2017年 03月 16日
自分の無意識にある序列意識! |
今から書こうとしていることは
たいへん難しいことなので
理解をえることが難しいかもしれませんが
それでも
気づき理解しようとしている人には
何等かのヒントになるかもしれませんので
書いてみます。
できるだけわかりやすく
書いてみます。
このところ国有地払下げ問題で
世のなかがザワザアしていますね。
それで
私もテレビでそのことに関係する人たちの
言動を興味深くみているのですが、
私の場合は普通のひととは
ちょっと違う角度でみています。
というのは
中心人物の籠池という人や
安倍総理や総理夫人やさらに
稲田防衛大臣はじめ
さらにはテレビの司会者やコメンテーターの
彼らが
彼らの無意識のどの位相で
発言しているかが見えて
面白いのです。
彼らが無意識の中に持っている
序列のピラミッドがあり
自分をどの位置に設定し或は
位置付けているかが
それぞれの発言から見えてきます。
人間は無意識の裡に
社会の構造と疑似的にある
序列のピラミッドを仮想し
それに自分を当てはめています。
権力や社会地位や
経済や名誉や評価の価値意識ですね。
自分は社会ではどれくらいの認知受け
さらには
どれくらいの位置にあるか、と
いう自己を相対化した
価値意識です。
たいがいの人は
●中流くらいのところに
自分をかちづけていると思いますが
まあ、中流でもおそらく下ではなく
中流の上のほうがおおいでしょう。
まあその方が
自分のアイデンティティーの
バランスをはかりやすいのでね。
ところが
今回テレビにでてくる、
コメンテーターも含めた関係者の多くが
自分を中流より上
つまり標準的より上に
位置づけている人が多く
例の稲田防衛大臣なんかは
どういう訳か
自分をそういう上位に位置づけています。
だから発言が
いい加減で、国会も国民も
ナメていますから
どんどん失言しています。
それは安倍総理夫妻も同じで
ただ安倍さんは稲田さんよりも慎重ですから
そう露骨には発言しないですけど。
政治家だけではなく
コメンテーターのひと達も
おそらく自分を標準より上に置いている人が
ほとんどだと思います。
まあそういうひと達のことは
どうでもいいので
私が言いたいのは
人間はいつも
そういう序列の位置に
自分を
無意識において
いきている。
そして
話をする
ということです。
それがいわゆるクリエーターや
表現者としての
何らかの
表現行為、活動をする場合は
そのことが
実は
その人の作品なり言動なりのベースを
かたちづくり、
それが価値になっていく
ということです。
このことを考えながら
私の頭に浮かんだのは
映画監督たちで
例えば
ダルデンヌ兄弟などは
自分達を底辺の位置に置いて映画を
創っているように見えます。
しかし
テオ・アンゲロプロス監督は
やはり上位に自分をおいているように見えます。
だからこそ
彼の作品にはどうしても失望感が
煙ってしまうだろうと
思います。
そして日本の大島渚監督も
自分を上位に置いており
その延長の先に彼独特の美の世界を
表現しよとしたようにおもいます。
だからやはり儚さが付きまといます。
逆に小川伸介監督はあえて
底におこうとしたように
思います。
あえて・・・というのは
おそらく農民を撮っているうちに
農民から突き付けられたのだと
思います。
人間は残念なことに
脳の働きとして
自分という意識をつくりだしました。
自分という意識が
コンプレックスや不認知の垢に冒されて
裏返って
プライドという意識をうみだします。
いわゆる
・侮られたくない
・バカにされたくない
・自分が優越でいたいという
自意識です。
この自意識が過剰にはたらくと
他者を甘く見て
見下します。
まあ、稲田防衛大臣がそのいい例でしょう。
逆にそういう自意識から
脱却していくと
他者も自分をも
・並列に
・公平にみる視線と意識が
生まれてきます。
宮澤賢治の場合も
彼は
うかうかと自分の無意識の中の序列を
そのまま農民に当てはめてしまいました。
つまりは
農民も農業をも
ナメていたように
思います。
だからこそ彼は
墜落していきました。
私が賢いなあ~と思う人達は
自分の無意識の中にある
序列意識に気づいていき
それをどんどん外していく人です。
そうなると
今度は
どんどん物事や人が
リアルにみえてきます。
つまり
ありのままや
そのまんまが
みえてくるのです。
そして
そのありのままや
そのまんまを
そのままうけいれようとする。
でも
それはもしかしたら
不安や恐れをごまかすことがない
厳しいことにもなります。
でも世の中とは
そういうもんです・・・笑い!
今私の周囲には
少しずつクリエーター、表現者が
集まったきています。
ぜひともその方たちには
自分の無意識の中にある
序列とその構造に気づいてほしいと
思います。
そのことこそが
その方たちが
さらに立体的に重厚に
人間を掘り下げていく作品を
創ることになるとおもいますから。
なかなか難しいですが
自分のなかの
序列意識を取っ払うと
きっと
すこし
ひとに優しくなれると
思います。

今日は暖かく、いい日です。
たいへん難しいことなので
理解をえることが難しいかもしれませんが
それでも
気づき理解しようとしている人には
何等かのヒントになるかもしれませんので
書いてみます。
できるだけわかりやすく
書いてみます。
このところ国有地払下げ問題で
世のなかがザワザアしていますね。
それで
私もテレビでそのことに関係する人たちの
言動を興味深くみているのですが、
私の場合は普通のひととは
ちょっと違う角度でみています。
というのは
中心人物の籠池という人や
安倍総理や総理夫人やさらに
稲田防衛大臣はじめ
さらにはテレビの司会者やコメンテーターの
彼らが
彼らの無意識のどの位相で
発言しているかが見えて
面白いのです。
彼らが無意識の中に持っている
序列のピラミッドがあり
自分をどの位置に設定し或は
位置付けているかが
それぞれの発言から見えてきます。
人間は無意識の裡に
社会の構造と疑似的にある
序列のピラミッドを仮想し
それに自分を当てはめています。
権力や社会地位や
経済や名誉や評価の価値意識ですね。
自分は社会ではどれくらいの認知受け
さらには
どれくらいの位置にあるか、と
いう自己を相対化した
価値意識です。
たいがいの人は
●中流くらいのところに
自分をかちづけていると思いますが
まあ、中流でもおそらく下ではなく
中流の上のほうがおおいでしょう。
まあその方が
自分のアイデンティティーの
バランスをはかりやすいのでね。
ところが
今回テレビにでてくる、
コメンテーターも含めた関係者の多くが
自分を中流より上
つまり標準的より上に
位置づけている人が多く
例の稲田防衛大臣なんかは
どういう訳か
自分をそういう上位に位置づけています。
だから発言が
いい加減で、国会も国民も
ナメていますから
どんどん失言しています。
それは安倍総理夫妻も同じで
ただ安倍さんは稲田さんよりも慎重ですから
そう露骨には発言しないですけど。
政治家だけではなく
コメンテーターのひと達も
おそらく自分を標準より上に置いている人が
ほとんどだと思います。
まあそういうひと達のことは
どうでもいいので
私が言いたいのは
人間はいつも
そういう序列の位置に
自分を
無意識において
いきている。
そして
話をする
ということです。
それがいわゆるクリエーターや
表現者としての
何らかの
表現行為、活動をする場合は
そのことが
実は
その人の作品なり言動なりのベースを
かたちづくり、
それが価値になっていく
ということです。
このことを考えながら
私の頭に浮かんだのは
映画監督たちで
例えば
ダルデンヌ兄弟などは
自分達を底辺の位置に置いて映画を
創っているように見えます。
しかし
テオ・アンゲロプロス監督は
やはり上位に自分をおいているように見えます。
だからこそ
彼の作品にはどうしても失望感が
煙ってしまうだろうと
思います。
そして日本の大島渚監督も
自分を上位に置いており
その延長の先に彼独特の美の世界を
表現しよとしたようにおもいます。
だからやはり儚さが付きまといます。
逆に小川伸介監督はあえて
底におこうとしたように
思います。
あえて・・・というのは
おそらく農民を撮っているうちに
農民から突き付けられたのだと
思います。
人間は残念なことに
脳の働きとして
自分という意識をつくりだしました。
自分という意識が
コンプレックスや不認知の垢に冒されて
裏返って
プライドという意識をうみだします。
いわゆる
・侮られたくない
・バカにされたくない
・自分が優越でいたいという
自意識です。
この自意識が過剰にはたらくと
他者を甘く見て
見下します。
まあ、稲田防衛大臣がそのいい例でしょう。
逆にそういう自意識から
脱却していくと
他者も自分をも
・並列に
・公平にみる視線と意識が
生まれてきます。
宮澤賢治の場合も
彼は
うかうかと自分の無意識の中の序列を
そのまま農民に当てはめてしまいました。
つまりは
農民も農業をも
ナメていたように
思います。
だからこそ彼は
墜落していきました。
私が賢いなあ~と思う人達は
自分の無意識の中にある
序列意識に気づいていき
それをどんどん外していく人です。
そうなると
今度は
どんどん物事や人が
リアルにみえてきます。
つまり
ありのままや
そのまんまが
みえてくるのです。
そして
そのありのままや
そのまんまを
そのままうけいれようとする。
でも
それはもしかしたら
不安や恐れをごまかすことがない
厳しいことにもなります。
でも世の中とは
そういうもんです・・・笑い!
今私の周囲には
少しずつクリエーター、表現者が
集まったきています。
ぜひともその方たちには
自分の無意識の中にある
序列とその構造に気づいてほしいと
思います。
そのことこそが
その方たちが
さらに立体的に重厚に
人間を掘り下げていく作品を
創ることになるとおもいますから。
なかなか難しいですが
自分のなかの
序列意識を取っ払うと
きっと
すこし
ひとに優しくなれると
思います。

by denshinbashira
| 2017-03-16 11:00
| 何を手に入れるか
|
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