2015年 11月 09日
「男はつらいよ!」その1、フーテンの寅の魅力 |
このところ娘の仕事の関係で
「男はつらいよ!」のDVDを
立て続けに3本ほど見ましたら
いいですね~!
何がいいって・・?
それは
下町の人情とかいうのが
いいというのでは
ありません。
そんなことより
ディスカウントの極地にたつ
<寅>の姿がいいのです。
いつもディスカウントは
いけないと言っているのに
なぜ
ディスカウントがいいのか・・・と
思われるでしょうね。
「フーテンの寅」さんは
ディスカウントされてはいるのですが
つまり
皆に嘲笑されて
バカにされている寅さんなのですが
しかし寅さん自身がもう
そういう自分を受け入れ
超越している、その
立ち位置が
いいのです。
変な言い方ですが
そこには寅さんの
<承知>が
ついている
のです。
寅さんは笑うにはいいが
一緒に住むには厄介で
だからこそ
寅さんはいろんなことを
あきらめて
旅に出ます。
そういうディスカウントされている極みにいる人間を
どこか
ひんやりとした渥美清が演じています。
ひんやりとしたというのは
渥美さん自身も
何かを
あきらめたらしい痕跡があり
それが
いわゆる
人情話が陥りがちな
家族愛や
人肌の温度や熱を
冷ましているからです。
これを例えば
西田敏行がやったら
いわゆる
温度のある
下町のいい話、人情ばなしのところで
おわってしまうでしょうし
おそらく定型的な
目も当てられない作品になるでしょう。
ところが渥美さんの寅さんは
他者との関係の中
微妙なゾーンがあるのです。
家族とも
なれ合わず
ベタつかない。
ひんやりとしたそのゾーンは
寅さんというより
渥美さんの
孤独が冷やすゾーンのように
思います。
だからこそ
48もの連作ができたのだと
思います。
渥美さんは
そういう
安易で
人間的な浮ついたものに
一線を引き
捨てています。
そして
寅さんももうそういうものは
なにも持っていないのです。
彼の無意識は
厄介者である自分に
そういう線引きして
自覚しています。
それはよくよく見ないと
見えないけれども
実は
誰とも
繋がらないのです。
だからこそ
おいちゃんやおばちゃんや
タコ社長も
そして妹のさくらさんさえも
寅さんを
どうすることもできないのです。
家族愛や人情という
ヒューマンなものが
手の届かないところに
すなわち
そういう世の幻想の
枠外のところに
実は
寅さんが立っています。
娑婆の枠から
世間のフレームから
疎外されて
はじきだされたところに
寅さんはいるのです。
だから
いうなれば寅さんは
どこかで
自分が
世間並みの幸福になってはいけないと
思っている。
だからこそ
世間様の陽のあたらないところに生きる人間には
とても
優しい!
それは
ディスカウントを受けつくした人間の
もう
なにもかもをあきらめた人間の
優しさです。
渥美さんは生前
自分のプライバシーは一切明かさず
むしろそこには
映画の同胞にたいしてさえ
鉄のカーテンを
おろしていたといいます。
これは私の独断的な感想ですが
寅さんと渥美さん自身との距離で
渥美さんは苦しんだのではないでしょうか??
渥美さんの顔は決して人の好い相では
ないような気がします。
なにか
懐に
癇癪の刃物をもっているようにも
見えました。
そういう自分の暗部と
寅の明の部分とを
どのように演技の中で昇華していくか
おそらく
苦しかったでしょうね~。
しかし
結果として
寅を見る観衆に
なんとしても
自分の暗部を
けどられないようにするという
渥美さんの気迫と演技が
「男がつらいよ!」の映画のマンネリ化をふせぎ
底流に流れる気品と格調を
維持し続けるものへと
昇華されていきました。
ディスカウントの極みにいたからこそ
あきらめの際にいて
何も所有しないからこそ
寅さんは
隅々にまでいきわたる
すべての民衆を
てのひらに
掬い上げることができました。
人間すべてを掬いあげる(救いあげる)と
願を掛けた
阿弥陀菩薩のようにです。
日本中の底の底の底のひとまでにも
寅さんは
優しく
しかし、本当は
結婚したかったかもしれない
浅丘ルリ子演じる、リリーとも
お互いがディスカウントの極みに立つがゆえに
たったの一歩さえ
踏み出すことは
できませんでした。
そして
リリーだけが
寅さんが下から見上げる
憧れでもなく、
ただただ
寅さんの立つ地面の地続きに
立つ
同じ傷をもつ同族でありました。
たった一人
寅が
仮面を外して
自由に
悪態をつけるマドンナだったように
思います。
こうして考えると
不思議な映画ですね~。
でも
渥美さんの心の中の影が
逆に寅さんの光へと
昇華されたと思うと
なんとも
いい映画だな~と
私は思うのです。
渥美さんが
必死で
その懐で
温めた
大衆への贈り物だと思います。

トントントンのトンガラシ!
奥にいるのはアホのシーサーです。
「男はつらいよ!」のDVDを
立て続けに3本ほど見ましたら
いいですね~!
何がいいって・・?
それは
下町の人情とかいうのが
いいというのでは
ありません。
そんなことより
ディスカウントの極地にたつ
<寅>の姿がいいのです。
いつもディスカウントは
いけないと言っているのに
なぜ
ディスカウントがいいのか・・・と
思われるでしょうね。
「フーテンの寅」さんは
ディスカウントされてはいるのですが
つまり
皆に嘲笑されて
バカにされている寅さんなのですが
しかし寅さん自身がもう
そういう自分を受け入れ
超越している、その
立ち位置が
いいのです。
変な言い方ですが
そこには寅さんの
<承知>が
ついている
のです。
寅さんは笑うにはいいが
一緒に住むには厄介で
だからこそ
寅さんはいろんなことを
あきらめて
旅に出ます。
そういうディスカウントされている極みにいる人間を
どこか
ひんやりとした渥美清が演じています。
ひんやりとしたというのは
渥美さん自身も
何かを
あきらめたらしい痕跡があり
それが
いわゆる
人情話が陥りがちな
家族愛や
人肌の温度や熱を
冷ましているからです。
これを例えば
西田敏行がやったら
いわゆる
温度のある
下町のいい話、人情ばなしのところで
おわってしまうでしょうし
おそらく定型的な
目も当てられない作品になるでしょう。
ところが渥美さんの寅さんは
他者との関係の中
微妙なゾーンがあるのです。
家族とも
なれ合わず
ベタつかない。
ひんやりとしたそのゾーンは
寅さんというより
渥美さんの
孤独が冷やすゾーンのように
思います。
だからこそ
48もの連作ができたのだと
思います。
渥美さんは
そういう
安易で
人間的な浮ついたものに
一線を引き
捨てています。
そして
寅さんももうそういうものは
なにも持っていないのです。
彼の無意識は
厄介者である自分に
そういう線引きして
自覚しています。
それはよくよく見ないと
見えないけれども
実は
誰とも
繋がらないのです。
だからこそ
おいちゃんやおばちゃんや
タコ社長も
そして妹のさくらさんさえも
寅さんを
どうすることもできないのです。
家族愛や人情という
ヒューマンなものが
手の届かないところに
すなわち
そういう世の幻想の
枠外のところに
実は
寅さんが立っています。
娑婆の枠から
世間のフレームから
疎外されて
はじきだされたところに
寅さんはいるのです。
だから
いうなれば寅さんは
どこかで
自分が
世間並みの幸福になってはいけないと
思っている。
だからこそ
世間様の陽のあたらないところに生きる人間には
とても
優しい!
それは
ディスカウントを受けつくした人間の
もう
なにもかもをあきらめた人間の
優しさです。
渥美さんは生前
自分のプライバシーは一切明かさず
むしろそこには
映画の同胞にたいしてさえ
鉄のカーテンを
おろしていたといいます。
これは私の独断的な感想ですが
寅さんと渥美さん自身との距離で
渥美さんは苦しんだのではないでしょうか??
渥美さんの顔は決して人の好い相では
ないような気がします。
なにか
懐に
癇癪の刃物をもっているようにも
見えました。
そういう自分の暗部と
寅の明の部分とを
どのように演技の中で昇華していくか
おそらく
苦しかったでしょうね~。
しかし
結果として
寅を見る観衆に
なんとしても
自分の暗部を
けどられないようにするという
渥美さんの気迫と演技が
「男がつらいよ!」の映画のマンネリ化をふせぎ
底流に流れる気品と格調を
維持し続けるものへと
昇華されていきました。
ディスカウントの極みにいたからこそ
あきらめの際にいて
何も所有しないからこそ
寅さんは
隅々にまでいきわたる
すべての民衆を
てのひらに
掬い上げることができました。
人間すべてを掬いあげる(救いあげる)と
願を掛けた
阿弥陀菩薩のようにです。
日本中の底の底の底のひとまでにも
寅さんは
優しく
しかし、本当は
結婚したかったかもしれない
浅丘ルリ子演じる、リリーとも
お互いがディスカウントの極みに立つがゆえに
たったの一歩さえ
踏み出すことは
できませんでした。
そして
リリーだけが
寅さんが下から見上げる
憧れでもなく、
ただただ
寅さんの立つ地面の地続きに
立つ
同じ傷をもつ同族でありました。
たった一人
寅が
仮面を外して
自由に
悪態をつけるマドンナだったように
思います。
こうして考えると
不思議な映画ですね~。
でも
渥美さんの心の中の影が
逆に寅さんの光へと
昇華されたと思うと
なんとも
いい映画だな~と
私は思うのです。
渥美さんが
必死で
その懐で
温めた
大衆への贈り物だと思います。

奥にいるのはアホのシーサーです。
by denshinbashira
| 2015-11-09 18:30
| 映画の中から自由奔放に読み取ってみよう!
|
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