遠野に吹く風!その5、ロボット工学と馬搬! |
自動車産業でもないし家電でもない
それはロボット工学の世界だと
ある人から教えてもらいました。
日本人の頭脳の明晰さは
やはりすごいんだなあ~と
思います。
それとともに
私の頭には
その対極にあるともいえる
<馬搬>に代表されるような世界も
素晴らしいと思うのです。
なぜなら
命の営みそのものが
この相反するような二つの世界によってこそ
成立しているからです。
命の世界はいつも
瞬間瞬間をインパルスが駆け巡る
デジタルな脳の世界と
日時計のようゆっくりと変化するアナログな体の世界の
両方でバランスをとりながら
生きているからです。
ともすると
私たちは
目先の生産性や合理性ばかりに
気を取られてしまい
効率や生産性があたかも有効であるような
錯覚の中にこの200年がありました。
しかし
人間をはじめ
生きものが
生きてこれたのは
人間のこざかしい生産性にもビクともしない
おおきな大きな自然の世界が
バックにデンとあったからです。
もし私たち人間がいきのびてゆけるとしたら
先端科学の世界と
馬搬のように
生きものと自然とが寄り添う世界の両方を
同時にも持ち
統合していくことでしかないと
私は考えています。
先日見たテレビの中で
ロボット工学の技術者は
ロボットは人間の仕事を奪うのではない。
ロボットは人間が眠っている間の仕事や
危険な仕事を引き受けるものであると
語っていました。
さらに馬搬により自然の循環型の農業や林業で
地域おこしをはじめている
伊勢崎さんは
機械や科学によって省かれたことの中にこそ
大切な技術や技能があると
語っています。
二つともが
その通りですね。
今、私たちがほんとうに息苦しいのは
経済的繁栄の優先によって
行き過ぎた科学と機械化への依存であり
本来日時計のようにゆっくりとあった
生きものとしての人間の自然性が
効率や生産性に毒されてしまったことだと
私は思います。
私たちは今、少しずつ
自分達が何を失ったかに
気づき始めている。
物質的豊かさや
拝金的な金融経済でもない
免疫をサプリメントで補うことでもない。
便利ばかりが有効でもない。
もしかしたら
少々不自由でも
手間がかかっても
厄介でも
ほんとうに単純に素朴に
命が
物に追い詰められない!
命が時間に追い詰められない!
命が
金に縛られない!
そういうことを
取り戻さなければならないかも
しれませんね。
脳の世界が産みだしてゆく先端の科学の世界も
人間の脳が持つ宿命的な必定であり
また
その対極にある、体の自然性もまた
人間のいきものとしての必定です。
存在はいつも矛盾をはらみながら
ある。
空と大地
山と海
光と闇
そして
合理と不合理のように。
しかしそれらは確実に
不連続に連続しているの
です。
先端科学の世界と
馬搬の世界
この大きな二つのテーゼの中を
どのように生きびてゆくか。
もう
走るのをやめて
立ち止まって考えなければならない
時が
きている。
私には
どちらともが
大切で
どちらともが
未来への遺伝子になると
思っています。
今回の遠野行きは
たくさんのエネルギーを
私にくれました。
そして
私自身の中にも
新しい黎明がきたように思います。
皆さん、
一緒に
頑張ろうね!

○映画から自由奔放によみとってみよう!(伝心柱×能勢広.)
第7回 映像作家 能勢広.の世界
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