2017年 11月 22日
自分と世界を編集していく!その5 |
世界の先端を行く東京と衰退していく地方都市を見ながら
この二つの現実を日本はどういう風に未来へと編集したらいいのだろうか。
しかしそれこそがこれからの日本の課題です。
日本のもともとのアイデンティティーを生かした
さらに世界と日本とを対等に編集した文化を
考えていかねばと、思います。
※なんだか偉そうですみません。でもなんの力もない私の、小さな小さな願いとして
書いています。
それは西欧列強が興した資本主義という経済の形態ではない
それぞれの国々の多様性が保障され、対等に
編集されていく、そういうつながりの世界です。
おそらく何年、あるいはなん十年か先に
いよいよ資本主義が行きづまった、その先に
世界中がどういう世界をお互いが協力して作りだしていくのかが
問われるときがくるかもしれないと、
そのことを私なりに今一生懸命探しているのです。
でも、私もそうは長く生きていません。
封建社会から、近代資本主義社会への
歴史の変遷を見渡してみると、
そこにくっきりと
浮き出てくるのは、やはり西欧列強諸国に
牽引され、収奪され、利用された彼らと私達の歴史が
ハッキリと見えてきます。
さらに西欧文明に圧倒され、コンプレックスに冒され、
うかうかとその末席に座ろうとして、
いかに日本が翻弄されきたのかも、見えてきます。
どうぞ皆さんも、是非、この500年の世界の歴史を
ひも解いてみてみてください。
イスラム国の出現は、遡ると英国、アメリカの石油利権の
支配が原因です。
そしてパレスチナの問題のもともとの原因は、
パレスチナ人とユダヤ人双方に嘘をついた
イギリスの二枚舌の政策です。
朝鮮動乱もその後ろには、
アメリカの「ドミノ理論」による強迫観念があります。
「ドミノ理論」とは朝鮮やベトナムでいったん社会主義政権が
誕生したら、それが近隣諸国にドミノのようにひろがってしまうという
アメリカの妄想です。
そしてその「ドミノ」理論の後ろには
アメリカの覇権主義があるからです。
例の、アメリカファーストというあの、トランプの意識です。
今世界で起きている様々な戦争や紛争の種はどうみても、
世界を自分達の市場にしようする西欧列強諸国の野望からはじまり、
それが原因で今に至っているのは明白です。
でも
私たちは今だけを切り取ってみていませんか?
今は過去から続く結果です。歴史はロジックです。
私の青春といいますか18歳から20代頃
ベトナム戦争がありました。
勿論私はベトナム戦争反対のデモに参加しました。
この戦争もフランスの植民にされていたベトナムの独立の闘いです。
途中の第二次大戦に日本もベトナムを支配し、そのあとアメリカが南ベトナムの政権に傀儡もどきの肩入れをし、間接的に支配しようとします。
それに対して戦ったのが、ホーチミン率いるベトナム民主共和国の、
南ベトナム解放民族戦線です。
この時ベトナムへの空爆を命令したのがあのケネディ大統領です。
当時大学生だった私は、社会主義も自由主義もあまりわかりませんでした。
しかし、友人の
「とにかく、空から爆弾が降ってくるのだけはやめさせなければ」という言葉がもう心を打って、
一日に早く空爆が無くなるようにと思いデモに行きました。
テレビではベトナム人が石油を被り焼け死にながら、
戦争に抗議している姿を放映して、
それを見て若い私はもう胸が詰まって、詰まって。
結局ベトナム戦争はベトナムが勝利して終結しましたが
でも、歴史はそうは簡単ではありませんでした。
そのあとまだまだいろいろなことがありましたね~。
でもね、もし西欧列強がアジアの植民地化を謀らなかったら
アジアはどうだったのでしょうかね~。
もともと他国を侵略しようなんて国はありませんから
ほんとうにのんびりした歴史だったかも
しれませんね。
他国を植民地化するとか、
自分達の利益のために代理戦争をさせるとか
もう、それこそが根本的にやってはいけないことです。
ただ、どうもそこらあたりが私達の神経と西欧列強諸国の神経の
違いがあるかもしれません。
イラク戦争も結局にイラクには、
アメリカの言っていた大量破壊兵器の核など
ありませんでした。
そしてあの「アラジンと魔法の国」のシリアもう
瓦礫の町と化しています。
なにか私たちはボタンを掛け違いてしまった。
しなくていい戦争をしていませんか?
そして今、この世界の不安を前に、日本さらに、
東京と地方都市を見渡してみると
なにか、私達の中で気づかねばならないことがあるような気がして
なりません。
市場確保と技術革新のサイクルをスパイラルにしていくしかない
資本主義社会は、
おそらくこれからも、世界の市場を巡り、
過剰な文明世界を起こしていかざるを得ない。
過剰な文明とは利便性や生産性を追及して
どんどんAI的世界、人工的世界を加速させていく、と
いうことです。
しかし、
●手足や体を使わなくなった人間も
●考えるということを、怠るようになる人間も
●人間が体験や経験という作業を機械や人工知能に奪われ、
●考えるということをしなくなった時
●いずれもその人間の脳は劣化していきます。
そして人工的世界に閉じ込められ、
さらに過剰な音(ノイズ)の刺激を受けた人間は
ドンドンその精神をやられてしまいます。
今も都会はノイズの嵐です。
そしてテレビの中はCMの細切れの映像と音で、
人間の集中力が裁断されてしまっています。
これが人間の神経をおかしくさせないわけがないです。
人間は自然の中で生まれ、自然に包まれているからこそ
人間なのです。
私達の脳も体も、どこか自然の揺らぎとシンクロするように
なっているはずです。
その自然から離れ、そこに傲慢な人工世界を築いたとき
どうなるのか・・・。
もしかしたらどこかで、
それを歯止めし、たち止まり、振り返り、
考えなおさなければならないかもしれません。
日本には日本を囲む独特の自然世界があり、
それぞれの土地にはその風土があり
そしてそこで生きることが
多様な文化を産んできたはずなのです。
それは他のどの国も同じです。
どうでしょう、
G-セブンなんていうのから、もう下りて
ただの日本に戻りませんか。
そして日本のいいところをたくさん
世界にアピールして、発信して
まあ、そこそこに食べていければいい、
というくらいの経済でね。
そして自分も他者も地域も他地域も
中央も地方もそれぞれが
お互いを編集しあいながら
※編集し合いながらというのは
そこに・主観的世界と・客観的世界とを
たてよこななめと、対等に繊細に、
組み合わせながらということです。
少なすぎず、多すぎず、
過剰にならずに急がずに
そういう国をまた作り直したらどうですかね~。
まあ、こういうことを考える人など
他にはいないと思いますので、
まずは書いてみました。

皆様ありがとうございました。
「MIZUTAMA」3号あとがきを更新いたしました。
思えば大変面白い内容であったかと思います。
読んでくださった方々に、こころより御礼申し上げます。

この二つの現実を日本はどういう風に未来へと編集したらいいのだろうか。
しかしそれこそがこれからの日本の課題です。
日本のもともとのアイデンティティーを生かした
さらに世界と日本とを対等に編集した文化を
考えていかねばと、思います。
※なんだか偉そうですみません。でもなんの力もない私の、小さな小さな願いとして
書いています。
それは西欧列強が興した資本主義という経済の形態ではない
それぞれの国々の多様性が保障され、対等に
編集されていく、そういうつながりの世界です。
おそらく何年、あるいはなん十年か先に
いよいよ資本主義が行きづまった、その先に
世界中がどういう世界をお互いが協力して作りだしていくのかが
問われるときがくるかもしれないと、
そのことを私なりに今一生懸命探しているのです。
でも、私もそうは長く生きていません。
封建社会から、近代資本主義社会への
歴史の変遷を見渡してみると、
そこにくっきりと
浮き出てくるのは、やはり西欧列強諸国に
牽引され、収奪され、利用された彼らと私達の歴史が
ハッキリと見えてきます。
さらに西欧文明に圧倒され、コンプレックスに冒され、
うかうかとその末席に座ろうとして、
いかに日本が翻弄されきたのかも、見えてきます。
どうぞ皆さんも、是非、この500年の世界の歴史を
ひも解いてみてみてください。
イスラム国の出現は、遡ると英国、アメリカの石油利権の
支配が原因です。
そしてパレスチナの問題のもともとの原因は、
パレスチナ人とユダヤ人双方に嘘をついた
イギリスの二枚舌の政策です。
朝鮮動乱もその後ろには、
アメリカの「ドミノ理論」による強迫観念があります。
「ドミノ理論」とは朝鮮やベトナムでいったん社会主義政権が
誕生したら、それが近隣諸国にドミノのようにひろがってしまうという
アメリカの妄想です。
そしてその「ドミノ」理論の後ろには
アメリカの覇権主義があるからです。
例の、アメリカファーストというあの、トランプの意識です。
今世界で起きている様々な戦争や紛争の種はどうみても、
世界を自分達の市場にしようする西欧列強諸国の野望からはじまり、
それが原因で今に至っているのは明白です。
でも
私たちは今だけを切り取ってみていませんか?
今は過去から続く結果です。歴史はロジックです。
私の青春といいますか18歳から20代頃
ベトナム戦争がありました。
勿論私はベトナム戦争反対のデモに参加しました。
この戦争もフランスの植民にされていたベトナムの独立の闘いです。
途中の第二次大戦に日本もベトナムを支配し、そのあとアメリカが南ベトナムの政権に傀儡もどきの肩入れをし、間接的に支配しようとします。
それに対して戦ったのが、ホーチミン率いるベトナム民主共和国の、
南ベトナム解放民族戦線です。
この時ベトナムへの空爆を命令したのがあのケネディ大統領です。
当時大学生だった私は、社会主義も自由主義もあまりわかりませんでした。
しかし、友人の
「とにかく、空から爆弾が降ってくるのだけはやめさせなければ」という言葉がもう心を打って、
一日に早く空爆が無くなるようにと思いデモに行きました。
テレビではベトナム人が石油を被り焼け死にながら、
戦争に抗議している姿を放映して、
それを見て若い私はもう胸が詰まって、詰まって。
結局ベトナム戦争はベトナムが勝利して終結しましたが
でも、歴史はそうは簡単ではありませんでした。
そのあとまだまだいろいろなことがありましたね~。
でもね、もし西欧列強がアジアの植民地化を謀らなかったら
アジアはどうだったのでしょうかね~。
もともと他国を侵略しようなんて国はありませんから
ほんとうにのんびりした歴史だったかも
しれませんね。
他国を植民地化するとか、
自分達の利益のために代理戦争をさせるとか
もう、それこそが根本的にやってはいけないことです。
ただ、どうもそこらあたりが私達の神経と西欧列強諸国の神経の
違いがあるかもしれません。
イラク戦争も結局にイラクには、
アメリカの言っていた大量破壊兵器の核など
ありませんでした。
そしてあの「アラジンと魔法の国」のシリアもう
瓦礫の町と化しています。
なにか私たちはボタンを掛け違いてしまった。
しなくていい戦争をしていませんか?
そして今、この世界の不安を前に、日本さらに、
東京と地方都市を見渡してみると
なにか、私達の中で気づかねばならないことがあるような気がして
なりません。
市場確保と技術革新のサイクルをスパイラルにしていくしかない
資本主義社会は、
おそらくこれからも、世界の市場を巡り、
過剰な文明世界を起こしていかざるを得ない。
過剰な文明とは利便性や生産性を追及して
どんどんAI的世界、人工的世界を加速させていく、と
いうことです。
しかし、
●手足や体を使わなくなった人間も
●考えるということを、怠るようになる人間も
●人間が体験や経験という作業を機械や人工知能に奪われ、
●考えるということをしなくなった時
●いずれもその人間の脳は劣化していきます。
そして人工的世界に閉じ込められ、
さらに過剰な音(ノイズ)の刺激を受けた人間は
ドンドンその精神をやられてしまいます。
今も都会はノイズの嵐です。
そしてテレビの中はCMの細切れの映像と音で、
人間の集中力が裁断されてしまっています。
これが人間の神経をおかしくさせないわけがないです。
人間は自然の中で生まれ、自然に包まれているからこそ
人間なのです。
私達の脳も体も、どこか自然の揺らぎとシンクロするように
なっているはずです。
その自然から離れ、そこに傲慢な人工世界を築いたとき
どうなるのか・・・。
もしかしたらどこかで、
それを歯止めし、たち止まり、振り返り、
考えなおさなければならないかもしれません。
日本には日本を囲む独特の自然世界があり、
それぞれの土地にはその風土があり
そしてそこで生きることが
多様な文化を産んできたはずなのです。
それは他のどの国も同じです。
どうでしょう、
G-セブンなんていうのから、もう下りて
ただの日本に戻りませんか。
そして日本のいいところをたくさん
世界にアピールして、発信して
まあ、そこそこに食べていければいい、
というくらいの経済でね。
そして自分も他者も地域も他地域も
中央も地方もそれぞれが
お互いを編集しあいながら
※編集し合いながらというのは
そこに・主観的世界と・客観的世界とを
たてよこななめと、対等に繊細に、
組み合わせながらということです。
少なすぎず、多すぎず、
過剰にならずに急がずに
そういう国をまた作り直したらどうですかね~。
まあ、こういうことを考える人など
他にはいないと思いますので、
まずは書いてみました。

皆様ありがとうございました。
「MIZUTAMA」3号あとがきを更新いたしました。
思えば大変面白い内容であったかと思います。
読んでくださった方々に、こころより御礼申し上げます。

by denshinbashira
| 2017-11-22 17:01
| 賢い生き方!
|
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