2015年 05月 05日
肯定から入る! |
先日、村上監督との打ち合わせの話の中で
彼が言うには
映画監督には肯定から入る人と
否定から入る人がいる云々という話に
なりました。
私としては
こういう話ができることが
大変うれしいです。
どういうことかというと
自分がどのように
人間や世界と
向き合っているかについて
こういう風に検証できる人に
あまり出会えないから
そういう話をできることが
私には
とても嬉しいのです。
肯定の中に立つことは
高い意識性がひつようです。
常に自分をそのように
意識的に保っていないと
人間は瞬間的、本能的に
すぐ
否定から入ってしまうのです。
しかし
こういう客観的な視座を
設定できるようになって
初めて
物事が極めてリアルに捉えられるように
なります。
だからそれは
優れた映画監督の第一条件のような
気もします。
表現者には
必定の条件です。
果たして
自分は世界をどのように
捉えているのだろうという
検証をできる人が
どれほどいるのかというと
まあ、ほとんどの人が
無意識の裡に
否定から入っているように
思います。
それはどうしても脳の辺縁系が
前頭葉より強いので
仕方のないことなのですが
自分がどうであるかを自覚しないと
瞬間的に
そうなってしまいます。
世論とういうのは
ほとんどそこに不安のシュミレーションが
否定的に働いて
働いて
その先頭にいるのが
いわゆるマスコミの人たちではないかと
思います。
昨日の新聞で
憲法記念日の集会の模様を
航空写真で撮ったものが
載っていましたが、
憲法改正に賛成の人も
反対の人も
そこに集う人々が
果たして
肯定からはいっているのかな~?
それとも
否定から入っているのか
どうでしょうか?
もしかしたら
両方ともが
否定から入っていないかな~?
それは憲法改正を肯定するとか
否定する
というのではなく
常日頃から
人間や世界を
肯定的に見ている人間には
この現実が
どのように見えるか?
反対に
常日頃から
人間や世界を
否定的に見ている人間は
この現実が
どのように見えるか?
ということです。
そして
たいがいが無意識に否定的に
見てしまっているのでは
なかろうか・・・と
私には思えるのです。
憲法改正を唱えるひとも
そこには
仮想の敵を見ていて
戦争の可能性をみて
だから憲法を改正しなければ・・・と
思うのでしょうし、
憲法を守りたいと唱える人も
やはりそこに同じように
仮想の敵をみ、
戦争の可能性をみて
だからこそ、九条を守りたいと
おもうのでしょう。
しかし
世界はほんとうに
戦争へすすむか・・・?
確かに紛争は
まだまだアチコチで起きるかもしれませんが。
では
肯定的にみると世界は
どう見えるか?
その反対で
世界は
戦争をおこさないように
それぞれの国が
そういう風に成長してきている。
ネパールで地震が起きたとき
世界は
みんなで助けようと
している。
そこに
世界の今がある
という風に
肯定的に見る・・・という人に
あまりであったことは
ありません。
なぜなら
それは冒頭に書いたような
肯定と否定の真ん中にたつ
歴史認識や
現実認識を持たないと
つまり
歴史の流れや
現実を
しっかり見極めようという
高度の意識的理性が
働かないと
なかなかできない事だからです。
そして
人間は
否定的なことに敏感に反応するのが
大得意ですが
それに比べ
肯定的なことは
すぐ忘れてしまいます。
では
世界を肯定的にみると
世界は
どのように見えるか。
今詳細に書くことは
いたしませんし
それが理解されることは
とても
難しいともおもいますので
結論だけをいいますと
私は安心しています。
人間を信頼し
世界を信頼しています。
しかし
人間が
その安心を共有するまでに
もう少し時間がかかります。
もう少し厄介な出来事(紛争)を
解決してゆくプロセスが
必要でしょう。
最後に
憲法九条は法律です。
しかし
憲法九条があるから
つまり
憲法九条に守られているから
日本は平和なのでは
ありません。
日本の人々が
平和を
自分の力で守り
創りだそうと
努力するなかで
その法律が生きるのです。
憲法九条に依存せず
どのように
世界に貢献したら
平和になるかを
日本人が考えなければ
九条も
単なる旗じるしで
終わります。
旗じるしでおわらないためには
日本が
最終的な世界平和を実現するための
信念を持つこと。
しかし
現実を老獪に見極めながら
難しい舵取りをしながら
柔軟にかつ
したたかに
そして
しなやかに
爽やかに
世界と向き合い
行動すれる必要があると
思います。
日本の自立が
必要です。
そういう日本を
きっと世界が
好きになります。
世界の歴史の流れを
よーく目を見開いて
理性で見極める!
知る。
そして
日本人は
意識的理性を持って
常に
物事を肯定から入り
品格をもち
コツコツと
努力することだと
思います。
やるべきことを
やり
安心と信頼の中に
いることだと
思います。

品格をもってね。
彼が言うには
映画監督には肯定から入る人と
否定から入る人がいる云々という話に
なりました。
私としては
こういう話ができることが
大変うれしいです。
どういうことかというと
自分がどのように
人間や世界と
向き合っているかについて
こういう風に検証できる人に
あまり出会えないから
そういう話をできることが
私には
とても嬉しいのです。
肯定の中に立つことは
高い意識性がひつようです。
常に自分をそのように
意識的に保っていないと
人間は瞬間的、本能的に
すぐ
否定から入ってしまうのです。
しかし
こういう客観的な視座を
設定できるようになって
初めて
物事が極めてリアルに捉えられるように
なります。
だからそれは
優れた映画監督の第一条件のような
気もします。
表現者には
必定の条件です。
果たして
自分は世界をどのように
捉えているのだろうという
検証をできる人が
どれほどいるのかというと
まあ、ほとんどの人が
無意識の裡に
否定から入っているように
思います。
それはどうしても脳の辺縁系が
前頭葉より強いので
仕方のないことなのですが
自分がどうであるかを自覚しないと
瞬間的に
そうなってしまいます。
世論とういうのは
ほとんどそこに不安のシュミレーションが
否定的に働いて
働いて
その先頭にいるのが
いわゆるマスコミの人たちではないかと
思います。
昨日の新聞で
憲法記念日の集会の模様を
航空写真で撮ったものが
載っていましたが、
憲法改正に賛成の人も
反対の人も
そこに集う人々が
果たして
肯定からはいっているのかな~?
それとも
否定から入っているのか
どうでしょうか?
もしかしたら
両方ともが
否定から入っていないかな~?
それは憲法改正を肯定するとか
否定する
というのではなく
常日頃から
人間や世界を
肯定的に見ている人間には
この現実が
どのように見えるか?
反対に
常日頃から
人間や世界を
否定的に見ている人間は
この現実が
どのように見えるか?
ということです。
そして
たいがいが無意識に否定的に
見てしまっているのでは
なかろうか・・・と
私には思えるのです。
憲法改正を唱えるひとも
そこには
仮想の敵を見ていて
戦争の可能性をみて
だから憲法を改正しなければ・・・と
思うのでしょうし、
憲法を守りたいと唱える人も
やはりそこに同じように
仮想の敵をみ、
戦争の可能性をみて
だからこそ、九条を守りたいと
おもうのでしょう。
しかし
世界はほんとうに
戦争へすすむか・・・?
確かに紛争は
まだまだアチコチで起きるかもしれませんが。
では
肯定的にみると世界は
どう見えるか?
その反対で
世界は
戦争をおこさないように
それぞれの国が
そういう風に成長してきている。
ネパールで地震が起きたとき
世界は
みんなで助けようと
している。
そこに
世界の今がある
という風に
肯定的に見る・・・という人に
あまりであったことは
ありません。
なぜなら
それは冒頭に書いたような
肯定と否定の真ん中にたつ
歴史認識や
現実認識を持たないと
つまり
歴史の流れや
現実を
しっかり見極めようという
高度の意識的理性が
働かないと
なかなかできない事だからです。
そして
人間は
否定的なことに敏感に反応するのが
大得意ですが
それに比べ
肯定的なことは
すぐ忘れてしまいます。
では
世界を肯定的にみると
世界は
どのように見えるか。
今詳細に書くことは
いたしませんし
それが理解されることは
とても
難しいともおもいますので
結論だけをいいますと
私は安心しています。
人間を信頼し
世界を信頼しています。
しかし
人間が
その安心を共有するまでに
もう少し時間がかかります。
もう少し厄介な出来事(紛争)を
解決してゆくプロセスが
必要でしょう。
最後に
憲法九条は法律です。
しかし
憲法九条があるから
つまり
憲法九条に守られているから
日本は平和なのでは
ありません。
日本の人々が
平和を
自分の力で守り
創りだそうと
努力するなかで
その法律が生きるのです。
憲法九条に依存せず
どのように
世界に貢献したら
平和になるかを
日本人が考えなければ
九条も
単なる旗じるしで
終わります。
旗じるしでおわらないためには
日本が
最終的な世界平和を実現するための
信念を持つこと。
しかし
現実を老獪に見極めながら
難しい舵取りをしながら
柔軟にかつ
したたかに
そして
しなやかに
爽やかに
世界と向き合い
行動すれる必要があると
思います。
日本の自立が
必要です。
そういう日本を
きっと世界が
好きになります。
世界の歴史の流れを
よーく目を見開いて
理性で見極める!
知る。
そして
日本人は
意識的理性を持って
常に
物事を肯定から入り
品格をもち
コツコツと
努力することだと
思います。
やるべきことを
やり
安心と信頼の中に
いることだと
思います。

by denshinbashira
| 2015-05-05 06:04
| 賢い生き方!
|
Comments(5)
4月初めに『真艫の風』を送って頂いたものです。ありがとうございました。この連休にしっかり観ることが出来ました。
今回のブログも思いつかないような視点を与えて下さいました。DVDで田下さんのおうちやご家族との様子などが拝見出来たことで、毎回読ませて頂く文章がより深くわたしの中に入って来るように感じています。
ほんとうに素敵なDVDです。感謝するばかりです。
今回のブログも思いつかないような視点を与えて下さいました。DVDで田下さんのおうちやご家族との様子などが拝見出来たことで、毎回読ませて頂く文章がより深くわたしの中に入って来るように感じています。
ほんとうに素敵なDVDです。感謝するばかりです。
0
nana さま、こちらこそありがとうございました。「真艫の風」は、社員の皆様へ贈るために作ったものですが、すべての場所が不連続に連続する人間の生きる場として、善きところとなるように願いを込めました。見ていただきこちらこそ感謝いたします。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
25さま。最初からあきらめずにチャレンジすることです。
願望も執着も行動しなければ消えませんよ。チャレンジしていく中で、現実きちんと見えるくるものです。そして自分が納得したら執着がきえていきます。まずは、やってみることです。
それで大変申し訳ないのですが、DVDの申し込み以外の非公開のコメントはお受けしていませんので、次回からは公開でお願いします。
願望も執着も行動しなければ消えませんよ。チャレンジしていく中で、現実きちんと見えるくるものです。そして自分が納得したら執着がきえていきます。まずは、やってみることです。
それで大変申し訳ないのですが、DVDの申し込み以外の非公開のコメントはお受けしていませんので、次回からは公開でお願いします。

