2017年 03月 07日
遠野から帰ってきました。その3、遠野よ永遠なれ!! |
●遠野産の品物には
遠野の市民とこどもたちが描いたアイコンが
貼ってある!!
ということは
確実に
●遠野のコマーシャルになります。
そして花巻始め近郊の都市で作った
いかにも遠野産という風な品物には
それが貼ってありませんから
確実にそれらとも
・差別化ができます。
また
首都圏でそれらが売られる場合には
・妖怪アイコンは
・より一層の購買効果を産むでしょう!!
※昨年の「遠野の妖怪フェスティバル」の応募作品は
カタログにして遠野の人がいつでも使えるように
今準備中です。
このカタログの妖怪を使えるのは
遠野市民だけに限定されます。
遠野の現在に関しての
私の感想としては
遠野をよりいっそう
●演出するということが
遠野全般において必要な気がします。
そして時代を遠望してみると
さらに遠野の可能性が
出てきます。
実は遠野には大きな可能性があるのです。
それは
・世の中はどんどんデジタル化してゆき
さらに
・経済がグローバル化して行けば
行くほど
遠野に可能性が顕われていきます。
どういうことかというと。
世の中がどんどんデジタル化すればするほど
ほんとうに遠野の人には失礼ですが
・時間が止まり
・時代に置き去りにされたような
・日本の原風景が
・のどかに
・健やかに
・優しくのこっている遠野こそが
それらの人々の
尖りきった神経を鎮め
戦いを忘れ
ふ~っと自分を回復する空間になりうるのです。
今後も
日本経済が世界と競いあえばあうほど
日本の人々は
その過当競争のなかで
揉まれ、そして疲れ果てていくでしょう。
それを担う人々は
その中で
・日本的アイデンティティーを失いながらも
そのサイクルのなかでいきるしか
なくなるのです
世界と戦う日本のビジネスの
最前線である首都圏その他と
●真逆の対極にあるのが
遠野です
もう半ば運命的に
グローバル世界でしかいきれない日本が
疲労困憊する中で
自己回復、自己再生する場として
時代がデジタル化すればするほど
遠野に価値がうまれるでしょう。
先日私は東京新宿の伊勢丹デパートに
行ってきました。
新宿伊勢丹は東京にある他のデパートに比べ
最先端のトップを走っています。
だから世界中のデザイナーブランドが集まり
そのディスプレイはまるで
アート空間のように
・美しく・華麗で・斬新で
そして
・攻撃的で・尖がっています。
一歩入った途端に
もうめまいがするように
キラキラと輝いています。
でもね
疲れます。
伊勢丹は世界と向き合い
そして
世界と戦う
世界ビジネスの前線の場です。
でもね
疲れます。
つまり
こういう伊勢丹のように
世界と戦う日本のビジネスの
最前線と
真逆にあるのが
遠野です。
神経のすり減った日本ではなく
昔からの日本、
消費文化に消費されていない日本
その原風景がある
遠野の価値です。
観光地として通俗的な消費を
されなかったがゆえに
美しい日本の面影をのこしている町遠野です。
遠野に来る観光客は
いわゆる観光バスでのりつけて
観光を浪費していく人々ではありません。
また昔を懐かしむ年寄りの観光客でも
ありませんよ。
そうではなく
現役のビジネスの最先端で
働いている
若い人達です。
そしてその家族です。
これからは
そういう人達がターゲットです。
・遠野をピクニックしながら
・ゆっくり家族の時間をとりもどしてもらうのです。
・ひとり旅や数人のグループで
・自分達の知的な興味を満足させたい人々や
・自分の内面と向き合いたい人が
・遠野を歩きながら
・自転車でサイクリングしながら
そして遠野の優しい懐かしい風景の中で
自分をとりもどしていく。
また
・妖怪というコアな世界を求め
・そのパワーのある世界
・その物語の世界を探す
人々。
ちなみに妖怪は人間の無意識にある
元型的意識ですから
いくら時代が進歩しても
妖怪幻想が消えることは
ありません。
そして
・ほんとうに日本のことを知りたい
・外国のインテリのYUO 達も
・日本のルーツを求めて
来るでしょう。
でもね
今の遠野は
それらを受け入れる準備ができていないように
私は思います。
すこし旅人に
そっけないかな~!
もう少し旅人の側にたって
観光ビジネスを展開したらどうでしょう!!
おもいきって
これまでの観光プランを
根底から見直して
頭を柔らかくやわらかく発想して
いままでにはない
斬新な新しい観光プランの設計にし直したら
どうでしょうか??
その時
間違えていけないことは
●決して都会風の遠野では
なく
・今のままの
●日本の原風景としての遠野を
如何に演出し
生かすか
ということだと思います。
つまり
●日本の原風景と妖怪の郷、遠野です。
・日本のどこにもない、
・世界のどこにもない
遠野ですぞ!
もうひとつ大切なことは
そのプランと設計図は
いわゆる
・専門のプランナーとか
・コンサルタントに
頼むのではなく
まずは
遠野の若者が
●自分達で立ちあげて
やる!!
●無駄なお金や資本投入を
しないのです。
●難しいく考えないで
まずは
・自分達で
・考え
・これまでの遠野の観光を
・検証し
そして
・自分達で新しいプランと
・観光設計図を描いてみる。
たどたどしくても
未熟でもいいから
・自分達で
・遠野中を視察し
・検討し
観光スポットが
・点在している遠野の
・観光導線や
・移動手段まで含めて
そしてどうしたら
観光客が満足し
リピーターになってくれるかを
考える。
観光客の身になって
考える!
それができてから
今度は
●客観的な視点をもつ
・遠野以外のひと達、
それも
・忌憚なく、
・率直に意見を言ってくれる
信頼のできる人をに意見を求め
それらのひとびとと共同して
少しずつプランと設計図を
煮詰めていく。
客観的な視点とは
●観光客の側からみた
・遠野の現状はどう見えるか?
・どこをどのように改善したら
・いいか?
を
・観光客の視点でみることです。
どうでしょうか?
遠野はそういう風に生きのびてゆけないだろうか?
少なくとも私の眼には
危機感をもった若者達がいるように
見えました。
ぬるま湯につかり
危機に直面せず
知らないうちにどんどん茹って
死んでしまうという
ビジネス界の危機の例として言われている
<茹でガエルシンドローム>に陥らないように
若者たちに力を発揮してほしいなあ~と
思います。
そのためには
遠野がしっかりと
ひとつになって
全員で
考え
議論し
行動、実践し
コツコツと
ひとつひとつを
確実に実現していく。
それはもしかしたら
大変なことで
気が遠くなる作業かもしれないけれど
でも
未来のために
青写真を作る意欲を
持って努力することです。
●カギは遠野の若者たちにあると
私は思います。
そして
遠野に観光に来るのも
まさに首都圏の
若者達だと思います。
さて
奥友さんと私がやっている
「遠野の妖怪アイコンフェスティバル」ですが
その獲得目標は
遠野の市民や子供たちに
遠野には
妖怪という
素晴らしい資源があるぞ~!
と
気づいてもらいたいのです。
いわゆる水木しげるさんの妖怪は
水木しげるさん個人がつくりだしたものです。
でも
遠野の妖怪は
遠野の
・風土と歴史がつくりだした妖怪たちです。
つまり
自分たちの先祖がつくりだした
●ファンタジー世界なのです。
それでも過去の妖怪たちは
どちらかというと
恐ろしい怨念がある妖怪たちですが
でも
それを今度は
・愉快な楽しい
・メッセンジャーとして
◎遠野の共有財産にし
働いてもらったらいいと思います。
最後にこの催しの費用は
どこから出ているのかと思われるひとが
いるとおもいますが
今のところ
私の年金で賄っています。
幸いなことに
私の生活費はこれまでの貯えで
なんとかできますので
年金はなにか有意義なことに使いたいと
おもっています。
この催しの費用は
・ポスターとチラシの印刷代
・作品を展示するための台紙代
・缶バッチとシールの製作費
・手伝ってくれるスタッフの交通費および宿泊費及び滞在雑費
・その他の雑費いろいろ
です。
ポスターとチラシのデザインは
漫画家である奥友さんが担当してくれています。
また
遠野のなかを廻るのは
奥友さんが車とガソリン代を負担してくれています。
また
昨年作ったショートムービーの撮影と編集は
村上浩康映画監督と佐藤記央君が
無償でやってくださいました。
だから
今70歳である私の体力がつき
奥友さんの体力がつき、そして
私の年金を投入できなくなった時、
この企画はお終いになります。
でも
少なくとも、少しずつでも
遠野の地下に眠る妖怪が目覚め
なんらかの形で
遠野のために役にたってくれれば
もう
それだけでいいです。
そして遠野の中から
ひとりでも
二人でも
私たちの催しに
参加してくれる人を
望んでいます。
私は遠野にゆくたびに
都会のせかせかした気持ちが消え
自分のとげとげしい神経が
癒されます。
そして遠野の人に会うことが
もう、
ほんとうに
楽しいです!!
さてこれで「遠野からかえってきました。」シリーズは
終わります。
いろいろと
勝手なことばかり書きましたが
どうぞお許しください!!
ひたすら
心のふるさと遠野が
永遠であることを
願っています!!

遠野のみんなの缶バッチです!!
素敵です!!
遠野の市民とこどもたちが描いたアイコンが
貼ってある!!
ということは
確実に
●遠野のコマーシャルになります。
そして花巻始め近郊の都市で作った
いかにも遠野産という風な品物には
それが貼ってありませんから
確実にそれらとも
・差別化ができます。
また
首都圏でそれらが売られる場合には
・妖怪アイコンは
・より一層の購買効果を産むでしょう!!
※昨年の「遠野の妖怪フェスティバル」の応募作品は
カタログにして遠野の人がいつでも使えるように
今準備中です。
このカタログの妖怪を使えるのは
遠野市民だけに限定されます。
遠野の現在に関しての
私の感想としては
遠野をよりいっそう
●演出するということが
遠野全般において必要な気がします。
そして時代を遠望してみると
さらに遠野の可能性が
出てきます。
実は遠野には大きな可能性があるのです。
それは
・世の中はどんどんデジタル化してゆき
さらに
・経済がグローバル化して行けば
行くほど
遠野に可能性が顕われていきます。
どういうことかというと。
世の中がどんどんデジタル化すればするほど
ほんとうに遠野の人には失礼ですが
・時間が止まり
・時代に置き去りにされたような
・日本の原風景が
・のどかに
・健やかに
・優しくのこっている遠野こそが
それらの人々の
尖りきった神経を鎮め
戦いを忘れ
ふ~っと自分を回復する空間になりうるのです。
今後も
日本経済が世界と競いあえばあうほど
日本の人々は
その過当競争のなかで
揉まれ、そして疲れ果てていくでしょう。
それを担う人々は
その中で
・日本的アイデンティティーを失いながらも
そのサイクルのなかでいきるしか
なくなるのです
世界と戦う日本のビジネスの
最前線である首都圏その他と
●真逆の対極にあるのが
遠野です
もう半ば運命的に
グローバル世界でしかいきれない日本が
疲労困憊する中で
自己回復、自己再生する場として
時代がデジタル化すればするほど
遠野に価値がうまれるでしょう。
先日私は東京新宿の伊勢丹デパートに
行ってきました。
新宿伊勢丹は東京にある他のデパートに比べ
最先端のトップを走っています。
だから世界中のデザイナーブランドが集まり
そのディスプレイはまるで
アート空間のように
・美しく・華麗で・斬新で
そして
・攻撃的で・尖がっています。
一歩入った途端に
もうめまいがするように
キラキラと輝いています。
でもね
疲れます。
伊勢丹は世界と向き合い
そして
世界と戦う
世界ビジネスの前線の場です。
でもね
疲れます。
つまり
こういう伊勢丹のように
世界と戦う日本のビジネスの
最前線と
真逆にあるのが
遠野です。
神経のすり減った日本ではなく
昔からの日本、
消費文化に消費されていない日本
その原風景がある
遠野の価値です。
観光地として通俗的な消費を
されなかったがゆえに
美しい日本の面影をのこしている町遠野です。
遠野に来る観光客は
いわゆる観光バスでのりつけて
観光を浪費していく人々ではありません。
また昔を懐かしむ年寄りの観光客でも
ありませんよ。
そうではなく
現役のビジネスの最先端で
働いている
若い人達です。
そしてその家族です。
これからは
そういう人達がターゲットです。
・遠野をピクニックしながら
・ゆっくり家族の時間をとりもどしてもらうのです。
・ひとり旅や数人のグループで
・自分達の知的な興味を満足させたい人々や
・自分の内面と向き合いたい人が
・遠野を歩きながら
・自転車でサイクリングしながら
そして遠野の優しい懐かしい風景の中で
自分をとりもどしていく。
また
・妖怪というコアな世界を求め
・そのパワーのある世界
・その物語の世界を探す
人々。
ちなみに妖怪は人間の無意識にある
元型的意識ですから
いくら時代が進歩しても
妖怪幻想が消えることは
ありません。
そして
・ほんとうに日本のことを知りたい
・外国のインテリのYUO 達も
・日本のルーツを求めて
来るでしょう。
でもね
今の遠野は
それらを受け入れる準備ができていないように
私は思います。
すこし旅人に
そっけないかな~!
もう少し旅人の側にたって
観光ビジネスを展開したらどうでしょう!!
おもいきって
これまでの観光プランを
根底から見直して
頭を柔らかくやわらかく発想して
いままでにはない
斬新な新しい観光プランの設計にし直したら
どうでしょうか??
その時
間違えていけないことは
●決して都会風の遠野では
なく
・今のままの
●日本の原風景としての遠野を
如何に演出し
生かすか
ということだと思います。
つまり
●日本の原風景と妖怪の郷、遠野です。
・日本のどこにもない、
・世界のどこにもない
遠野ですぞ!
もうひとつ大切なことは
そのプランと設計図は
いわゆる
・専門のプランナーとか
・コンサルタントに
頼むのではなく
まずは
遠野の若者が
●自分達で立ちあげて
やる!!
●無駄なお金や資本投入を
しないのです。
●難しいく考えないで
まずは
・自分達で
・考え
・これまでの遠野の観光を
・検証し
そして
・自分達で新しいプランと
・観光設計図を描いてみる。
たどたどしくても
未熟でもいいから
・自分達で
・遠野中を視察し
・検討し
観光スポットが
・点在している遠野の
・観光導線や
・移動手段まで含めて
そしてどうしたら
観光客が満足し
リピーターになってくれるかを
考える。
観光客の身になって
考える!
それができてから
今度は
●客観的な視点をもつ
・遠野以外のひと達、
それも
・忌憚なく、
・率直に意見を言ってくれる
信頼のできる人をに意見を求め
それらのひとびとと共同して
少しずつプランと設計図を
煮詰めていく。
客観的な視点とは
●観光客の側からみた
・遠野の現状はどう見えるか?
・どこをどのように改善したら
・いいか?
を
・観光客の視点でみることです。
どうでしょうか?
遠野はそういう風に生きのびてゆけないだろうか?
少なくとも私の眼には
危機感をもった若者達がいるように
見えました。
ぬるま湯につかり
危機に直面せず
知らないうちにどんどん茹って
死んでしまうという
ビジネス界の危機の例として言われている
<茹でガエルシンドローム>に陥らないように
若者たちに力を発揮してほしいなあ~と
思います。
そのためには
遠野がしっかりと
ひとつになって
全員で
考え
議論し
行動、実践し
コツコツと
ひとつひとつを
確実に実現していく。
それはもしかしたら
大変なことで
気が遠くなる作業かもしれないけれど
でも
未来のために
青写真を作る意欲を
持って努力することです。
●カギは遠野の若者たちにあると
私は思います。
そして
遠野に観光に来るのも
まさに首都圏の
若者達だと思います。
さて
奥友さんと私がやっている
「遠野の妖怪アイコンフェスティバル」ですが
その獲得目標は
遠野の市民や子供たちに
遠野には
妖怪という
素晴らしい資源があるぞ~!
と
気づいてもらいたいのです。
いわゆる水木しげるさんの妖怪は
水木しげるさん個人がつくりだしたものです。
でも
遠野の妖怪は
遠野の
・風土と歴史がつくりだした妖怪たちです。
つまり
自分たちの先祖がつくりだした
●ファンタジー世界なのです。
それでも過去の妖怪たちは
どちらかというと
恐ろしい怨念がある妖怪たちですが
でも
それを今度は
・愉快な楽しい
・メッセンジャーとして
◎遠野の共有財産にし
働いてもらったらいいと思います。
最後にこの催しの費用は
どこから出ているのかと思われるひとが
いるとおもいますが
今のところ
私の年金で賄っています。
幸いなことに
私の生活費はこれまでの貯えで
なんとかできますので
年金はなにか有意義なことに使いたいと
おもっています。
この催しの費用は
・ポスターとチラシの印刷代
・作品を展示するための台紙代
・缶バッチとシールの製作費
・手伝ってくれるスタッフの交通費および宿泊費及び滞在雑費
・その他の雑費いろいろ
です。
ポスターとチラシのデザインは
漫画家である奥友さんが担当してくれています。
また
遠野のなかを廻るのは
奥友さんが車とガソリン代を負担してくれています。
また
昨年作ったショートムービーの撮影と編集は
村上浩康映画監督と佐藤記央君が
無償でやってくださいました。
だから
今70歳である私の体力がつき
奥友さんの体力がつき、そして
私の年金を投入できなくなった時、
この企画はお終いになります。
でも
少なくとも、少しずつでも
遠野の地下に眠る妖怪が目覚め
なんらかの形で
遠野のために役にたってくれれば
もう
それだけでいいです。
そして遠野の中から
ひとりでも
二人でも
私たちの催しに
参加してくれる人を
望んでいます。
私は遠野にゆくたびに
都会のせかせかした気持ちが消え
自分のとげとげしい神経が
癒されます。
そして遠野の人に会うことが
もう、
ほんとうに
楽しいです!!
さてこれで「遠野からかえってきました。」シリーズは
終わります。
いろいろと
勝手なことばかり書きましたが
どうぞお許しください!!
ひたすら
心のふるさと遠野が
永遠であることを
願っています!!

遠野のみんなの缶バッチです!!
by denshinbashira
| 2017-03-07 06:19
| 遠野プロジェクト
|
Comments(0)

