「死はこわくない」立花隆著!その2 |
もうひとつハッと気づかされたのは
脳が電気信号のデジタルマシンであるとともに
神経伝達物質が産みだす
ケミカルマシーンでもあるということです。
つまり
自分の記憶が貯めこんだデータを
瞬時にシャッウフルしそこから
デジタルに連鎖反応を起こしていくと同時に
シナップスの隙間を
<神経伝達物質>というケミカル物質で
つなぎ
そこには<抑制>と<興奮>による
神経の化学変化がおきるという訳です。
つまり記憶のデーターと
神経伝達物質とのコンビネーションで
私たちは記憶による
<こころもよう>を
おこしていると
いうわけですね。
脳は単に
連鎖、計算、統計をするだけでなく
記憶に仕込まれたデーターを使い
シュミレーションして
<命の保全>をしようとする。
しかしそこに
記憶の中でトラウマ化している
負の記憶や
その人間のマイナス思考があると
その人間を
後ろ向き感情へと
引っ張り込んでしまうということでしょう。
だからこそ
人間は特に幼児期、育成期にうけた
強烈なマイナイ体験や
親の無意識から子供の無意識へバトンされた
ネガティな
ローカルな感情や観念を
広く社会にでて
大勢の人間と出会い
社会のなかで揉まれながら
人生を懸けて
その
マイナスを
払拭していくかが
必要なのですね。
それが
幸福への道でもあると
いうことでしょうか。
だから
ほんとに
自己防衛して世の中から
逃げたり
引きこもったり
或は
自分を厚い殻で武装して
他人と接している限り
自分の中の
◎最も自分の足をひっぱっている心理現象を
・お掃除することも
・解決することも
できないと
いうことだと思います。
そして困ったことに
自分の脳の中を
そういう風にシフトしてしまうと
脳は
それが
その人の命の保全に繋がると
思いこんでしまうのです。
なぜなら
その人がそういうシフトでいる時が
その人の心身が一番安定するからです。
でもね
その安定と引き換えに
その人はどんどん
そういう風に偏っていきます。
偏れば偏るほど
その人間はマイナス思考や
ネガティヴ感情が強化され
その反対に
本当は他者と共存していくために
いろいろな人間と出会い
さらに
たくさんの
体験や経験によって
・気づき
・開かれ
さらに
・磨かれていかなければならない
・適応能力や
・協調性や
・自分の感性などが
どんどん疎外されていきます。
歳をとっても
熟すどころか
老いの一徹や
独りよがりという
未熟さを
抱えたままになってしまいます。
自分を変えていくのは
失敗や挫折です。
人生は自分の想定外の場でもあるからです。
・痛い体験や
・苦い体験のなかでの
気づきこそが
その人を豊かにしていくのです。
しかしせっかくのその
痛い体験や
苦い体験をしても
気づこうとしない限り
それらは水の泡になってしまいます。
成功体験は
単に努力したことが実るだけでは
片手落ちです。
そうではなく
自分の殻から抜け出し
未知の世界へ勇気を出して踏み込み
そしてそこで
自分が想定することさえできなかった
◎人間(他者)の温かさに触れることです。
◎同じ時代や同じ環境や同じ状況のなかで
生きている
他者の一生懸命さに
触れることです。
自分が独りよがりに
自己防衛したり
殻のなかにいては
決して味わえない
◎生きるということを共同して得られる
喜びです。
心の扉をひらいてこそ
風が入り
光がさしてきます。
そう考えると
脳はいつも
私たちに問いかけているように
思います。
あんたは
どう
生きるんだい!
とです。
脳は決して甘くはありません。
一歩間違えると
どんどん自分の幸福が
それていきます。
でも
どう生きるかを
気づき
考えつかせてくれるのも
自分の脳です。
あんたは
どう
いきるのかい?
と
ですね。