2015年 04月 25日
自分の中の他者たち・・・その1 |
今日から書こうとしていることは
とても難しいことですが、
それを理解できてくると
なぜ自分の中は
自分と相矛盾することが起きるのか
が
分かってきます。
自分ではどうにもならない
他者への否定的感情や
敵意や
所有欲などが
どうしても起きてしまうのは
なぜか。
そういう自分の内的世界を
いわゆる、自分の中にある
<禁止令>を例に
なるべくわかりやすく書きます。
人間は生まれ落ちた瞬間から
自分と他者との関係の中を生きます。
つまり
自分の自然な意志や欲求に対して
他者がそこに立ちふさがる…という人間の
人生がはじまるのです。
人間は自分の意志や欲求と
他者がもたらす、
他者の意志や欲求と
向き合いながらしか
生きることができないのですね。
たとえば
自分は○○をしたいという欲求があるとき
そこに誰もおらず
自分の思い通りにすることができたら
それはとても楽に生きれます。
さらに
他者がいたとしても
他者もそれを承認していれば
そこには何の問題も起きないのですが
そこに
他者が介在し
その他者の意志や欲求を
受いれざるを得ないとき
もしその他者から
それを禁じられたり
自分の意志や欲求と違うことを
指示、命令された場合
それはいわゆる記憶の中に
要注意事項の
他者の意志として
残っていきます。
そういう風に
記憶を使いながら
常に他者の動向と向かい
それをシュミレーションして
人間は
生きているのです。
特に赤ん坊や幼児は
自分では何もできません。
常に親および他者のサポートのなかでしか
いきれませんから
そういう
受身的な(受動的な)
強い関係性の中で生き
自分の記憶体系を
作っていきます。
その時
親やそれに類する周辺の人間からの
禁止されたことを
やってしまうと
当然そこでその子供の危機がおきます。
相手との間で対抗や軋轢が起きますから
そういうトラブルを避けるために
同じような場面においては
自分にブレーキをかけ
記憶して、
自己防衛として
自分のセキュリティーにしていきます。
つまり
人間は生まれ落ちると同時に
他者の意志を
自分の中に入れていかざるを
得ないのです。
つまり
自分の中に
自分世界と他者世界という
二つの世界が存在し
そのふたつの世界を
シュミレーションしながら
自分の行動を選び取りって
行動していきます。
自分の中で他者の勢力が
どれほど強いかのパワーバランスにより
その人間の自然性が
抑圧されていきます。
自分の意志や自然性の方が
勝っている人たちは
ドンドン自分の意志を貫き
自分の思い通りに生きてきますが
自分の中の他者の勢力の方が
強い人は
常に
自分を抑え、自分をころし
自分を譲って
いきてしまいます。
自分の意志や自分の自然性で生きている人は
そのことによって起きる現象や反応を
自分の感覚で受けとめることができるので
それはドンドン自分の感覚が入力した
生々しい実感に満ちたデーターとして
蓄積されていきます。
しかし
自分の中の他者を優先し
他者の意志や欲求に従っていきているひとは
そこに起きる現象も反応も
それは他者の物に対する現象や反応が
おきているのですから
自分にピンとくる直接的なものには
なりません。
間接的なものになって
しまいます。
そこには
その人間の主体や主観が疎外されているのですから
なんとなく鈍いデーターしか
獲得できないということに
なります。
そういう風に
生きる
ということは
常に自分の中に
自分と他者とを抱え込み
その他者の動向を鑑みつつの
自分があると
いうことです。
その時自分と他者との対立を
たくさん自分の中に抱え込んでいる人間ほど
他者とのトラブルが多く
さらに
自分の行動にブレーキをかけることも多く
そして
その反動として
欝になったり
或いは
逆にキレて
自分の我を押しとうそうとしたり
します。
なぜなら
自分の中の他者に
自分が押しつぶされてしまいそうになり
自分が譲ることで
自分が無くなりそうになる危機感が
生まれるからです。
そういう人は
いつも
自分のなかに戦闘準備があり
他者にまけないように
自分を構えるのです。
また
自分の中の他者の勢力が強く
いつも自分を否定されている人は
自分に自信がなくなり
自分を肯定できることが
できないため
諦めると同時にその反動で
自分を他者の上位に設定して
他者を見下そうとします。
エラそうにしている人ほど
自分の中に危機があるんだね。
いずれにしても
自分の中に抱え込んでいる他者の勢力に対して
自分の自然性が対抗しようとし
最終的には
それらを統合した自我を
打ちたてて生きようとします。
それらは
その人間の無意識のなかで起きる
<自己現象・自我現象>ですから
その人間はほゞ無意識に
そういう自分で
外の人間たちとの関係と結びながら
いきてしまうのです。
自分の内面の中にある
自分と他者との関係性が
常にその人間の
現実の現場での
他者との関係性のなかへと
投影されていきます。
わかりやすくいうと
自分の頭の中に刷り込んでしまった
他人イメージを
そのまま
自分が出会う人間に
当てはめて
そういう風に相手を
仮想しながら
付き合う、
或いは
コミュニケーションを
してしまう
ということです。
その中でも特に強烈な
他人からの指示、命令となるのが
いわゆる
<~してはいけない>
という禁止令です。
以前禁止令をご紹介しましたが
それらが
自分の中の他者の言葉、態度、指示 命令と
して頭の中にあり
無意識なかで
自分に対立しているのです。
これらの禁止令は
親が直接言葉で子供に伝えたのではなく
なんとなく
態度で表したり
言葉で匂わしたりして
親の無意識から
子供の無意識へとバトンされた(刷り込まれた)ものです。
1・存在するな
2・成長するな
3・自分の性であるな
4・子供であるな
5・重要であるな
6・成功するな
7・所属するな
8・健康であるな
9・親しくするな
10・感じるな
11・考えるな
12・実行するな
13・欲しがるな
それと反対に
親がいつも子供に
実際の言葉として
掛けている禁止令を
対抗禁止令といいます。
以下がそれです。
1・完全であれ
2・強くあれ
3・一生懸命にやれ
4・急げ
5・他人を喜ばせよ
こういうものがいつも
瞬間的に
自分に対立し
ブレーキをかけ
自分を検閲しているのです。
こういう自分の中に
入り込んだ他者の世界を
瞬間的に脳がシュミレーションして
自分の行為、行動を
決定しているとしたら
それはほんとうに
生きるのが
生きずらくなります。
こういうものが
自分を
縛っているかぎり
その人間は
自己実現できませんから
自己実現している人間に対する
対抗心
敵意
嫉妬が
起き
その人間の感情を支配してしまいます。
そこでもし
理性が働くひとなら
自分の理性と感情のなかで
ねじれが起き
葛藤がおきて
エネルギーが奪われてしまします。
私はほんとうに
人間が
自分の中の禁止令を解き
ドンドン
自己実現したら
この世は
どんなに楽しいだろうと
思いますよ。
こういう禁止令で
自分を縛っているから
他人の顔色をうかがったり
他人のことに神経を使いすぎたり
優等生の仮面をかぶったり
卑屈になほどに
自分を譲るひともいますね~。
もう
いいことなんか
ないです。
自分を譲ってばかりいる人は
いつの間には
自分の実感が希薄になり
いったい、自分は
何をしたいのか
ピンとこないという
かなりヤバイことにも
なってしまいます。
そして
そういう自分は
本来の自分の意志とは違いますから
当然そこに捻じれや
ストレスが起き
不満や
イライラや
攻撃的な
ネガティヴな感情が湧いてきます。
それが反動になって
他人を
ばかにしたり
いつも他人に負けまいとしたり
あゝなんて人間は、
つまらないことばかりに
囚われてしまうでしょう。
今日は禁止令のことが
おそらく
印象に残るかもしれませんが
大切なのは
自分の中には
常に
他者が住んでいるといことです。
つまり
人間(自分)という現象は
常に
他人との関係のなかで
起きるのだということを
押さえておいて
ください。
このシリーズで
人間の心理と脳の構造における
かなり難しいことを
なんとか
説明したいと思っているのですが
まあ、できるだけ
頑張って
書いてみます。
※ これが以前書いた禁止令のついての記事です。詳しく書いてありますので、よかったらどうぞ!

禁止令なんか、いらないよ~!
とても難しいことですが、
それを理解できてくると
なぜ自分の中は
自分と相矛盾することが起きるのか
が
分かってきます。
自分ではどうにもならない
他者への否定的感情や
敵意や
所有欲などが
どうしても起きてしまうのは
なぜか。
そういう自分の内的世界を
いわゆる、自分の中にある
<禁止令>を例に
なるべくわかりやすく書きます。
人間は生まれ落ちた瞬間から
自分と他者との関係の中を生きます。
つまり
自分の自然な意志や欲求に対して
他者がそこに立ちふさがる…という人間の
人生がはじまるのです。
人間は自分の意志や欲求と
他者がもたらす、
他者の意志や欲求と
向き合いながらしか
生きることができないのですね。
たとえば
自分は○○をしたいという欲求があるとき
そこに誰もおらず
自分の思い通りにすることができたら
それはとても楽に生きれます。
さらに
他者がいたとしても
他者もそれを承認していれば
そこには何の問題も起きないのですが
そこに
他者が介在し
その他者の意志や欲求を
受いれざるを得ないとき
もしその他者から
それを禁じられたり
自分の意志や欲求と違うことを
指示、命令された場合
それはいわゆる記憶の中に
要注意事項の
他者の意志として
残っていきます。
そういう風に
記憶を使いながら
常に他者の動向と向かい
それをシュミレーションして
人間は
生きているのです。
特に赤ん坊や幼児は
自分では何もできません。
常に親および他者のサポートのなかでしか
いきれませんから
そういう
受身的な(受動的な)
強い関係性の中で生き
自分の記憶体系を
作っていきます。
その時
親やそれに類する周辺の人間からの
禁止されたことを
やってしまうと
当然そこでその子供の危機がおきます。
相手との間で対抗や軋轢が起きますから
そういうトラブルを避けるために
同じような場面においては
自分にブレーキをかけ
記憶して、
自己防衛として
自分のセキュリティーにしていきます。
つまり
人間は生まれ落ちると同時に
他者の意志を
自分の中に入れていかざるを
得ないのです。
つまり
自分の中に
自分世界と他者世界という
二つの世界が存在し
そのふたつの世界を
シュミレーションしながら
自分の行動を選び取りって
行動していきます。
自分の中で他者の勢力が
どれほど強いかのパワーバランスにより
その人間の自然性が
抑圧されていきます。
自分の意志や自然性の方が
勝っている人たちは
ドンドン自分の意志を貫き
自分の思い通りに生きてきますが
自分の中の他者の勢力の方が
強い人は
常に
自分を抑え、自分をころし
自分を譲って
いきてしまいます。
自分の意志や自分の自然性で生きている人は
そのことによって起きる現象や反応を
自分の感覚で受けとめることができるので
それはドンドン自分の感覚が入力した
生々しい実感に満ちたデーターとして
蓄積されていきます。
しかし
自分の中の他者を優先し
他者の意志や欲求に従っていきているひとは
そこに起きる現象も反応も
それは他者の物に対する現象や反応が
おきているのですから
自分にピンとくる直接的なものには
なりません。
間接的なものになって
しまいます。
そこには
その人間の主体や主観が疎外されているのですから
なんとなく鈍いデーターしか
獲得できないということに
なります。
そういう風に
生きる
ということは
常に自分の中に
自分と他者とを抱え込み
その他者の動向を鑑みつつの
自分があると
いうことです。
その時自分と他者との対立を
たくさん自分の中に抱え込んでいる人間ほど
他者とのトラブルが多く
さらに
自分の行動にブレーキをかけることも多く
そして
その反動として
欝になったり
或いは
逆にキレて
自分の我を押しとうそうとしたり
します。
なぜなら
自分の中の他者に
自分が押しつぶされてしまいそうになり
自分が譲ることで
自分が無くなりそうになる危機感が
生まれるからです。
そういう人は
いつも
自分のなかに戦闘準備があり
他者にまけないように
自分を構えるのです。
また
自分の中の他者の勢力が強く
いつも自分を否定されている人は
自分に自信がなくなり
自分を肯定できることが
できないため
諦めると同時にその反動で
自分を他者の上位に設定して
他者を見下そうとします。
エラそうにしている人ほど
自分の中に危機があるんだね。
いずれにしても
自分の中に抱え込んでいる他者の勢力に対して
自分の自然性が対抗しようとし
最終的には
それらを統合した自我を
打ちたてて生きようとします。
それらは
その人間の無意識のなかで起きる
<自己現象・自我現象>ですから
その人間はほゞ無意識に
そういう自分で
外の人間たちとの関係と結びながら
いきてしまうのです。
自分の内面の中にある
自分と他者との関係性が
常にその人間の
現実の現場での
他者との関係性のなかへと
投影されていきます。
わかりやすくいうと
自分の頭の中に刷り込んでしまった
他人イメージを
そのまま
自分が出会う人間に
当てはめて
そういう風に相手を
仮想しながら
付き合う、
或いは
コミュニケーションを
してしまう
ということです。
その中でも特に強烈な
他人からの指示、命令となるのが
いわゆる
<~してはいけない>
という禁止令です。
以前禁止令をご紹介しましたが
それらが
自分の中の他者の言葉、態度、指示 命令と
して頭の中にあり
無意識なかで
自分に対立しているのです。
これらの禁止令は
親が直接言葉で子供に伝えたのではなく
なんとなく
態度で表したり
言葉で匂わしたりして
親の無意識から
子供の無意識へとバトンされた(刷り込まれた)ものです。
1・存在するな
2・成長するな
3・自分の性であるな
4・子供であるな
5・重要であるな
6・成功するな
7・所属するな
8・健康であるな
9・親しくするな
10・感じるな
11・考えるな
12・実行するな
13・欲しがるな
それと反対に
親がいつも子供に
実際の言葉として
掛けている禁止令を
対抗禁止令といいます。
以下がそれです。
1・完全であれ
2・強くあれ
3・一生懸命にやれ
4・急げ
5・他人を喜ばせよ
こういうものがいつも
瞬間的に
自分に対立し
ブレーキをかけ
自分を検閲しているのです。
こういう自分の中に
入り込んだ他者の世界を
瞬間的に脳がシュミレーションして
自分の行為、行動を
決定しているとしたら
それはほんとうに
生きるのが
生きずらくなります。
こういうものが
自分を
縛っているかぎり
その人間は
自己実現できませんから
自己実現している人間に対する
対抗心
敵意
嫉妬が
起き
その人間の感情を支配してしまいます。
そこでもし
理性が働くひとなら
自分の理性と感情のなかで
ねじれが起き
葛藤がおきて
エネルギーが奪われてしまします。
私はほんとうに
人間が
自分の中の禁止令を解き
ドンドン
自己実現したら
この世は
どんなに楽しいだろうと
思いますよ。
こういう禁止令で
自分を縛っているから
他人の顔色をうかがったり
他人のことに神経を使いすぎたり
優等生の仮面をかぶったり
卑屈になほどに
自分を譲るひともいますね~。
もう
いいことなんか
ないです。
自分を譲ってばかりいる人は
いつの間には
自分の実感が希薄になり
いったい、自分は
何をしたいのか
ピンとこないという
かなりヤバイことにも
なってしまいます。
そして
そういう自分は
本来の自分の意志とは違いますから
当然そこに捻じれや
ストレスが起き
不満や
イライラや
攻撃的な
ネガティヴな感情が湧いてきます。
それが反動になって
他人を
ばかにしたり
いつも他人に負けまいとしたり
あゝなんて人間は、
つまらないことばかりに
囚われてしまうでしょう。
今日は禁止令のことが
おそらく
印象に残るかもしれませんが
大切なのは
自分の中には
常に
他者が住んでいるといことです。
つまり
人間(自分)という現象は
常に
他人との関係のなかで
起きるのだということを
押さえておいて
ください。
このシリーズで
人間の心理と脳の構造における
かなり難しいことを
なんとか
説明したいと思っているのですが
まあ、できるだけ
頑張って
書いてみます。
※ これが以前書いた禁止令のついての記事です。詳しく書いてありますので、よかったらどうぞ!

by denshinbashira
| 2015-04-25 15:29
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