ウエブ戦国時代!!その1 |
自分の領地を死守することばかりを考えている
真田昌幸と
日本の統一を目指す秀吉の
人間のスケールの差がでていて
面白かったね。
自分を中心にした領土に囚われている
・横目線の
昌幸は
日本という国を
・俯瞰してみている秀吉にとっては
単に目の前をウロチョロする駒に過ぎず
まるで将棋を指すように
家康の下に
布石されてしまいました。
先日のワークショップで
参加者のひとりから
何かの拍子で
「武士道」云々の話が出ましたが
この「武士道」というのも
実は
江戸時代にうまれたもので
「武士」という人達を型にはめちゃって
階級的に固定化し
身分制度の安定を図る
マインドコントロールのようなものだと
私は思っています。
その前の
いわゆる戦国の武士たちは
そんな律儀なものなど
もってはおらず
勝って生き残るためには
「何でもあり」で
それこそ昌幸のばば様がいうとおり
「卑怯者がなぜ悪い」という
自由さがあったのだと
思います。
20世紀はいわゆる国家の時代と
言われ産業革命以来の
物質の時代だったのが
情報革命によって
国家というフレームを
どんどん情報が乗り越えていく現象の中で
パラダイムシフトが起きて
秩序が崩れていく
いわば
<戦国時代>へと入ったのではないかと
思います。
この戦国時代は
どういう未来へと収斂してくのでしょうか。
秀吉の最大の欠点は
彼の頭には
いわゆる権力を構造化する知恵(ビジョン)がなく
彼ひとりに
権力が収斂していったことだと
私は考えています。
もしかしたら信長が自分を神格化したように
秀吉も個人崇拝への願望があったかもしれませんが
そこが彼の限界であり
ちょっと飛躍しますが
いわゆる脳の辺縁系が
解決してないかった。
つまりは
秀吉個人の感情が
解決していなかったのです。
逆に権力を構造化したのは
家康で
支配階級と非支配階級を
すべて丸ごと
俯瞰して
構造化したのだと
思います。
家康は
自分の感情を突き放して
自分を神格化せず
冷徹に
冷酷に
時代と人間をみていたように
思います。
だからこそ300年も続いたのでしょうが。
しかし
しかしね~、
困ったことに
この徳川政権が築いた
権力ヒエラルキーが
いつの間にか
日本人の無意識の中に
構造化してしまったのか
どうしても
日本人は
これまでにはない
全く新しい現代の時代、ウエブの時代が
来ても
そこから脱出して発想することが
なかなかできないらしい!
つまり
組織や集団をはずれた
個の確立ということが
できないらしいのです。
国家とか組織という
古いフレームが
どんどん壊されてゆき
次に何を
構築するかの時代が来たのに
今までにはない
全く新しいシステムを作るには
これまでの
権力構造のヒエラルキーを
いったん壊して
全くのゼロ地点から発想することが
必須なのに
どうしても
そのフレームを逸脱することが
できなかった
のが
世界というフィールドで
日本のIT産業が
アメリカ発ベンチャーの
後塵を拝した原因のように
私は思う。
※、実はつい最近うちの父ちゃんと
そういう話をしたばかりでした。
では、
ヒエラルキー的権力構造に
毒されていない
共同の世界とはなにか。
今までのフレームにはなかった
新しい関係性と
新しい認識を
どのように構築共有してくか。
それを考えるためには
まず
どんどん壊れてゆく既成のものは
これまで
どういう関係性と観念の中に
在ったのか・・・?を
考察分析する必要があります。
もっというと
私たちは
社会組織や国家組織を通して
どういうマインドコントロールの中にあり
どういうマインドコントロールに
毒されていたか・・・・。
日本人は
どうも
上意下達ではない関係性と
創造性に満ちた
個の確立と
その個が、それぞれ
個として保障され
個が連続するという
労働環境システムと
労働を
を
なかなかイメージできないらしい・・・。
新しいIT社会がきたのに
なにを
どうすればいいのか・・???
その答えとして
人間は
・現象の方が先行します。
今起きている
日本の現象
世界の現象を
どのように洞察し
検証するかが
鍵です。
みんなの中に
わき起こってくるもの
また今
みんなの中に
沸き起こって
いるもの
それはなにかを
分析、考察する必要があると
思います。
例えばユーチューブとか
ブログとか
ほとんどが
個が
自分を発露しているでしょ。
それとね~、
意識の真逆をやってごらん!!
と私は提言したい。
意識で縛られていることの
反対を
やってごらんなさい!!
なぜなら
意識とは
現象のあとに
それを検証する
脳現象だからね、
意識はどうしても
現状維持しようとする保守性が
あり
その意識が
旧態依然のものから解放されていないと
せっかくの斬新なアイディを
ディスカウントしたり
抑圧してしまうのです。
逆に
無意識には
ほゞ物理的世界で
そこには
ただただ
生命保全の目的のフィールドがあるだけだから、
無意識が裏返ったものが
意識へと表出してきます。
つまり
意識とは
危機管理のブレーキみたいなもので
どうしても
危機管理をベースに
シュミレーションをしてしまい
その人間をフレーム化してしまうのです。
そして
危機管理は
ほとんどが
無駄な
思い込みと妄想です。
だから
・現状を維持せず
・危機管理の鍵を解いて
・そういう意識の不安材料を
・飛び越えないと
無意識内にある
たくさんの独創的で
斬新なアイデアを
ゴミとして
捨ててしまうのですね。
無意識を生かすには
圧倒的に自分を信頼し
さらに
他者をも信頼し
そこに
愛なるビジョンを描こうとする
ということが
大切なのです。
危機管理ばかりに目を奪われた
真田昌幸も
権力に張り付いて
力の維持と管理に
能力を発した
三成も
共に
新しい時代へとは
脱出できませんでした。
山のような情報の中から
洪水のように流れる
情報の河の中から
一本の金の鉱脈(未来ビジョン)を見つけるには
自分という人間のアイデンティティーの上に
しっかりと立ち
常に前を向いて
自分の感性と直観を信頼し
自分を磨いてゆくことです。
今日は八重洲の歯医者さんへ行く日です。
電車の中で
またあの
「ウエブ進化論」を
読み直してみようと
思います。

矢車草だよ。

