不安なことなど、ひとつもない、その1 |
先日東京駅のトイレの便座に座っている時に
ふっと
「あゝ私はず~っと、不安の中をいきてきたな~。」と
思ったのです。
それでそのあと町を歩きながら、
そのことを考えて、
私が少女のときもそうであったように、
きっと若い女の子なんかも
不安だらけの中にいるんじゃないかな~と言う思いが
募ってきて、
そういう女の子たちのためにも
若い人たちのためにも
「不安なことなど、ひとつもない」というテーマで
書き残しておいてあげなければな~と
思いました。
ここでお話する不安とは
自分達がつい予想して心の中に起きてくる不安です。
まあ、もともと不安というのは、
そういうシュミレーションの中で起きているもので
実際に大変なことがおきてしまっている時は
●人間の心理は、
案外落ち着いていて安定しているものです。
不安というのは
●自分の中で説明や解決法がついていない状態のことで
説明や道筋がみえてくると消えていきます。
例えば事故を起こして不安に陥りますが、
事故後の処理と処置が進んでいく中で
事故そのものに対しての不安は収まっていきます。
しかし頭の中では
事故のそのあとの様々な不安要因を、
シュミレーションしていて
それに対する不安がおきてくる。
つまり実際に起きてしまったことに対しては
人間は案外落ち着いているものですが
頭の中で予想したり、仮想したりすることが
その人の頭の中で、
不安を呼び起こしてしまうのです。
実際にその不安通りになるかならないかは
起きて見ないとわからないのに
ダメージが強い不安をほうを
無意識に選んでしまうのです。
不安の多くは、自分の脳が創り出している
●仮想と予想のシュミレーションです。
さらに
そういう仮想と予想による不安は
頭の中でどんどん連鎖反応を呼び、
膨張したり
拡張したりしていきますが、
しかし膨張させているのも、
拡張させているのも
自分です。
・・・になるんじゃないか?
から
たぶんそうなる・・から
きっとそうなるに違いない、
と言う風に
連鎖は進んでいきます。
でもね、可笑しいのは、
そういう風に仮想を確信しながら
確信することで逆に
その人の心理が安定していくことです・・・・可笑しいでしょ!
つまり不安になるというのも
脳の癖というか
その人の脳がそういう風にシステム化し
さらに脳をそういう風にばかり使っているために
不安が常態化しているということです。
※常態化するともう、瞬間的、自動的に不安を選択します。
さらに不安が常態化しているひとは、
不安が大好きで
不安をドンドン育てていきます。
なにかにつけ
不安を張り付けたり、ひっつけたりして
そういうことをすることで
自分を安定させているのです・・・可笑しいでしょ。
だから
そういう人は
不安を予想し、
それが的中すると
やっぱりそうか・・・と
安心する?
不安はもともと生まれながらに脳にある
本能的な脳の偏桃体が、
情動反応しておきるものですから
誰でもが不安なのです。
でもその不安も偏桃体と
理性の脳の前頭前野と繋がって、
前頭前野が<言葉で>でちゃんと説明してくれれば
なんてこともないのです。
なぜならたいがいの不安は
自分のシュミレーションが
自分の偏桃体を刺激しておきているのですから。
つまりは、
●自分が自分を脅かしているにすぎないのです。
それでも不安になるな、と言っても
もうそれが自動化している人は無理でしょうが、
しかし、自分の不安の心理をよくよく、見極め
分析してごらんなさい。
そして少しずつ自分の言葉で
不安にならないように誘導するといいですね。
また
自分の不安は、常態化していて、反復運動になっていないかどうかや、
これまで自分の不安がその通りになったかどうか。
よ~く見てごらんなさい。
そして、常態化したり、反復運動になっていることについては
さらに困ったことも
起きるのです。
不安が好きな人は
自分がそうなるように、自分の不安を実現していきます・・・??
人間の脳は自分が関心をもっているものに
コネクトしていきます。
反対に、自分が関心をもたないものは
スルーしていきます。
だから不安が大好きな人は
不安材料ばかりを集め、
自分の不安を実現してくれそうな事にコンタクトし
自分の不安を実現してくれそうな人ばかりを周辺に集め、
自分の不安が実現すると
納得し、安心します…苦笑!
だからその人は不安を引き寄せては納得していきていきます。
が
しかし不安がスパイラルされていくと
ドンドンストレスが構築され
さらに神経が壊れていきます。
まあ、
ろくなことにはならないのですね。
冒頭に書いたように
「私はずっと、不安の中をいきてきたな~。」と
思ったのですが、
実際に70年間の人生を振り返ってみれば
「でも不安がそのとおりになったことなど、
一つもなかった。」とも
思いました。
常に不安がつきまとったが、しかし
その不安が実際におきたことは
ほとんどありませんでした。
まあ、不安が的中したこともありますが、
それもちょっと人間関係がこじれたり
かすり傷程度のことですみ、
時間が経てば忘れてしまうような不安でした。
個人においても
集団においても
社会や世界においても
人間は不安が大好きで
不安を共有することで
固く結びつき、結束感や、連帯感を
強めてしまいます。
このことが民族間や国家間で煽られると
戦争へと火がつけられていきます。
今はまさにそういう危機を
政治が孕んでいると
私は思います。
ただね~、
のんきに選挙などにうつつを抜かしているところみると
北朝鮮のことは、さして不安でもないのだと
思いますよ・・・苦笑!!
そういう政治家達の不安好きにも、
騙されないことです。
大変お待たせいたしました。
「MIZUTAMA」3号更新しました。
奥友志津子さんの漫画です。