐっと超えて
そういう
動揺し揺れ動く自分を
どうしたらいいか
ということから
自分の問題性と問題点が
見えてくるのです。
今日も
非公開コメントで
カウンセリングのことを
質問されましたが
まずは
そういう自分の中で
出来るだけ
自分を見つめる作業をしてから
何を解決したいかを
明確にし
カウンセラーを見つけられたらいいと
思います。
まあ、
いずれにしても
自立する気概をもたないと
ダメだと
いうことです。
映画から自由奔放に読み取ってみよう
第2回「オアシス」映画監督イ・チャンドンの世界
!
第一回「こわれゆく女」より
映画監督 ジョン・カサヴェテスの世界。

それぞれの紅葉が織りなししてこそぞ!
by denshinbashira
| 2014-12-12 15:15
| カウンセリングノート
|
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