真艫の風 その4 |
どうしたら生き延びていけるのか?
これから書くことは
おそらく皆さんにとっては
奇想天外であり
ありえない!
また
受け入れがたい話かも
しれません。
しかし
一つの現実でもあることは
確かです。
しかし遺言として
書いておく
お伝えしておく価値はあると
私は思いますので
書いてみます。
多くの日本人はそのカギが
経済にあると考えているのでは
ないでしょうか。
だからこそアベノミクスをはじめ
選挙の争点は、経済の活性化ということで
自民党が圧勝してしまう。
しかし憲雄氏は
今、
もっとも深刻なのは
人口問題だと言っています。
人口の激減がもう
目の前に迫ってきているのに
なんらの対策も
打たれていない。
彼がいうには
おそらく、これからは
地方の過疎化がさらに進み
限界集落のような
集落や町が
ドンドン起きてきて、
知らないうちに
一つ減り、二つ減りして
ドンドン町が消えていく。
それらをどのように喰いとめるか。
その方策としての
少子化問題があげられているにも
関わらず、
すぐにもで手当をしなければならない
保育施設の増加すら
やっていない。
しかし経済のことしか
頭にない人間は
人口の激減などが起きるにも
関わらず
都会では相変わらず
駅前の開発や
いわゆる箱モノの商業モールが次々と
立てられており
しかし
これらは
過剰設備として
いずれ
赤字設備として
不良債権化するであろうと
いうことです。
地方の箱もの土建行政も
いまだにやっている
不要な道路行政もいずれ
そのつけは
国民になすりつけられてくる。
その反対に
八百屋さんや
魚屋さんも
肉屋さんも
さらに
電気屋さんや
大工さんも
いろんな
いわゆる
大型商業モールには入れないけれど優れていた
町の中の,
村の中の,
専門家や
職人さんたちが
消えてしまう。
そういう
町の中の技術を失うことも
深刻なことです。
それはいくらテクノロジー社会になっても
必要なのですが、
その対策など
もう
無視したままです。
この人口の激減と
文化の喪失を
あたまにいれた国家政策を
どうするか。
もう様々に
ドンドン
対策を打っていかなければならないし
国民も財政が破たんし
国家が崩壊する危機感と
市や町が消滅する現実を
もっとリアルに考えないと
いけません。
そして
ほんとうに経済のことを
考えるなら
この労働力が激少してくる中で
憲雄さんは
移民政策を考えないといけないと
言っています。
先日八重洲の丸善へ行き
シンガポールの
故リークワンユー首相の本を立ち読みしていたら
そこにも
世界恐慌を引き起す三つの火種として
・トルコやギリシャなどのヨーロッパの国家の破綻
・北朝鮮の問題
そして三つ目として
・移民を受け入れない閉鎖性を固持するする日本の財政破たん
というようなことが書いてありました。
まあ、立ち読みですから
この通りになるかどうかは
わかりませんが
最後の
・移民を受け入れない閉鎖性を固持する日本の財政破たん
については
憲雄氏も同じように
日本の閉鎖性が
今後の大きな問題性として
立ち現われてくると
言っています。
そして
日本には
シンガポールのような賢さが必要であるとも
言っています。
シンガポールの成功は
企業への課税を低くして
世界中のグローバル企業が
シンガポールに本社を置くように
誘導したこと。
と同時に
その駐在員などを優遇して
いわゆる
<頭脳集団の移民>を
多くうけいれた。
下働きの移民ではなく
才能や能力などの
自己生産性を持つ
移民です。
つまり
きちんと
●税金を納めることができる移民を
大量に受け入れたことです。
逆に日本は下働きの移民(税金を納めない)ばかりが
出稼ぎに来ている状態で、
移民の対処が
無能であること。
さらにシンガポールでは
官僚たちがビジネスに精通することを
強化し
役人がみんなビジネスを熟知したうえで
国際的にも
そして世界の頭脳を集めるためにも
役人が奔走している。
閣僚級の人間が直接
有能である企業に足を運び
勧誘にくる。
憲雄氏のとこへも、
大臣が直々に会いにきました。
これに比べ
日本はそういう思考回路すら持っておらず
官僚は
官僚の思考枠の発想から
一歩もでることができない。
政治も経済界も
人口減の危機感がなく
・近距離のビジョンも
・遠距離の政策も
持っていない。
政治家の発想は
時代遅れの劣化した
目先の利益誘導の政策しか
発想できない。
日本中が
その方策においても
思考力や
発想力においても
無気力で
劣化してきているのだと
思います。
日本が世界の中で
生き残るには
国を開き
移民政策を打つ。
それは、
日本社会の下働きを
移民に依存するのでは
ありませんよ。
そうではなく
差別や偏見を取り除き
人間として
日本人と対等であり
対等に仕事を受け持ち
時に
日本人より優秀である頭脳を
喜んで
受け入れてゆく。
日本人と対等に優遇し
お互いが共存できる社会と
そのシステムを
創りあげてゆく。
そういう
移民政策が
経済を豊かにし
そして
その移民が入ることにより
日本の文化も
さらに
磨かれてゆく。
そのことが
最終的には
日本を救うことになる。
その素晴らしい先例として
C・W・ニコルさんが
います。
彼は英国人でありながら
日本の森を豊かに再生するために
その人生をかけてくれています。
さらに
若者の好きなロックや
ジャズも
白人とアフリカ人の混血のなかから
生まれてきた音楽ですよ。
さらに
日本の演歌も
元をたどれば
アフリカから
タクラマカン砂漠を超えてきた音楽がです。
日本のもっとも伝統文化である
雅楽も
同じルーツです。
縄文文化と外来の弥生文化が混血するなかで
日本人の原型が生まれましたし
天皇の系統の中にある
藤原氏は
もともと帰化人ですからね。
文化とは
実は
異文化どうしが出会い
交差し
衝突するなかから
生まれてくるのですよ!
そういう
素晴らしい
異国の人々を
積極的に
受け入れ
優遇する。
あるいは
日本で生きる
若い労働力として優遇し
産業への貢献へと
参加してもらう。
そういう国策を
取る必要があると
いうことです。
しかし
それには
たくさんの障害を
乗り越えていかねば
ならない。
移民との間での仕事をめぐる争奪で
移民と国民の軋轢が起き
治安が悪化することも考えられます。
移民排除の運動が起きるでしょう。
もっとも障害となるのは
言語の壁であり
日本文化の壁です。
日本文化の特殊性と
閉鎖性を
どのように
克服するか・・。
日本文化を理解できる水準の移民を
受け入れ
そして
国民の側は
日本文化、慣習に固執せず
そこからさらに
国民が自分たちを
国際化する努力をしないと
いけません。
それをどのように
乗り越えていくか。
これはもう
ほんとうに
高い高い
壁です。
きっと
思いもかけない難題が
たくさん、たくさん
出てくると
思います。
それを乗り越える
知恵を
ひねり出せるか?
では
その移民を受けいる政策は
最終的には
どうなるか・・・?
もしかしたら
それは
最終的には
日本人をベースにして
アメリカ合衆国のような
多種、多様な民族人種の
合成国家になるかも
しれないと
いうことです。
しかし
それは
日本だけが
そうなるのではなく
先進国の到達する
ビジョンとして
ありえないことでは
ないのです。
なぜなら
いずれ
国家の壁は
崩れおちていくかも
知れないからです。
まあ、この表現は過激すぎるので
言い換えると
いずれ
国家の閉鎖性は
取り除かないと
生きてゆけなくなる。
国家間の利害の対立と争いと戦争のなかで
人間が
地球が
滅びてゆくか
それとも
民族、
人種、
国家を
超えて
いっしょに生き延びるか?
そういうことが
この
日本という国にも
世界の国々にも
いずれ
突き付けられてくると
思います。
そして
情報社会がもっと進めば進むほど
国家の壁を超えての
人間の移動が
始まると思います。
つまり
国家、民族を超えて
自分の生きる場所を求める人間が
でてくるということです。
そこにあるのは
自分が生きる・・・という基準です。
自分を生かしてくれる国を求めて
移動するという人々が
出現してくると
思います。
そして
その先例として
移民で成功している
シンガポールがあり
もう一つ
シャドウ的な例として
ネガティヴな現象ではありますが
イスラム国が
あります。
光と影の
違いはありますが
いずれも
自国を離れ
自分を生かす場所を
自分が選らんで
そこで生きようとする。
そういう
人間の移動が
もう
始まっている。
人間は
最終的には
世界は
<人間というくくり>しかない
と事を
人間が気づいてゆくことが
必要だと
私は思います。
限りある地球の資源を
奪い合うのではなく
世界中を
人間がお互いで
調整してゆかなければならない。
そして日本は
人口の減少で
いずれ
すべてを縮小し
コンパクトな
しかし
内容の満ちた国へと
シフトチェンジしていかざるを
得ないと
思います。
その時
おそらく
もう必然的に
原子力発電所は
いらなくなりますし
今までのような
物質に依存し
放縦な
やりたい放題の欲望を
慎まなければならなくなると
思います
それに代わるのは
いかに
こころの中を
充実させていくかです。
そういう自分になるために
なっていただくために
このブログがお役にたてれば
嬉しいです。
さあ、かなりざっと書いたのですが
なんとも
荒唐無稽のようで
皆さんには
受け入れがたいという
抵抗が
起きるかもしれません。
そして
もしかしたら
こういうことは
起きず
もっと違う方向へと
日本は進んでいくかもしれませんね
。
人間の歴史は
300年ごとに
大きな変動がある
と堺屋太一さんが
「知価革命」のなかで
書いておられたと
思いますが、
自由、平等、博愛(友愛)を旗に掲げた
フランス革命から226年を経て
今
世界は
どのように変貌しようとしているのでしょか。
一つの試論として読んでください。
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