2016年 05月 21日
情報社会で踊らないための自己イメージ・その2 |
自分が何となく抱いている
自己イメージも実は
人間の有史以来の
<物質>を巡る社会の中で
形成され、
維持されてる
既存の観念や価値観が
無意識、及び意識の中で作動して
書かれているものです。
ところが現代は
大げさにいうと
有史以来の大きな変容を
人間社会は遂げようとしています。
そのことは
将来において
人間の自己イメージも
変えていくと思いますし
もしかしたら
変えなければならないかもしれません。
今日はそのことについて
書きますが
それを説明するのも
なかなか難しいことですので
かなりの大胆な短絡をお許しいただきながら
私の考えていることを
書いてみます。
ところで人間は
動物から進化したのか、
それとも
後退したのでしょうか・・?
もし進化したというなら
そこには
言葉を産みだしたことで
意識を持つようになったこと
さらに
前頭葉が発達したことなどが
そうかもしれませんね。
そして
言葉は
人間のコミュニケーション脳力を進化させ
また
単に物質を巡る
・動物的争奪から抜けて
分配をするという知恵と方法を
産みだし
それが
社会を形成するという
高度な集団活動を獲得したことへと繋がっていきます。
しかし
有史以来の人間の社会が
すべて
<物質>を巡る動物的争奪の中から脱却したかというと
そうでありません。
逆に
<物質>及びその所有を通して
人間の欲望は
どんどん増幅されていきましたし
<物質>の争奪と所有の優劣が
やがては格差と権力を産みだして
・ヒエラルキーを形成してしまいました。
※ヒエラルキーとは
序列に基づいたピラミッドの権力構造です。
人間の文化や文明も
<物質>と
<物質社会>を通しての
権力のヒエラルキーをもとに
発達していきました.
そして現代も
残念がら
まだ
その桎梏の中で
人々は生きています。
おそらくほとんどの人々は気づいていないでしょうが、
人間の潜在的無意識のなかには
物質社会が産みだしたヒエラルキーが
しっかりと刷り込まれており
通俗的な既成観念のほとんどは
その価値感に汚染されていると
私は思います。
しかし
いよいよ
人間の有史以来の
ヒエラルキーを越えようとする
新しい社会の芽生えが
うっすらと見えてきたのが
新しい社会としての
情報社会です。
情報社会とは
情報を巡り争奪する社会ではありません。
それを勘違いしている人はまだまだ
たくさんいますが・・・。
情報社会とは
情報を通して
あるいは
情報の向こうにある世界を
見る,知る
ということです。
つまりは
●<知>の社会です。
実は
これまでの<物質社会>も実は
物質を通して見る、人間世界でした。
物質を通して
<わたし>の世界を見てきたのですね。
ただ人々がそれに
気づかなかったのは
<物質>を争奪、所有するほうへと
シフトされていた社会だったからです。
ものを持つことや
独占することが
富であるという風に
シフトされ
価値づけされていたからです。
そういう中で
これまでの社会は
<物質>を巡るヒエラルキーに基づく社会制度が
歴史の中で
様々に変遷と試行錯誤を
重ねてきていきました。
そしてその先端にある現代社会の
資本主義社会も
その
反動ともいうべき
社会主義社会も
今にいたっては
とうとう制度としての疲労と
ひび割れがおきています。
もしかすると
封建社会から解放されたこの社会制度こそ
デモクラシーに基づいた
幸福な社会かもしれないと
過去の人は思ったかもしれませんがね。
しかしそれも
もうどうすることもできない壁に
ぶち当たっています。
また物質にも限界が来ています。
このまま維持を続けることは
不可能に近いですし
更に環境が破壊され
地球の本体維持にも
支障がおきてきています。
そういう中で
物質社会の限界を超えるために行き着いたのが
情報化という構造の
社会です。
あえて<構造>と書きましたが
これまでのヒエラルキー的構造とは
違う構造という意味です。
簡単にいうと
これまでのように
物質と情報が
独占されず
平等化されていく社会です。
つまり
物質社会のヒエラルキー構造が壊れ
場所的制約や
時間的制約を越え
誰でもが所有でき
見ること
知ることができるのが
情報です。
そして
その情報を共有するということが
構造化された社会へと
移行しつつあるというのが
今の社会です。
情報はあくまでも
情報です。
それを
使いこなすのは
個々人の意志です。
それでも情報を物質の所有にしか使えない人もいるでしょうし
旧来の頭の持ち主や
既得権者たちは
情報をも独占しよとしていますが
情報は独占しても
その使い方こそが重要であり
また、これほどの情報社会では
いずれは情報は
漏れていきます。
この情報化社会を人間は
どのように生きたらいいのか。
でもね~、
もう少しずつ
物質社会には
パラダイムシフトが起きてきていますし
今までなら
沈黙していた人々が
自己発信をはじめています。
これまでの
ヒエラルキーに統制された
意識が
どんどん薄れていっています。
また
政府行政やメディア、マスコミのコントロールの
統制を外れたところで
むしろ自己イメージに基づいた本音のところで
個々人が
それぞれの意識と価値観を
形成をし
発言を始めていると
いうことです。
もしかしたら
このパラダイムシフトはもう少しすると
これまでの倫理や道徳や宗教における
正統性をも覆すかもしれませんし
もうすでにその傾向は
いろんなところで
現れています。
つまり
国家や地域や人種、宗教を越えて
情報が交流したり共有されたり
さらに
お互いの利害も情報に依って流動化していきます。
こういう現象は
どんどん広がってゆくでしょう。
では
そういう社会で
情報に踊らされずに生きるには
どうしたらいいか・・・。
それにはまず
自分が
過去<物質社会>でのヒエラルキーのもたらす
価値観と統制の中で
何をしてきたかを
相対化する必要があります。
自分の頭の中が
物質文明で毒されていないかどうか。
過去の物質ヒエラルキー社会で
自分は
何に汚染されてきたか
或は
逆に依存してきたか。
もしかしたら
観念そのものが
そういう妄想に汚染されている人は
山ほどいるでしょう。
物を捨てられない人や
あたらしいバージョンのものが出ると
買わずにはいられないひとは
いませんか?
そしてね
人間の優劣を決めるかのような
ヒエラルキー社会のなかで
たくさんの人が
コンプレックス(劣等意識)や
逆の優越感に
汚染されてきたことは
間違いないでしょう。
くだらないヒエラルキーの価値観に
ディスカウントを受けた人も
たくさんいるでしょ。
物をもっていないことから
侮蔑を受けたり
さらに
学歴とか受験なんていう
くだらない妄想に傷ついた子供も若者も
たくさんいるでしょ。
そして
物質的商品価値にも
汚染されていませんか?
売れるものや
流行のものがいいという
思い込みです。
メディアや
権威と称される一部の人間がいいといったものが
いいという思い込みです。
これまでは
情報発信のツールがなかったのに
今は
個々人がいとも簡単に発信できています。
メディアやマスコミでの
偽装パッケージが
すぐ
バレてしまい、
それへの共感が
どんどん発信されている。
今話題になってる女性タレントも
そういう優等性のパッケージが
偽善的であったからでしょ。
でもね
それを見抜けなかった方も
ダメですね~。
でも
そういう風にこれまでのような
偽装がきかなくなるということです。
いかに私たちは
メディアに操作されていたかですね。
でもねそんなものも含めて
日本のメディアに対して
私が一番怒っているのは
女性がまるで
物のように商品化されてしまったことです。
女性の内容より
顔や容姿やおっぱいまでが
物として商品化されて
おばか女性がまかり通り
もっとひどいのは
日本のCMで
ポルノ化されている
女性の扱いです。
もうこれはね~
人間と
人間社会の退廃の極みですよ。
そういう中で
情報におどらないために
自己イメージを
しっかり築く必要があると
私は思います。
何が善くて
なにが
間違いか。
或は
自分が幻想化していることは
ほんとうにそうなのか、
どうなのか。
そして
最も大切なことは
その情報を通して
自分は
何を
見ようとしているのか。
何を
知ろうとしているのか。
どうぞ
情報の中身に
自分を
照らし合わせて
自分の姿を
みてください。
実は前回書いたように
物を持つ、買う、所有するということの中にも
自分が映し出されていました。
でも多くの人びとは
それにすら気づかず
物を買い、所有することを目的化して
物に踊りました。
同じように
情報を得ることや
情報を
所有することを
目的化すると
やはり
情報に踊り
踊らされます。
もの社会がもう破綻し
さらに
なぜ
破綻したかを
考えないのは
ほんとうに
愚かです。
物を所有したり
物による利便性の中で
エネルギーを消費して
もの社会を維持しようとするかぎり
エネルギー問題も
原発問題も
解決不能でどんどん先送りにするしかない。
そうではない情報社会とは
なにか。
情報は
<知>の世界です。
<知>とは知ることであり
知ることは
考えることです。
新しい情報世界だからこそ
世界の情報があまねく知れ渡り
そして
世界にいるのは
自分と同じような
人々です。
今回の熊本地震もアッという間に
世界へと情報が流れ
世界中のあちこちで
心配してくれる人がいる。
そういう新しい
<知>の世界こそを築く
その時代を生きる自分とは
どういう自分かを
しっかりイメージして
自分を
創造していくことだと
思います。
次回は
脳の世界からみた
自己イメージとはを
書いてみたいと
思います。

薔薇です。
先日買ってきました。
by denshinbashira
| 2016-05-21 14:56
| 創造性の根源にあるもの・ウエブ戦国時代
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