2017年 03月 11日
善き知らせ、エヴァンゲリオン!! |
もうすぐ春なのだからかしら
つぎつぎと吉報が
届く。
能勢さんの文科大臣賞受賞をはじめ
・親御さんとの雪解け報告。
・小説を描き上げたYさんのこと。
そして
・若い青年が自分が
自分の自我がぺしゃんこになる中から
立ち直り、自分の自我を乗り越えたという報告。
みんな
自分の自我との戦いを乗り越えて素晴らしいです。
嬉しいです!!
人間はそれぞれが自分の現実をつくりだします。
そしてその現実に
直面することが
とても大事なのですね。
自分の現実から目をそらしたり
逃げたりしたらもう
そこからは
・退廃と
・後退しかありません。
昨日ある人が訪ねてきました。
以前交流のあった人です。
そして私は
じ~っとその人の話を聞きました。
しかし
その人のこころは
とてもすさんでいるように思いました。
現実のなにひとつ思うようにはならず
自分ののぞんだことと現実には
大きな乖離があることをはなされました。
彼女の話はほとんどが否定的な話になりました。
でもね
私は実は
その人の自我のプライドに問題があるように
おもいました。
その人は学生時代優秀であり
他のひとよりも輝いていました。
しかし
その輝きのプライドが
彼女の人生を邪魔してしまいました。
人生は甘くはありませんよ。
自分のプライドなんて
実社会にでれば
何度も何度も叩き潰されます。
そのたたきつぶされるごとに
・人間とはなにか
・社会とはなにか
そして
◎人間のリアリティーがみえてくるのです。
自分がぺしゃんこにされるたびに
◎自分の等身の姿を
思い知ることができるのです。
その人は残念ながら
そういう自分の現実のリアリティーに
むきあうことをさけ
ひたすら
学生時代の栄光で加工された
自己幻想を
捨てることができませんでした。
その自己幻想のたかみから見るこの世は
彼女に取っては
足りないことだらけであり
つぎつぎと
彼女を裏切るものでしかありません。
なぜなら現実は
◎幻想ではないからです。
高い自己幻想をもつ彼女は
単に空想的社会を夢見ている自分にすぎないことに
気づけないのです。
自分のプライドが砂上の楼閣であることを
うけいれられない彼女は
その高みから
現実のありさまを
批判しては絶望し
断罪しては
鼻でせせら笑い
見下し
その現実にある
人間のリアリティーとは
繋がれないのです。
だからこそ
いつも彼女は独りぼっちであり
もう孤立と孤独の冷え冷え感が
ひしひしと
伝わってきました。
私はなんとかして
その気位の高さこそに
全ての原因があるのだと
伝えようとしましたが
それも
私が話し出した途端に
キッと構えた彼女によって
一言のもとに
切り捨てられました。
私はなんとか彼女をうけいれようとしました。
きっと彼女も
自分を受け入れてもらいたいと
私を訪ねてきたのだと思います。
しかし
もう、彼女の脳は
絶対自分を私より高位に立たせたいという風に
シフトしてしまい
それが歳と共に固定化されてしまったようでした。
(彼女は40すぎだと思います。)
※自分を他人より高位に置きたいという欲求は
私だからそうなるのではなく
おそらく
彼女とかかわるひと全員に対して
彼女はそういう風になってしまうと思います。
以前の私なら
なんとか彼女のその殻を突き崩して
殻のなかにある
素直で賢い彼女のインナーチャイルドを
救いだそうとしたでしょうが、
でも
私も年をとり、そのエネルギーがないのです。
彼女と口論しけんかしてでも
という体力もエネルギーも
もうないのです。
私はもうす~っとあきらめました。
そして残念だけど
この人はこのまま生きるしかないと
おもいました。
※もしかしたら彼女は
それを期待してきたのかもしれませんね。
でももう手遅れです。
人生のなかで
自我がぺしゃんこに潰されるという体験がないことは
とても悲しいことでもあります。
ぺしゃんこになって初めて
自分の未熟さや脆弱さにきづきます。
そして素直に謙虚になり
他者の優しさや思いやりにきづくこともできます。
自分はたかが知れた者だとわかることで
逆にそこから新しく出発し
等身大で生きようとする自分も
うまれてくるのですよ!!
このところ
つぎつぎと善き知らせをくれる人の中で
彼女を気の毒に思います。
厳しいですが
人生は甘くありません。
脳の世界も甘くありません。
失敗や挫折をするなかでこそ
脳の回路が書き直され
若い日の自分(前半の人生の自分)の傲慢を
書き換えることができるのです。
気位が高く傲慢なひとと
話しても
ちっとも楽しくはありません。
だからこそ人はどんどんその人から
遠ざかっていきます。
彼女の孤独と孤立は
まさに
彼女自身が
つくりだしているのです。
そのことに
一刻も早く気づくことです。
もしきづかなければ
自分の知らない間に
・脳はどんどんそのままシフトしていきます。
残念ですが
歳をとり、
50歳をすぎて
自分が気づいたときには
もう脳は自動的にそういう風に作動してしまい
自分ではどうにもならない
脳の動きになってしまうのですね。
本当は
そのことこそが恐ろしいことなのです。
生きる事
人生は
自分の自我との闘いです。
冒頭の善き知らせのひとびとも
自分との戦いを克服そてこそ
新生なる自分へと
到達しました。
大変な闘いのなかを
よくがんばりましたね!
ほんとうに
お疲れ様でした。
先日娘から
お母さん生きてる限り
心理のことや
脳のことや
人生のことを
書き続けてほしいと
言われました。
脳も心理も
いち番選びたくない道
いちばん厳しいことに
むきあうことこそ
その先に良きことがあります。
善き知らせ、
エバンゲリオンが
或るのですね!

花かんざしが咲きました!!
つぎつぎと吉報が
届く。
能勢さんの文科大臣賞受賞をはじめ
・親御さんとの雪解け報告。
・小説を描き上げたYさんのこと。
そして
・若い青年が自分が
自分の自我がぺしゃんこになる中から
立ち直り、自分の自我を乗り越えたという報告。
みんな
自分の自我との戦いを乗り越えて素晴らしいです。
嬉しいです!!
人間はそれぞれが自分の現実をつくりだします。
そしてその現実に
直面することが
とても大事なのですね。
自分の現実から目をそらしたり
逃げたりしたらもう
そこからは
・退廃と
・後退しかありません。
昨日ある人が訪ねてきました。
以前交流のあった人です。
そして私は
じ~っとその人の話を聞きました。
しかし
その人のこころは
とてもすさんでいるように思いました。
現実のなにひとつ思うようにはならず
自分ののぞんだことと現実には
大きな乖離があることをはなされました。
彼女の話はほとんどが否定的な話になりました。
でもね
私は実は
その人の自我のプライドに問題があるように
おもいました。
その人は学生時代優秀であり
他のひとよりも輝いていました。
しかし
その輝きのプライドが
彼女の人生を邪魔してしまいました。
人生は甘くはありませんよ。
自分のプライドなんて
実社会にでれば
何度も何度も叩き潰されます。
そのたたきつぶされるごとに
・人間とはなにか
・社会とはなにか
そして
◎人間のリアリティーがみえてくるのです。
自分がぺしゃんこにされるたびに
◎自分の等身の姿を
思い知ることができるのです。
その人は残念ながら
そういう自分の現実のリアリティーに
むきあうことをさけ
ひたすら
学生時代の栄光で加工された
自己幻想を
捨てることができませんでした。
その自己幻想のたかみから見るこの世は
彼女に取っては
足りないことだらけであり
つぎつぎと
彼女を裏切るものでしかありません。
なぜなら現実は
◎幻想ではないからです。
高い自己幻想をもつ彼女は
単に空想的社会を夢見ている自分にすぎないことに
気づけないのです。
自分のプライドが砂上の楼閣であることを
うけいれられない彼女は
その高みから
現実のありさまを
批判しては絶望し
断罪しては
鼻でせせら笑い
見下し
その現実にある
人間のリアリティーとは
繋がれないのです。
だからこそ
いつも彼女は独りぼっちであり
もう孤立と孤独の冷え冷え感が
ひしひしと
伝わってきました。
私はなんとかして
その気位の高さこそに
全ての原因があるのだと
伝えようとしましたが
それも
私が話し出した途端に
キッと構えた彼女によって
一言のもとに
切り捨てられました。
私はなんとか彼女をうけいれようとしました。
きっと彼女も
自分を受け入れてもらいたいと
私を訪ねてきたのだと思います。
しかし
もう、彼女の脳は
絶対自分を私より高位に立たせたいという風に
シフトしてしまい
それが歳と共に固定化されてしまったようでした。
(彼女は40すぎだと思います。)
※自分を他人より高位に置きたいという欲求は
私だからそうなるのではなく
おそらく
彼女とかかわるひと全員に対して
彼女はそういう風になってしまうと思います。
以前の私なら
なんとか彼女のその殻を突き崩して
殻のなかにある
素直で賢い彼女のインナーチャイルドを
救いだそうとしたでしょうが、
でも
私も年をとり、そのエネルギーがないのです。
彼女と口論しけんかしてでも
という体力もエネルギーも
もうないのです。
私はもうす~っとあきらめました。
そして残念だけど
この人はこのまま生きるしかないと
おもいました。
※もしかしたら彼女は
それを期待してきたのかもしれませんね。
でももう手遅れです。
人生のなかで
自我がぺしゃんこに潰されるという体験がないことは
とても悲しいことでもあります。
ぺしゃんこになって初めて
自分の未熟さや脆弱さにきづきます。
そして素直に謙虚になり
他者の優しさや思いやりにきづくこともできます。
自分はたかが知れた者だとわかることで
逆にそこから新しく出発し
等身大で生きようとする自分も
うまれてくるのですよ!!
このところ
つぎつぎと善き知らせをくれる人の中で
彼女を気の毒に思います。
厳しいですが
人生は甘くありません。
脳の世界も甘くありません。
失敗や挫折をするなかでこそ
脳の回路が書き直され
若い日の自分(前半の人生の自分)の傲慢を
書き換えることができるのです。
気位が高く傲慢なひとと
話しても
ちっとも楽しくはありません。
だからこそ人はどんどんその人から
遠ざかっていきます。
彼女の孤独と孤立は
まさに
彼女自身が
つくりだしているのです。
そのことに
一刻も早く気づくことです。
もしきづかなければ
自分の知らない間に
・脳はどんどんそのままシフトしていきます。
残念ですが
歳をとり、
50歳をすぎて
自分が気づいたときには
もう脳は自動的にそういう風に作動してしまい
自分ではどうにもならない
脳の動きになってしまうのですね。
本当は
そのことこそが恐ろしいことなのです。
生きる事
人生は
自分の自我との闘いです。
冒頭の善き知らせのひとびとも
自分との戦いを克服そてこそ
新生なる自分へと
到達しました。
大変な闘いのなかを
よくがんばりましたね!
ほんとうに
お疲れ様でした。
先日娘から
お母さん生きてる限り
心理のことや
脳のことや
人生のことを
書き続けてほしいと
言われました。
脳も心理も
いち番選びたくない道
いちばん厳しいことに
むきあうことこそ
その先に良きことがあります。
善き知らせ、
エバンゲリオンが
或るのですね!

by denshinbashira
| 2017-03-11 19:33
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