夢から醒めるということが、なぜ幻想の眠りの中から醒めないのか? |
でられないかというと、
その多く原因は
それぞれの人間の観念のフレームにおいての
自他の分離がされていないということです。
自他の分離ができているとは、
自分と自分以外の他者および外的世界とが、
明確に一定の距離をもって自分とは隔絶、
或いは断絶をしているということが
無意識及び意識領域で
自覚されているということです。
自他の分離が熟知されているからこそ
その人間の意識領域で
自立心および
自律的存在の仕方が
確立されているということです。
これは同じように国家間においても
この国家間の断絶した距離を認識したうえでの
お互いの自立したビジョンが
交換されることが
必須です。
しかし
今の日本において
そういう自立的な政治や外交が確立されているとは
とうてい思えません。
いうなれば
日本という国がその内容の全貌と輪郭を
しっかり意志を持って
<可視的>に世界へと提出しないかぎり
外国から見れば何とも曖昧で茫洋として
アメリカの子分の国で
自分の意志をもたない、幽霊のような国にしかみえません。
そして
残念なことに
今の現実はその国家間の認識においての
差異や違和や断絶が
認識がされてないゆえに、
それぞれの思いこみを拡大させて
核戦争の前兆までが起きてしまい、
収拾がつかなくなってきているように思えます。
EUヨーロッパも、アメリカも南アメリカ圏も
アジアもイスラム圏も中国も韓国も日本もアフリカも
それぞれが違いをはっきり認識し、
それを関係の前提とする。
そしてその違いをどのように超えていくか…ということにおいては、
まだまだ
目覚めていないように私は思います。
単純な西洋上位と
資本主義の優位の思考の上の
経済的な思惑をかさね
相手国を自国と同じように考えてしまい、
だからEUは安易に合体したのでしょうし、
またまったくの違和社会であり、
それぞれが自立して生きるべきなのに、
いまだに綱引きをして中東では
戦争をしている。
極端に言えば世界中がグローバル化などいう幻想の中での
夢の微睡の中におり、
ほんとうは幻想意識圏内での、
妥協や協調、利害関係においての一致などが
よほど困難であるという認識が
甘かったのだと
思います。
そしてさらに起きてくる
民族や宗教における
アイデンティティーに対して
経済優先のもとに極めて
安直で支配的な観念で
扱ってしまいました。
だからその中でお互いのその違いが露わになるにつれ、
世界は破たんしていっている。
その中に日本もいるということです。
それは意識がどのように創られていくか、
という、
人間の意識の問題を掘りさげていかない限り
解決がつきません。
その意識の集合体である国家とはなにか
さらに
日本という国家の下意識、潜在意識になにがあるかを
きちんと認識することが必要ですね。
そのうえで現在の情報社会への移行を
どのように準備していくかという
ビジョンが必要です。
それには
これまでの有史以来追及されていた、
富と物質欲を目指す社会からの大きな転換をしない限り、
もう限界にきていると私は思います。
もう安易な経済幻想に身を委ねることも、
今のエネルギー社会を維持するために
原発エネルギーに依存することも、
それ以外の代替エネルギーに期待することも、
そういう風に
人間の欲望を満たし果してゆくことの限界が
突きつけられている。
これまでの物質文化社会をどのように
情報社会とコーディネートさせていくかの
インタバルが必要です。
しかし、残念なことに
それに気づくことさえも為されていないということが
現在の現状だと思います。
そしてそこには、実のところこの現実を
どうしていいかわからない人間たちが、
どうしていいかわからないのに,
社会の上層部で
蠢きながら主導権を握っているという、
愚かで悲劇的な現実があります。
話を個人レベルに戻すと
人間は他者の作った世界(社会)
に生まれ落ちます。
その他者の世界で生きてゆくとき、
さまざまに自分の本音、
ほんとうのことを無意識層に封印して
その逆の自分を意識化して生きようとします。
だから自分がほんとに感じたことほんとうに思ったことが、
その社会では受け入れられないと察した瞬間に、
それらは無意識層へとやられ封印され、
なかったことにされてしまいます。
もうお分かりですね。
無意識層というのは、
ほんとうは本能的に察知、
獲得したリアルデーターが蓄積されているところです。
その人間の脳と体の全神経を駆使して得られた
データーバンクです。
そしてわたしたちが意識しているものはその
無意識領域のリアルデーターを
自分の都合の良いように”加工したデーターです。
無意識世界で封印されてしまったそれはまさしく
自分の本音であり、
自分の感性と感覚とが感じとったリアルデーターですから、
その人間はほんとうは
そのデーターに従って
生きたいのです。
しかしそれが親や他者との関係で
阻まれているために、
その本音は
さまざまにゆがんだ形で意識層にでようとします。
ひがんで嫉妬したり、
他人を否定したり、
いじめたくなったりするもう一人の自分です。
物欲や支配欲や征服欲の下地には、
封印されて苦しいとサインを出している
もうひとり人の自分がいます。
これは国家や民族においても
同じです。
その国家や民族がその本音のところにある姿を
つまり、その自然な姿を受け入れない限り
そこには
歪んでねじれた関係しか生じません。
日本でいえば
日本の本来の自然なアイデンティティの上に
日本の政治と世界外交をしない限り
日本はいつもそのねじれと歪みの中で
国家力を発揮できません。
個人でいうと
おとなになって
自分の自然性に気づかないかぎり、
ずーっとそういう風に無意識からその人間を
心理コントロールしていきます。
自分の本音に気づき初めて
自分の無意識層の姿と内容が見えてきます。
つまり
自分という人間の全貌がみえてくるのです。
自分という人間のコンテクストが
見えてくるのです。
それは国においても
同じことで
その国の成り立ちや歴史の中で
脈々と流れているコンテクストを
しっかりと認識してからの交流でないかぎり
だめなのです。
人件費やコストのレベルで
うかうかとその国へと産業移入してしまうと
とんでもないことがおきてくるに
決まっています。
そこを掘り下げることによってやっと
個人としては
他人の世界(社会)
他人の生き方のフレームから脱出することができるのです。
国でいうと
他国から自立して独自の国家を築けるのです。
そしてその人間が自分の本心や実像を受け入れ
そういう風に心理が作動し始めたとき、
自分の集めたリアルデーターがむくわれ、
自分で獲得したリアルデーターを基にとして働きだします。
それはとても有効な直感やひらめきとして、
その人間の中で生き始め、
その人が集めた自分の存在に基づいた
山のようなデーターバンクになります。
私は今こそ人間社会を作り直すために
一人一人が自分の内面を掘り
そのリアルデーターを探し当てて分析し
そこから新しい社会像を創りだしていくことが必要な時代が始まったと思います。
同様に
世界に向き合うためには
日本という国が
どのようなアイデンティティーのもとに
どのような国家であろうとするかの
しっかりとした国家ビジョンを持つということです。
今回の事件で初めて、そこには
日本とは全く断絶した国と民族と宗教があること
思い知らされました。
彼らの生きている事情に対して
日本人は
どれほどの認識と理解を
もっていたのでしょうか?
さらにイスラム教とキリスト教は
もとは、
イスラム教もキリスト教も
どちらも
砂漠という厳しい生存条件の中で
発生したユダヤ教を基にする宗教です。
ユダヤ民族の父ともいわれる
アブラハムの息子
イサク(のちのイスラエル)を通して
神との契約の中で
後のキリスト教の礎が築かれていき
さらに
アブラハムが
エジプト人の奴隷の女性との中で生まれた子供の
子孫から
ムハマンドが生まれ
イスラム教を起こしていきます。
そしてどちらもが
一神教で
人間の世の中を
絶対的支配している
神です。
世界を絶対支配するということを
日本人はピンとくるでしょうかね~?
そこには
皆な仲良く・・・とは
いかない
彼の宗教的思いこみが
頑なにあるのです。
この感覚など
多種多様な神をもち
さらに仏教の無常という死生観をもち
中道をよしとし
曖昧ということの中で生て
支配する神という概念などを
持たない日本人には
およそわからないと
思います。
つまり
キリスト教も
イスラム教も
神は
唯一彼らの神のみであり
その神が
この世を支配していると
言う宗教です。
だから」
原則的に
異宗教を
異教徒を
認めないのです。
江戸時代後期に
たくさんのキリスト教の
神父たちが
アジアへと
日本へとやってきたのは
異教徒である
日本人を
キリスト教に改宗させるために
なはるばる海を越えて
布教にきたのです。
つまり
彼らは
この世は
唯一の彼らの神が
作ったもので
自分達こそ
正当なる神のしもべであり
異教徒たちは
彼らから見れば
間違った信仰をもっていると
いるわけです。
そういう風に
彼らは
思いこんでいる。
しかしね~
その思い込みすら
尊重してそ
道は開けてくるのです。
それが彼らの自然性ですからね。
そのかれらの長い歴史的な流れの中に
中東問題があり
宗教問題があります。
さらに
イスラエルとパレスチナの問題があります。
しかし
今だ解決されていません。
そういう中で
私達は日本人は
どうしたらいいのか?
時間はかかると思いますが
一人でも
知力を磨いてほしいですね。
そして
自分の内面を見つめ
さらに
人間の脳と心理のメカニズムに
気づき
幻想の夢から
醒めることだと
思います。
幻想から醒めると
人間や世の中が
リアルに見えてきます。
なんだか社会学みたいなことを
書いたなあ~と
おもいますが
でも
これも書き残せて
良かったです。
人間が心の中を解決してゆくことが
これからの社会の課題であり
さらに
そこにこそ
現代の情報社会を生かしゆくビジョンが
あると
思います。