2017年 03月 05日
遠野から帰ってきました。その2 |
どうしてたおりさんが遠野に関わったか・・??
というと
ひとつは
・友人の奥友志津子さんが遠野に住んでいること。
・若いころから宮沢賢治の作品と
・その自画像に大変興味をもっていたこと。
※ 宮澤賢治の自我像といっても
神格化され、求道者として偶像化された賢治ではなく
一人の生々しい<にんげん>としての賢治です。
そしてもっとも大きなファクターは
●遠野物語です。
もし遠野に<遠野物語>という
独特の世界がなければ、
私はそのまま素通りしたと思います。
多分遠野のことも、
他の地方都市と同じくらいにしか
思わなかったと思います。
最初遠野に来た時はびっくりしました。
ええ~!あの遠野がこんなにさびれている
という驚きです。
私達の若い頃は
遠野は
・乙女があこがれる、ファンタジアの国でした。
田舎と言えどもそこには
他の田舎では消えてしまった
・懐かしい光景がたくさん残っている
ロマンの地で、
早池峰山のふもとには
・馬と住む曲がり屋や、
・水車や、
・カッパの住む渕や
・ザシキワラシや
・雪女の伝説などが
昔そのまま、今もあるという、
少なくとも私にとっては一度は行ってみたい
憧れの地でした。
ほんとに遠野の人には
失礼ですが
当時の華やいだ面影は
まったく見られず
どうしたの・・・と
おもいました。
さらに驚いたのは遠野では
そういう遠野物語は下火になっていて
・消えてはいないが
ありきたりの観光地とおなじ体になっている。
ということでした。
どうしてあの妖怪たちを
いかさないのか・・・?
という疑問がひしひしと
湧いてきました。
まあ目についたのは
カッパくらいで
後の妖怪はどこへいっちゃたの??
という感じです。
それで観光案内のパンフをみたら
それはほとんど
<文字>で書かれたものでした。
※当時は7年前ですから文字説明が多かったですが、
しかし現在は
ずいぶん
●視覚的なパンフレットに
改正されています。
そして土産物を見てみましたら
ほとんどがカッパのラベルで
しかも遠野産というより
花巻産のものが多いように思いました。
さらに
東京銀座にある岩手県のアンテナショップに行きましたら
そこでは
遠野・・というアピールが特になされてはおらず、
店のあちらこちらに遠野の品物が
点在して置かれていました。
その品物にも妖怪の姿はなく
ごく一般的なもので
他所との差別化もなく
まあ沢山の品物の中で
いわゆる
埋没状態でした。
もったいないな~
と
思いました。
●あんなにたくさんのキャラクターがいるのに
なぜ、それらを
・登場させ
・仕事をさせないのかな~???
彼らこそ
●お金を産む
・
打ち出の小づちなのに・・??
と。
その時、私の頭のなかに
一瞬にしてひらめいたのです。
ある企画の全貌が
見えたのです。
遠野産の産物や土産物に
・色とりどりの妖怪キャラクタ-のラベルが貼られ
あゝこの妖怪、あの妖怪
こっちにも
あっちにも妖怪がいる・・・と言う風に
もう
遠野のいろいろな産物すべてに
妖怪のラベルが貼られて
店頭に並んでいる。
その空間は
・妖怪に特化した遊園地か
・テーマパークかのように
豊かに賑わっている。
買う人は
どの妖怪を買おうかと
ワクワクしながら商品をみて
探している。
そういうシーンが
目に浮かびました。
そしてそれらを見て
私もわくわくしました。
それにそれらの妖怪は
●今までみたこともない
●遠野の市民とこどもたちが描いた妖怪なんですから・・・。
もしかしたら遠野の人は
妖怪を使うには
いわゆるデザイナーが描いた絵とか
いわゆるちゃんとした絵でなければならないとか
そういうめんどくさくて
お金がかかるようなこととして
発想している
或は
思いこんでいるんじゃないかな~
とも思いました。
まあ、いずれにしろ
遠野が妖怪のキャラクターを
使いこなせていないことは
明瞭でした。
●遠野の妖怪は地下で冬眠している!!
奥友さんに遠野の現状をいろいろ聞きました。
・町の行政のことや
・人口のことや
・老齢化のことや
・さらに土地の考え方や
・遠野の人達の感性や感受性などについても。
あゝ遠野は遠野の価値に気づけないでいる!!
そして
その使い方も分からず妖怪を放置している!!
と思いました。
もし
・遠野の産物全てに
・妖怪アイコンがついていたら
それだけで
・遠野の産物は特化され
・遠野も特化地域になりうる。
遠野といえば妖怪!!
妖怪といえば遠野!!
遠野は妖怪の聖地である!!!
もう終末期に入っている私の最後の仕事として
●遠野妖怪の目をさまそう!!
もう一度、妖怪よ
遠野のために働いてくれ!!
それには
どうしたらいいか・・???
まずは遠野のひとですら
忘れかけている妖怪を
思いだしてもらい
「うちらには妖怪がいた!」
ということに目覚めてもらいたい!
妖怪という文化資源があることにです。
そのためには
遠野の市民に
・遠野の妖怪を描いてもらうパフォーマンスを提案し
そして
・描いてもらった妖怪の絵をすべて
展示する!!
そういう企画をたてました。
そしたらね!!
まあ、200点近くの妖怪の絵が
あつまりました。

それがみんな面白くて
そしてユニークなんです。
反対に
いわゆる世の中に氾濫している企画的な妖怪の絵は
ほとんどありませんでした。
遠野の子供たちがいかに
中央の
・企画品的な妖怪に
毒されていないか・・・が
分りました。
子供たちは
自由に
楽しく描いてくれたと
思います。
どうぞ想像してください!
これらの妖怪のラベルが貼れて
店頭で売られている品物の姿を!!
それが一堂に並べられると
かなり
壮観です。
壮観な妖怪ワールドが
即
そこに顕われてきます。
遠野でも
東京でも
遠野産といえば
市民や子供たちが描いた妖怪のシールが貼ってある!!
というコマーシャルになります。
そして最大の獲得目標は
遠野の市民と子供たちに
俺っちには
妖怪がいる!!
という
覚醒をしてもらいたい。
そういうことを
明白に自覚してもらえれば最高です!
そして
こんな風に妖怪をつかえるよ!
ということも
具体的に
●視覚的に
見てもらう!
なんでもそうですが
思いついただけでは話になりません。
アイディアを打ち上げるのは
だれにでもできます。
しかしそれを
どのように行動化し
実現していくかです。
友人である奥友さんは
遠野の貴重な人材でもあります。
その奥友さんにも
私と一緒にこの企画を実行していく過程で
物事を成し遂げていくための
沢山のノウハウを
体験し
獲得してもらいたい。
とも思いました。
私のできることなど
たかがしれています。
それでも
最低限度
遠野の妖怪を
自分達の手で描く。
何でも他者や専門家に
依存しないでまず
自分達の手でやってみる!
自分の中の可能性に
気づくことこそが
まず第一歩です。
気づいたら
やってみる!!
ひらめいたら
やってみる!
失敗を恐れず
やってみる!!
いざこの企画をもって
遠野中を歩き回りましたら
以外にも
遠野を再生しようとする
沢山の人びとに
出会いました。
街のなかのおかみさんにも
若い青年たちにも
そして元気なオジサン、
おばさんたちにも
出会いました。
遠野の現状に危機感をもつひとびとです。
だから少し安心しました。
その方々の協力をえながら
とにかくこの企画をやり遂げました。
皆さん
ありがとう!
私は自分の子供たちに何を残すかというと
それは
自分が
生きて見せる
ことだと考えています。
どのように私が生きたか
ということこそが
最上の遺産になると
思います。
世の中どうにもならないことだらけです。
しかし
それでも
自分がやる価値があるとおもったら
まずは
取り組んで
やり抜いてみる!!
そういう意味では
遠野はやる価値があると思います。
冒頭にも書きましたが
もし遠野物語がなかったら
私はきっと素通りしたと
思います。
ということは
遠野物語のなかには
潜在的な可能性が
あるのだと
思います。
明日は遠野についての
私の感想やこの企画の資金のことを
書きたいとおもっています。
というと
ひとつは
・友人の奥友志津子さんが遠野に住んでいること。
・若いころから宮沢賢治の作品と
・その自画像に大変興味をもっていたこと。
※ 宮澤賢治の自我像といっても
神格化され、求道者として偶像化された賢治ではなく
一人の生々しい<にんげん>としての賢治です。
そしてもっとも大きなファクターは
●遠野物語です。
もし遠野に<遠野物語>という
独特の世界がなければ、
私はそのまま素通りしたと思います。
多分遠野のことも、
他の地方都市と同じくらいにしか
思わなかったと思います。
最初遠野に来た時はびっくりしました。
ええ~!あの遠野がこんなにさびれている
という驚きです。
私達の若い頃は
遠野は
・乙女があこがれる、ファンタジアの国でした。
田舎と言えどもそこには
他の田舎では消えてしまった
・懐かしい光景がたくさん残っている
ロマンの地で、
早池峰山のふもとには
・馬と住む曲がり屋や、
・水車や、
・カッパの住む渕や
・ザシキワラシや
・雪女の伝説などが
昔そのまま、今もあるという、
少なくとも私にとっては一度は行ってみたい
憧れの地でした。
ほんとに遠野の人には
失礼ですが
当時の華やいだ面影は
まったく見られず
どうしたの・・・と
おもいました。
さらに驚いたのは遠野では
そういう遠野物語は下火になっていて
・消えてはいないが
ありきたりの観光地とおなじ体になっている。
ということでした。
どうしてあの妖怪たちを
いかさないのか・・・?
という疑問がひしひしと
湧いてきました。
まあ目についたのは
カッパくらいで
後の妖怪はどこへいっちゃたの??
という感じです。
それで観光案内のパンフをみたら
それはほとんど
<文字>で書かれたものでした。
※当時は7年前ですから文字説明が多かったですが、
しかし現在は
ずいぶん
●視覚的なパンフレットに
改正されています。
そして土産物を見てみましたら
ほとんどがカッパのラベルで
しかも遠野産というより
花巻産のものが多いように思いました。
さらに
東京銀座にある岩手県のアンテナショップに行きましたら
そこでは
遠野・・というアピールが特になされてはおらず、
店のあちらこちらに遠野の品物が
点在して置かれていました。
その品物にも妖怪の姿はなく
ごく一般的なもので
他所との差別化もなく
まあ沢山の品物の中で
いわゆる
埋没状態でした。
もったいないな~
と
思いました。
●あんなにたくさんのキャラクターがいるのに
なぜ、それらを
・登場させ
・仕事をさせないのかな~???
彼らこそ
●お金を産む
・
打ち出の小づちなのに・・??
と。
その時、私の頭のなかに
一瞬にしてひらめいたのです。
ある企画の全貌が
見えたのです。
遠野産の産物や土産物に
・色とりどりの妖怪キャラクタ-のラベルが貼られ
あゝこの妖怪、あの妖怪
こっちにも
あっちにも妖怪がいる・・・と言う風に
もう
遠野のいろいろな産物すべてに
妖怪のラベルが貼られて
店頭に並んでいる。
その空間は
・妖怪に特化した遊園地か
・テーマパークかのように
豊かに賑わっている。
買う人は
どの妖怪を買おうかと
ワクワクしながら商品をみて
探している。
そういうシーンが
目に浮かびました。
そしてそれらを見て
私もわくわくしました。
それにそれらの妖怪は
●今までみたこともない
●遠野の市民とこどもたちが描いた妖怪なんですから・・・。
もしかしたら遠野の人は
妖怪を使うには
いわゆるデザイナーが描いた絵とか
いわゆるちゃんとした絵でなければならないとか
そういうめんどくさくて
お金がかかるようなこととして
発想している
或は
思いこんでいるんじゃないかな~
とも思いました。
まあ、いずれにしろ
遠野が妖怪のキャラクターを
使いこなせていないことは
明瞭でした。
●遠野の妖怪は地下で冬眠している!!
奥友さんに遠野の現状をいろいろ聞きました。
・町の行政のことや
・人口のことや
・老齢化のことや
・さらに土地の考え方や
・遠野の人達の感性や感受性などについても。
あゝ遠野は遠野の価値に気づけないでいる!!
そして
その使い方も分からず妖怪を放置している!!
と思いました。
もし
・遠野の産物全てに
・妖怪アイコンがついていたら
それだけで
・遠野の産物は特化され
・遠野も特化地域になりうる。
遠野といえば妖怪!!
妖怪といえば遠野!!
遠野は妖怪の聖地である!!!
もう終末期に入っている私の最後の仕事として
●遠野妖怪の目をさまそう!!
もう一度、妖怪よ
遠野のために働いてくれ!!
それには
どうしたらいいか・・???
まずは遠野のひとですら
忘れかけている妖怪を
思いだしてもらい
「うちらには妖怪がいた!」
ということに目覚めてもらいたい!
妖怪という文化資源があることにです。
そのためには
遠野の市民に
・遠野の妖怪を描いてもらうパフォーマンスを提案し
そして
・描いてもらった妖怪の絵をすべて
展示する!!
そういう企画をたてました。
そしたらね!!
まあ、200点近くの妖怪の絵が
あつまりました。

それがみんな面白くて
そしてユニークなんです。
反対に
いわゆる世の中に氾濫している企画的な妖怪の絵は
ほとんどありませんでした。
遠野の子供たちがいかに
中央の
・企画品的な妖怪に
毒されていないか・・・が
分りました。
子供たちは
自由に
楽しく描いてくれたと
思います。
どうぞ想像してください!
これらの妖怪のラベルが貼れて
店頭で売られている品物の姿を!!
それが一堂に並べられると
かなり
壮観です。
壮観な妖怪ワールドが
即
そこに顕われてきます。
遠野でも
東京でも
遠野産といえば
市民や子供たちが描いた妖怪のシールが貼ってある!!
というコマーシャルになります。
そして最大の獲得目標は
遠野の市民と子供たちに
俺っちには
妖怪がいる!!
という
覚醒をしてもらいたい。
そういうことを
明白に自覚してもらえれば最高です!
そして
こんな風に妖怪をつかえるよ!
ということも
具体的に
●視覚的に
見てもらう!
なんでもそうですが
思いついただけでは話になりません。
アイディアを打ち上げるのは
だれにでもできます。
しかしそれを
どのように行動化し
実現していくかです。
友人である奥友さんは
遠野の貴重な人材でもあります。
その奥友さんにも
私と一緒にこの企画を実行していく過程で
物事を成し遂げていくための
沢山のノウハウを
体験し
獲得してもらいたい。
とも思いました。
私のできることなど
たかがしれています。
それでも
最低限度
遠野の妖怪を
自分達の手で描く。
何でも他者や専門家に
依存しないでまず
自分達の手でやってみる!
自分の中の可能性に
気づくことこそが
まず第一歩です。
気づいたら
やってみる!!
ひらめいたら
やってみる!
失敗を恐れず
やってみる!!
いざこの企画をもって
遠野中を歩き回りましたら
以外にも
遠野を再生しようとする
沢山の人びとに
出会いました。
街のなかのおかみさんにも
若い青年たちにも
そして元気なオジサン、
おばさんたちにも
出会いました。
遠野の現状に危機感をもつひとびとです。
だから少し安心しました。
その方々の協力をえながら
とにかくこの企画をやり遂げました。
皆さん
ありがとう!
私は自分の子供たちに何を残すかというと
それは
自分が
生きて見せる
ことだと考えています。
どのように私が生きたか
ということこそが
最上の遺産になると
思います。
世の中どうにもならないことだらけです。
しかし
それでも
自分がやる価値があるとおもったら
まずは
取り組んで
やり抜いてみる!!
そういう意味では
遠野はやる価値があると思います。
冒頭にも書きましたが
もし遠野物語がなかったら
私はきっと素通りしたと
思います。
ということは
遠野物語のなかには
潜在的な可能性が
あるのだと
思います。
明日は遠野についての
私の感想やこの企画の資金のことを
書きたいとおもっています。
by denshinbashira
| 2017-03-05 11:51
| 遠野プロジェクト
|
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