2017年 07月 14日
幻想から醒めて自立する!その2! |
松居一代さんのことは
まことに痛々しいがしかし
一方で
如何に
人間が相手のことを自分流に翻訳し
誤解して思いこんでしまうかを
見せてくれている。
人間は相手の行動を
・自分流にモニタリングし
・翻訳して
納得する。
その時自分の感情だけでモニタリング
翻訳してしまうと
今回のようにとんでもない
トラブルになってしまう。
そこに,
・理性の軸がしっかり立ち
・客観的な視点と解釈があれば
人間はそうそうトラブらないのである。
ただその理性の軸や視点を磨くには
よほど自分の感情及び
感情にこびりついている
・疑心暗鬼や
・妄想
・自己憐憫や
・依存や
・甘え
をとりのぞかなければならない。
しかし、自分の感情に溺れず
自分の感情にこびりついているそれらを
棄てることにより
そこには
感情世界とは別の
思いもよらない理性の世界が
開けてくる!!
その自分は風通しがよく
軽やかであり
そして
その自分を以て交流する人間関係は
まことに
生産的である。
感情で動く人間や
感情が優先される人間は
他人のこころを
・深読みし
・妄想し
・感情をたぎらせ
本質とは関係ない周辺のよけいなことにばかり
神経とエネルギーをつかうため
さらに彼らは
●気分で動くから
そこには生産性は
生まれず
最後は必ず何らかのトラブルで終わる。
とはいっても
なかなか感情は捨てられないが、しかし
感情とはどういうものであるかの
正体や
脳のメカニズムを知ることでも
自分の感情を客観的にながめ
検証し
さらに
自分の感情や気分にふりまされないですむと
私は思う。
自分の感情がどのように
疑心に汚染されているか、
さらに
感情の中に潜む、依存や甘えやそれが裏返って出てくる
支配欲や自己顕示欲などなど・・・に濁らされているかを
●理性や成熟した目からみてみると
それらが
如何に幼稚な自分の感情であるかが
分かる。
それを(そういうゴミみたいな感情を)
ひとつずつ、
根気よく
気づいては
棄てる。
そしてそれができてくると
理性的な自分こそが
自分の在り方や人生にとって
大きな意義や喜びをもたらすことであることを
知る。
断っておくが
感情を凍結したり抑圧することは
理性的になることとは違う。
それは感情を感じないようにして
自己防衛しているにすぎない。
そうではなく
感情が起きても、
その感情を
ちゃんと理性の客観性の目で
コントロールするとことである。
逆に感情を凍結したり抑圧してしまうと
自我の底にそれらがヘドロのように溜まり
いつかそれらが飽和状態になって
自我を乗っ取り
自分ののコントロールを越えて
噴き出して暴走してしまう➡キレるという状態です。
感情は本来命を生かすエンジンでもあります。
そして同時にセキュリティーシステムでもあり
セキュリティーシステムが神経症的に
過剰になってくると
エンジンがかかりません。
残念ながら現代の人間は
神経症的なほうへの偏りがひどいかな~と
私は思います。
その一つの原因は
個の断絶がひどくなっているのではないかと
思います。
つまり
他者(他人)と繋がれなくなっている。
或は
他者と繋がれない人が増えていると
思うからです。
脳はもともと個絶しています。
だからこそ
じょうずに繋がる知恵がひつようなのです。
じょうずに繋がるためには
理性を上手に使いこなすことです。
不要な感情をできるだけ
取り払い
理性の目でみてごらんなさい!
そして理性的に人間関係を結んで
繋がることです。
そこから
きっと今までとは違う景色がみえてくると
思います。
そうなるといいね!!

皆様ありがとうございました。
今季の「MIZUTAMA」を
終了いたします。
まことに痛々しいがしかし
一方で
如何に
人間が相手のことを自分流に翻訳し
誤解して思いこんでしまうかを
見せてくれている。
人間は相手の行動を
・自分流にモニタリングし
・翻訳して
納得する。
その時自分の感情だけでモニタリング
翻訳してしまうと
今回のようにとんでもない
トラブルになってしまう。
そこに,
・理性の軸がしっかり立ち
・客観的な視点と解釈があれば
人間はそうそうトラブらないのである。
ただその理性の軸や視点を磨くには
よほど自分の感情及び
感情にこびりついている
・疑心暗鬼や
・妄想
・自己憐憫や
・依存や
・甘え
をとりのぞかなければならない。
しかし、自分の感情に溺れず
自分の感情にこびりついているそれらを
棄てることにより
そこには
感情世界とは別の
思いもよらない理性の世界が
開けてくる!!
その自分は風通しがよく
軽やかであり
そして
その自分を以て交流する人間関係は
まことに
生産的である。
感情で動く人間や
感情が優先される人間は
他人のこころを
・深読みし
・妄想し
・感情をたぎらせ
本質とは関係ない周辺のよけいなことにばかり
神経とエネルギーをつかうため
さらに彼らは
●気分で動くから
そこには生産性は
生まれず
最後は必ず何らかのトラブルで終わる。
とはいっても
なかなか感情は捨てられないが、しかし
感情とはどういうものであるかの
正体や
脳のメカニズムを知ることでも
自分の感情を客観的にながめ
検証し
さらに
自分の感情や気分にふりまされないですむと
私は思う。
自分の感情がどのように
疑心に汚染されているか、
さらに
感情の中に潜む、依存や甘えやそれが裏返って出てくる
支配欲や自己顕示欲などなど・・・に濁らされているかを
●理性や成熟した目からみてみると
それらが
如何に幼稚な自分の感情であるかが
分かる。
それを(そういうゴミみたいな感情を)
ひとつずつ、
根気よく
気づいては
棄てる。
そしてそれができてくると
理性的な自分こそが
自分の在り方や人生にとって
大きな意義や喜びをもたらすことであることを
知る。
断っておくが
感情を凍結したり抑圧することは
理性的になることとは違う。
それは感情を感じないようにして
自己防衛しているにすぎない。
そうではなく
感情が起きても、
その感情を
ちゃんと理性の客観性の目で
コントロールするとことである。
逆に感情を凍結したり抑圧してしまうと
自我の底にそれらがヘドロのように溜まり
いつかそれらが飽和状態になって
自我を乗っ取り
自分ののコントロールを越えて
噴き出して暴走してしまう➡キレるという状態です。
感情は本来命を生かすエンジンでもあります。
そして同時にセキュリティーシステムでもあり
セキュリティーシステムが神経症的に
過剰になってくると
エンジンがかかりません。
残念ながら現代の人間は
神経症的なほうへの偏りがひどいかな~と
私は思います。
その一つの原因は
個の断絶がひどくなっているのではないかと
思います。
つまり
他者(他人)と繋がれなくなっている。
或は
他者と繋がれない人が増えていると
思うからです。
脳はもともと個絶しています。
だからこそ
じょうずに繋がる知恵がひつようなのです。
じょうずに繋がるためには
理性を上手に使いこなすことです。
不要な感情をできるだけ
取り払い
理性の目でみてごらんなさい!
そして理性的に人間関係を結んで
繋がることです。
そこから
きっと今までとは違う景色がみえてくると
思います。
そうなるといいね!!

今季の「MIZUTAMA」を
終了いたします。
by denshinbashira
| 2017-07-14 07:11
| 「結婚と離婚のワークショップ」
|
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