2015年 05月 02日
自分の中の他者たち・・・おまけ! |
自分の中の他者たち最終回を書いて
寝たのですが、
でも夢うつつに
あゝそうだ
これを書くのを忘れちゃったと
思い出したので
<おまけ>として
書きます。
自分の中に使命感を持つこと。
それは
人間が
<生きる>ということ
自分が<存在>して命を営むという
そのものに
使命があり
役割があることに気づく。
そして
さらに言うと
人生は
自分の固有の人生しかなく
すべての人は
その固有で独特な自分を
生きているのです。
だから私は言います。
価値を生みだしなさい!
あなた固有の価値のある事を
あなた固有の
価値のあるモノを
生みだし
創造していくことです。
それはね、
難しいことではありません、
ドンドン自分を打ち出していくことです・・・が
実は
それが
とても難しいのですね。
どうしても
自分を他人の中に紛らせる・・という
安全圏のなかで生きたほうが
楽ですし、
それがいい方法のように
思い込んでしまうのでしょう。
しかし
自分を開き
自分を打ち出すことで
やっと自分の人生の扉が開くのです。
それは自分を信頼しているから
できることでもあり
また
他者を信頼するからこそ
群れに紛れず
自分を明確にできるです。
そして
自分を他者の目にさらすことで
初めて他者にとって
その人間の輪郭が明瞭になりますから
そこでやっと
他者との出会いが起きるのです。
その時こそ
他者と自分との明瞭なる違いや差異のなかで
自分の独特の世界がわかってきます。
その自分独特の世界を磨き
そこに自分という存在の価値を思い
さらに
自分を追及することで
自分が自分の価値を
生みだすのです。
最近、私の周辺では
ようやく自分の価値に気づいた人たちが
どんどん出てきています。
嬉しいですね~。
ドンドン自分を極めてお行きなさい!
そうだよ
自分独特の世界、
自分独特の事や物を
創出してごらんなさい!
今まで
誰も考えなかったことこそを
生みだしておいきなさい!
安易に妥協しないこと。
死にもの狂いでやること。
そういう自分の世界を見つけたら
そういう自分の世界にであったら
もうそこに
自分の生命力を注ぎ込むこむことです。
使命感とは
自分と他者とを
高次元で統合することです。
統合とは
違和なもの、
差異のあるもの
矛盾するもの
対立するものが
高次で高邁な目的の中で
一つになることです。
違和なもの、
差異のあるもの
矛盾するもの
対立するものが
自分という世界のなかで
自分を生かすための
総力になる
ということです。
つまり
それは
自分の人生に起きることすべてが
自分の全体性をさらに豊かにし
輝かせていくと
いうことです。
自分の使命感も
自分が生み出す価値も
それは
自分だけではなく
他者のためにもなるのです。
それはやがては
自分と他者とが止揚(高次元で統一)されて
人間という抽象性のなかで
普遍性を生み出します。
最後に、もう本当に最後ですが
これは私が以前書いたブログで
宮澤賢治の「インドラの綱」という作品のことを
書いた文章の一部分ですが
本当に
自分も他者もインドラの綱の結び目にある
宝石のような関係性の中を生きています。
自分に起きることすべてが
大きな大きな自分の全体性へと
繋がっている。
それは時に苦しみであり
倦むべきことであり
厄介な嫌悪でもあるかもしれませんが
そういう
自分と自分の中の他者とを
包摂する努力の中から
きっと
インドラの綱の瓔珞(宝石)が
いつか
その人の価値を生み出す宝石になると
おもいますよ!
だから私もこうして
書いています。
お役に立てたら
嬉しいです。
○
インドラの網とは
古代インドの神で勇猛盛んなところから
仏法の守り神として
仏教に取り入れられた
あフーテンの寅がお参りする、
「帝釈天」のことです。
帝釈天は世界の中心の山「須弥山」に住んでおり
その宮殿の周りには
「インドラの網」とよばれる
ネットが張られています。
そのネットの結び目には美し宝石が縫いこまれており
その宝石はお互いに写しあい
またその映しあった姿が他の宝石に映しあうという
まるで鏡の中の世界のように
無限に輝きが続いていく世界がそこにあります。
ここにある宇宙観は
すべてのものは関係しあい
お互いがお互いを映しあい
響きあい、
相似も相違も違和も混乱も
森羅万象すべてが
あらゆることがすべて必然であるという世界観を
暗示しています。
○
※ 参考・神秘とインドラの綱
自分が輝けば
その反射をうけて
他者も輝くのですね。

輝こうね!
寝たのですが、
でも夢うつつに
あゝそうだ
これを書くのを忘れちゃったと
思い出したので
<おまけ>として
書きます。
自分の中に使命感を持つこと。
それは
人間が
<生きる>ということ
自分が<存在>して命を営むという
そのものに
使命があり
役割があることに気づく。
そして
さらに言うと
人生は
自分の固有の人生しかなく
すべての人は
その固有で独特な自分を
生きているのです。
だから私は言います。
価値を生みだしなさい!
あなた固有の価値のある事を
あなた固有の
価値のあるモノを
生みだし
創造していくことです。
それはね、
難しいことではありません、
ドンドン自分を打ち出していくことです・・・が
実は
それが
とても難しいのですね。
どうしても
自分を他人の中に紛らせる・・という
安全圏のなかで生きたほうが
楽ですし、
それがいい方法のように
思い込んでしまうのでしょう。
しかし
自分を開き
自分を打ち出すことで
やっと自分の人生の扉が開くのです。
それは自分を信頼しているから
できることでもあり
また
他者を信頼するからこそ
群れに紛れず
自分を明確にできるです。
そして
自分を他者の目にさらすことで
初めて他者にとって
その人間の輪郭が明瞭になりますから
そこでやっと
他者との出会いが起きるのです。
その時こそ
他者と自分との明瞭なる違いや差異のなかで
自分の独特の世界がわかってきます。
その自分独特の世界を磨き
そこに自分という存在の価値を思い
さらに
自分を追及することで
自分が自分の価値を
生みだすのです。
最近、私の周辺では
ようやく自分の価値に気づいた人たちが
どんどん出てきています。
嬉しいですね~。
ドンドン自分を極めてお行きなさい!
そうだよ
自分独特の世界、
自分独特の事や物を
創出してごらんなさい!
今まで
誰も考えなかったことこそを
生みだしておいきなさい!
安易に妥協しないこと。
死にもの狂いでやること。
そういう自分の世界を見つけたら
そういう自分の世界にであったら
もうそこに
自分の生命力を注ぎ込むこむことです。
使命感とは
自分と他者とを
高次元で統合することです。
統合とは
違和なもの、
差異のあるもの
矛盾するもの
対立するものが
高次で高邁な目的の中で
一つになることです。
違和なもの、
差異のあるもの
矛盾するもの
対立するものが
自分という世界のなかで
自分を生かすための
総力になる
ということです。
つまり
それは
自分の人生に起きることすべてが
自分の全体性をさらに豊かにし
輝かせていくと
いうことです。
自分の使命感も
自分が生み出す価値も
それは
自分だけではなく
他者のためにもなるのです。
それはやがては
自分と他者とが止揚(高次元で統一)されて
人間という抽象性のなかで
普遍性を生み出します。
最後に、もう本当に最後ですが
これは私が以前書いたブログで
宮澤賢治の「インドラの綱」という作品のことを
書いた文章の一部分ですが
本当に
自分も他者もインドラの綱の結び目にある
宝石のような関係性の中を生きています。
自分に起きることすべてが
大きな大きな自分の全体性へと
繋がっている。
それは時に苦しみであり
倦むべきことであり
厄介な嫌悪でもあるかもしれませんが
そういう
自分と自分の中の他者とを
包摂する努力の中から
きっと
インドラの綱の瓔珞(宝石)が
いつか
その人の価値を生み出す宝石になると
おもいますよ!
だから私もこうして
書いています。
お役に立てたら
嬉しいです。
○
インドラの網とは
古代インドの神で勇猛盛んなところから
仏法の守り神として
仏教に取り入れられた
あフーテンの寅がお参りする、
「帝釈天」のことです。
帝釈天は世界の中心の山「須弥山」に住んでおり
その宮殿の周りには
「インドラの網」とよばれる
ネットが張られています。
そのネットの結び目には美し宝石が縫いこまれており
その宝石はお互いに写しあい
またその映しあった姿が他の宝石に映しあうという
まるで鏡の中の世界のように
無限に輝きが続いていく世界がそこにあります。
ここにある宇宙観は
すべてのものは関係しあい
お互いがお互いを映しあい
響きあい、
相似も相違も違和も混乱も
森羅万象すべてが
あらゆることがすべて必然であるという世界観を
暗示しています。
○
※ 参考・神秘とインドラの綱
自分が輝けば
その反射をうけて
他者も輝くのですね。

by denshinbashira
| 2015-05-02 03:27
| カウンセリングノート
|
Comments(2)
伝心柱さんの言葉には大きな愛を感じます
ふと、読むといつも自分に言われているような感覚です
そして気持ちを切り替え また前へと進む力をいただきます。本当にありがとうございます
感謝という言葉ではいい尽くせないほどの感謝です
ふと、読むといつも自分に言われているような感覚です
そして気持ちを切り替え また前へと進む力をいただきます。本当にありがとうございます
感謝という言葉ではいい尽くせないほどの感謝です
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朔様、こちらこそお言葉をありがとうございました。大変励みなります。朔さまと出遭えましたことを感謝いたします。

