2015年 05月 31日
他人とつながる!その5、自分を不在にしない! |
会話が的確で明瞭になると
ドンドン
自分の脳の中も明晰になっていきます。
また
明晰だからこそ
そういう会話ができるとも
いえます。
会話が散漫ではない人は
その生き方も
散漫でなくなるでしょう。
今日はもう一つ大事なことを
書きます。
「吐き気を催すような世間話や
処世訓」
これはドストエフスキーの言葉ですが
しかし
まさに
この通りのように
私も
思います。
ドストエフスキーも
こういうことには
ほとほと嫌気がさしていたのでは
ないかと
だからこそ
「吐き気を催す」という過激な言葉を
書いています。
◎他者に必要のないことを
話さない!
と同時に
◎自分不在の言葉や話を
しない。
ということも
大切です。
人間は<関係性>の中で
生きていますから
どういう<関係>を
創り出すかも
自分次第です。
だから
吐き気を催すような世間話の中で
<自分不在>の関係ばかりを
作っていると
それは
幽霊のような自分を
自分が
創り出しているということです。
相手はその
幽霊のような人間(自分)と
付き合わされるわけですから
そこには
繋がりようがありません。
自分の輪郭を
はっきり打ちだしてこそ
相手もそれに応えられるのであり
そうだからこそ
自分に合わない相手は
そこで
さよならできます。
自分にふさわしくない相手と
付き合う必要も
ありません。
また相手を軽くあつかい
いい加減に流してしまうと
それは
軽くしか扱われない自分に
なってしまいます。
自分でそういう関係を
創り出しておきながら
軽く扱われると
腹をたてる・・・というひとも
たくさんいますよ!!
大切なのは
◎自分を不在にしない!!
先日の樹木希林さんのように
いつも
何処でも
デンとした自分がいる!
ということが
とても大事なのです。
市原悦子さんも
一緒におられましたが
市原悦子さんの方が
まだまだ
常識的で
賢い女性であろうとするような
(彼女は実際にとても賢い方だとおもいますが。)
少しばかりですが
世俗的な色気というものが
みられました。
※ 世俗的な色気とは、ナルシズムや自己幻想です。
これが取れている人はすごい!
それに比べ希林さんには
そういうものさえ
ふっきった
泥だらけのジャガイモのようでいい!
という
いさぎよさや
清々しいものを
感じました。
他者と繋がる究極は
そういう
清々しい
自分の原型を
相手にギフトするということでは
ないでしょうか。
よけいなものが
引っついていない自分だからこそ
すーっと他人の原型と
出遭える!
そういう体験こそ
私には
命の洗浄水です。
時としとて
そういう相手の
素直な素直な澄んだ水に出遭い
感動します。
そういう時
まだまだ
人間も
世の中も
まんざらではない・・・と
思います。

ドンドン
自分の脳の中も明晰になっていきます。
また
明晰だからこそ
そういう会話ができるとも
いえます。
会話が散漫ではない人は
その生き方も
散漫でなくなるでしょう。
今日はもう一つ大事なことを
書きます。
「吐き気を催すような世間話や
処世訓」
これはドストエフスキーの言葉ですが
しかし
まさに
この通りのように
私も
思います。
ドストエフスキーも
こういうことには
ほとほと嫌気がさしていたのでは
ないかと
だからこそ
「吐き気を催す」という過激な言葉を
書いています。
◎他者に必要のないことを
話さない!
と同時に
◎自分不在の言葉や話を
しない。
ということも
大切です。
人間は<関係性>の中で
生きていますから
どういう<関係>を
創り出すかも
自分次第です。
だから
吐き気を催すような世間話の中で
<自分不在>の関係ばかりを
作っていると
それは
幽霊のような自分を
自分が
創り出しているということです。
相手はその
幽霊のような人間(自分)と
付き合わされるわけですから
そこには
繋がりようがありません。
自分の輪郭を
はっきり打ちだしてこそ
相手もそれに応えられるのであり
そうだからこそ
自分に合わない相手は
そこで
さよならできます。
自分にふさわしくない相手と
付き合う必要も
ありません。
また相手を軽くあつかい
いい加減に流してしまうと
それは
軽くしか扱われない自分に
なってしまいます。
自分でそういう関係を
創り出しておきながら
軽く扱われると
腹をたてる・・・というひとも
たくさんいますよ!!
大切なのは
◎自分を不在にしない!!
先日の樹木希林さんのように
いつも
何処でも
デンとした自分がいる!
ということが
とても大事なのです。
市原悦子さんも
一緒におられましたが
市原悦子さんの方が
まだまだ
常識的で
賢い女性であろうとするような
(彼女は実際にとても賢い方だとおもいますが。)
少しばかりですが
世俗的な色気というものが
みられました。
※ 世俗的な色気とは、ナルシズムや自己幻想です。
これが取れている人はすごい!
それに比べ希林さんには
そういうものさえ
ふっきった
泥だらけのジャガイモのようでいい!
という
いさぎよさや
清々しいものを
感じました。
他者と繋がる究極は
そういう
清々しい
自分の原型を
相手にギフトするということでは
ないでしょうか。
よけいなものが
引っついていない自分だからこそ
すーっと他人の原型と
出遭える!
そういう体験こそ
私には
命の洗浄水です。
時としとて
そういう相手の
素直な素直な澄んだ水に出遭い
感動します。
そういう時
まだまだ
人間も
世の中も
まんざらではない・・・と
思います。

by denshinbashira
| 2015-05-31 19:36
| カウンセリングノート
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