2015年 09月 10日
内なる子供の世界・インナーチャイルド その3 |
なぜ
優等生≒ピュアではないか
というとね、
たいがい優等生の腹のなかは
真っ黒くろで
毒ガスが充満しているものですよ。
そして
優等生が
優等にしていることこそ
親や世の中の俗的な価値や欺瞞に
従属しているということですからね。
では
ピュアになるということは
どういうことかというと
自分の裏に(深層心理)に
そういうどす黒いものを
持っておらず
自分の中におきる
いいこころも
悪いこころも
そのまま
素直に受け入れている状態です。
本来人間とはそういうものです。
世の中に対して
他人に対して
自分が反応している。
そして
その反応に
正直に反応すれば
いいのです。
気持ちのいい反応もあれば
気持ちが悪くなる反応もあるでしょう。
それを
捻じ曲げるひつようは
ないのですよ。
そういう自然に反応している自分を
そのまま
しっかりと受け止める
ことです。
これが
私ですと
ね。
そしてその反応も
いちいち真に受けることは必要ないです。
自分に必要なことだけでいいです。
自分にとって大切なことだけでいいです。
また
自分に必要のないひとに
反応する必要もありません。
そこは
智慧を働かせることです。
うまく
かわすことです。
つまりは
自分の裏がわを
真っ黒くろにして
シャドウを飼う必要なんか
ないのです。
裏も表もなく
あっけらかんと
風通しよく
清々しく。
そうすると
そういう人々が廻りに集まってきます。
そうではない人は
近寄ってきません。
近寄ってもすぐ
逃げていきます。
もし、
そういう人が近寄ってくるのなら
それは
あなたのなかに
その人と同質のものが
まだ、カスのように残っているか、
或は
あなたのこころのなかに
スキがあるかです。
スキというのは
まだまだ自信がなく
自己肯定がたりなく
さらに
甘えや
依存が
あるからです。
この世は
自分と鏡のようなものです。
自分の鏡が曇っているか
汚れているか
不安に冒されているか
感情に支配されているか
それとも
くっきりと
明瞭に
澄んでいるか。
いいことも
悪いことも
善きことも
悪しきことも
鏡には
そのまま写ります。
その鏡を
ちょっと距離を置いて
見つめる事です。
面白い事に
もともと
脳の偏桃体には
自分が信用できる顔と
信用できない顔を
見分ける機能が
あるそうです。
つまり人間は
その初期設定においては
そういう能力があるということです。
だからその機能を磨くか
曇らせるか・・も
自分の生き方にかかわってくると
いうことです。
せっかくのその機能が
子供の頃には
ピカピカに光っていても
生きるにつれ
汚れたり
垢がついて
雲ってきたりして
機能が退行し
大人になった時には
もう
見分けがつかなくなるのかもしれませんね。
自分の中の<内なる子供・インナーチャイルド>を
みつけだし
救い出してみたら
そういう機能も
復活するかもしれませんね。
いや
私は多分復活すると思います。
なぜなら、
通俗的な価値観をすてて
もっともピュアな自分を回復するということは
そういう
曇りや汚れのメガネやプロテクターが
取れるということですからね。
きっと
晴れ晴れとした空が
みえてくるでしょう。
その時
きっと
自分と同じようにピュアであるひとと
そうではない人ととの見分けも
ついてくると
思います。
ちなみに
私の周囲には
どんどんピュアな人々が
集まってくれています。
また
私も
そうではない人には
近づきませんからね・・・・笑!
自然とそうなってきました。
「内なる子供の世界」
そこには
きっと
愛おしい
あなた自身の
原型が
あると思います。
みつけだして
抱きしめてあげられると
いいですね。

満身に光を浴びて
凄い存在感だね~!
優等生≒ピュアではないか
というとね、
たいがい優等生の腹のなかは
真っ黒くろで
毒ガスが充満しているものですよ。
そして
優等生が
優等にしていることこそ
親や世の中の俗的な価値や欺瞞に
従属しているということですからね。
では
ピュアになるということは
どういうことかというと
自分の裏に(深層心理)に
そういうどす黒いものを
持っておらず
自分の中におきる
いいこころも
悪いこころも
そのまま
素直に受け入れている状態です。
本来人間とはそういうものです。
世の中に対して
他人に対して
自分が反応している。
そして
その反応に
正直に反応すれば
いいのです。
気持ちのいい反応もあれば
気持ちが悪くなる反応もあるでしょう。
それを
捻じ曲げるひつようは
ないのですよ。
そういう自然に反応している自分を
そのまま
しっかりと受け止める
ことです。
これが
私ですと
ね。
そしてその反応も
いちいち真に受けることは必要ないです。
自分に必要なことだけでいいです。
自分にとって大切なことだけでいいです。
また
自分に必要のないひとに
反応する必要もありません。
そこは
智慧を働かせることです。
うまく
かわすことです。
つまりは
自分の裏がわを
真っ黒くろにして
シャドウを飼う必要なんか
ないのです。
裏も表もなく
あっけらかんと
風通しよく
清々しく。
そうすると
そういう人々が廻りに集まってきます。
そうではない人は
近寄ってきません。
近寄ってもすぐ
逃げていきます。
もし、
そういう人が近寄ってくるのなら
それは
あなたのなかに
その人と同質のものが
まだ、カスのように残っているか、
或は
あなたのこころのなかに
スキがあるかです。
スキというのは
まだまだ自信がなく
自己肯定がたりなく
さらに
甘えや
依存が
あるからです。
この世は
自分と鏡のようなものです。
自分の鏡が曇っているか
汚れているか
不安に冒されているか
感情に支配されているか
それとも
くっきりと
明瞭に
澄んでいるか。
いいことも
悪いことも
善きことも
悪しきことも
鏡には
そのまま写ります。
その鏡を
ちょっと距離を置いて
見つめる事です。
面白い事に
もともと
脳の偏桃体には
自分が信用できる顔と
信用できない顔を
見分ける機能が
あるそうです。
つまり人間は
その初期設定においては
そういう能力があるということです。
だからその機能を磨くか
曇らせるか・・も
自分の生き方にかかわってくると
いうことです。
せっかくのその機能が
子供の頃には
ピカピカに光っていても
生きるにつれ
汚れたり
垢がついて
雲ってきたりして
機能が退行し
大人になった時には
もう
見分けがつかなくなるのかもしれませんね。
自分の中の<内なる子供・インナーチャイルド>を
みつけだし
救い出してみたら
そういう機能も
復活するかもしれませんね。
いや
私は多分復活すると思います。
なぜなら、
通俗的な価値観をすてて
もっともピュアな自分を回復するということは
そういう
曇りや汚れのメガネやプロテクターが
取れるということですからね。
きっと
晴れ晴れとした空が
みえてくるでしょう。
その時
きっと
自分と同じようにピュアであるひとと
そうではない人ととの見分けも
ついてくると
思います。
ちなみに
私の周囲には
どんどんピュアな人々が
集まってくれています。
また
私も
そうではない人には
近づきませんからね・・・・笑!
自然とそうなってきました。
「内なる子供の世界」
そこには
きっと
愛おしい
あなた自身の
原型が
あると思います。
みつけだして
抱きしめてあげられると
いいですね。

凄い存在感だね~!
by denshinbashira
| 2015-09-10 06:04
| 内なる子供の世界(インナーチャイルド)
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