2015年 11月 23日
シリーズ「ビジネスマンとビジネスウーマンのためのカウンセリング」その1、はじめに! |
昨日の朝、
テレビ「ボクラの時代」という番組で
三人の新進の映画監督の鼎談をみました。
まあ、なかなか面白かったのですが、
その話を聞きながら、
この若い監督たち三人ともが
まだ、
前半の時代の中の範疇の中にしか
いないのではないかと
思いました。
だからこそ
この監督たちの創る映画は
若者に
ヒットするのだとも思いました。
なぜなら
世の中のほとんどの人は
前半の人生だけを
生きているからです。
実のところ
自分の人生が前半の人生を
そのまま
引きずっているだけなのだ・・・と
気づける人は
そうはいません。
ほとんどの人は
自分が
<前半の人生のカプセル>に入っていることにすら
きづかないのです。
そして
自分の能力の限界は
前半の人生に原因がある・・・と
気づいたひとだけが
後半の人生を生き始めます。
そういう人の後半の人生は
前半の人生を肯定し
包括しながら、
さらに
そこに後半の人生を付け足して
自分の人生<全体>で
生きようとするのです。
つまりは
人生の後半は
自分の限界だと思い込んでいたことの
<原因>を発見し
乗り越え
さらに
必要なことをつけたすことで
生きることが
熟する(成熟)ことへ
実ってゆくのです。
反対に
前半の人生だけで
そのまま突っ切ってゆこうとすれば
必ず
壁にぶちあたり悩み
もがきます。
冒頭の映画監督たちの話から
前半の人生をベースにして
描かれている映画は
大衆それぞれの
前半の人生が
共感をするからこそ
この映画監督たちの映画は
ヒットするのだろうなあ~とも
思いました。
しかし、そういう映画は
通過されていきますから、
きっとこの三人の監督たちも
いずれは
その壁と向き合わざるをえなくなると
私は思います。
もし
映画を撮り続けるならです。
逆に前半の人生を総括し
さらに
後半の人生を
生きようとすると
どうしても
そこには
人生の全体性を包括しなければならない視点が
問われてきますから、
それは
厳しい自己省察が必要であり
だからこそ
難解でもあり
さらに表現が複層的にならざるを
得ません。
※ 内容は複層的なのですが
それが究められてゆくと
表現としてシンプル化してきます。
しかしそれは容易にできることでは
ありません.よほどの熟達が必要です。
映画監督でいえば、小津安二郎くらいの
レベルにならないとできないでしょうね~。
つまり
自分の全体性を取り戻し
その内容の充実化を図り
自分の人生のその先に
<成熟>ということを
射程においていないと
前半の人生をそのままに生きることは
アッという間に
息切れをしてしまいます。
特に現代は
情報社会の
◎初期的カオス情況ですから
大きな時代の始まりと流れを
凝視し
そのことも
しっかりと観察と考察の射程に
入れておかないと
ますます混乱と失望のなかを
生きてしまいます。
つまり
前半の人生は
手持ちの才気の
鉄砲玉をどんどん打てば
それなりに当たるのですが
しかし
それは一時的なものでしかなく
すぐ玉切れになってしまいます。
特に
後半の人生、40代、50代になるともう
そういう玉切れが顕著になり
いわゆる、
管理職になったはいいが
そこから
自分の無能がはじまるという
<ピーターの法則>をそのまま生きてしまいます。
それで今日からは
<ビジネス>ということに
焦点化しながら
前半の人生と
後半の人生とを
どのように
統合して
自分の
能力を生かしていくかについて
書いていこうと
思います。

始まり、始まり!
テレビ「ボクラの時代」という番組で
三人の新進の映画監督の鼎談をみました。
まあ、なかなか面白かったのですが、
その話を聞きながら、
この若い監督たち三人ともが
まだ、
前半の時代の中の範疇の中にしか
いないのではないかと
思いました。
だからこそ
この監督たちの創る映画は
若者に
ヒットするのだとも思いました。
なぜなら
世の中のほとんどの人は
前半の人生だけを
生きているからです。
実のところ
自分の人生が前半の人生を
そのまま
引きずっているだけなのだ・・・と
気づける人は
そうはいません。
ほとんどの人は
自分が
<前半の人生のカプセル>に入っていることにすら
きづかないのです。
そして
自分の能力の限界は
前半の人生に原因がある・・・と
気づいたひとだけが
後半の人生を生き始めます。
そういう人の後半の人生は
前半の人生を肯定し
包括しながら、
さらに
そこに後半の人生を付け足して
自分の人生<全体>で
生きようとするのです。
つまりは
人生の後半は
自分の限界だと思い込んでいたことの
<原因>を発見し
乗り越え
さらに
必要なことをつけたすことで
生きることが
熟する(成熟)ことへ
実ってゆくのです。
反対に
前半の人生だけで
そのまま突っ切ってゆこうとすれば
必ず
壁にぶちあたり悩み
もがきます。
冒頭の映画監督たちの話から
前半の人生をベースにして
描かれている映画は
大衆それぞれの
前半の人生が
共感をするからこそ
この映画監督たちの映画は
ヒットするのだろうなあ~とも
思いました。
しかし、そういう映画は
通過されていきますから、
きっとこの三人の監督たちも
いずれは
その壁と向き合わざるをえなくなると
私は思います。
もし
映画を撮り続けるならです。
逆に前半の人生を総括し
さらに
後半の人生を
生きようとすると
どうしても
そこには
人生の全体性を包括しなければならない視点が
問われてきますから、
それは
厳しい自己省察が必要であり
だからこそ
難解でもあり
さらに表現が複層的にならざるを
得ません。
※ 内容は複層的なのですが
それが究められてゆくと
表現としてシンプル化してきます。
しかしそれは容易にできることでは
ありません.よほどの熟達が必要です。
映画監督でいえば、小津安二郎くらいの
レベルにならないとできないでしょうね~。
つまり
自分の全体性を取り戻し
その内容の充実化を図り
自分の人生のその先に
<成熟>ということを
射程においていないと
前半の人生をそのままに生きることは
アッという間に
息切れをしてしまいます。
特に現代は
情報社会の
◎初期的カオス情況ですから
大きな時代の始まりと流れを
凝視し
そのことも
しっかりと観察と考察の射程に
入れておかないと
ますます混乱と失望のなかを
生きてしまいます。
つまり
前半の人生は
手持ちの才気の
鉄砲玉をどんどん打てば
それなりに当たるのですが
しかし
それは一時的なものでしかなく
すぐ玉切れになってしまいます。
特に
後半の人生、40代、50代になるともう
そういう玉切れが顕著になり
いわゆる、
管理職になったはいいが
そこから
自分の無能がはじまるという
<ピーターの法則>をそのまま生きてしまいます。
それで今日からは
<ビジネス>ということに
焦点化しながら
前半の人生と
後半の人生とを
どのように
統合して
自分の
能力を生かしていくかについて
書いていこうと
思います。

by denshinbashira
| 2015-11-23 07:54
| ビジネスマン・ビジネスウーマンのワークシ
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