2017年 12月 08日
シリーズ ・優れた人間になろう!その2 頭(脳)を上手につかう! |
「どう生きたらいいか」って言われても
そんなことをわかる人など、誰もいないと思いますよ。
人生は想定外の事ばかり起きる、
未知の世界を生きることなのですから。
生きることは、生きてみないとわからないし、
逆に生きているとだんだんわかってきます。
つまり、たくさんの経験や体験を積み、
たくさんの知識を得ることで
人間とはなにか、社会とはなにかが
やっと見えてくるのですね。
そしてさらに
上手に生きるためには
●頭(脳)を上手につかうことだと思います。
上手に頭(脳)をつかえる人が優れたひと。
優れた人=自分の人生を運転するハンドルをもっている人と
いうことで、
今回のタイトルを「優れた人間になろう」としました。
なぜなら、生きることのすべては、
人間が、
・ものごとに直面しては、体験し、経験を積んでは、
それを基に
・自分の脳を駆使して外的世界を解釈、シュミレーションして、
生きているからです。
だから
外的世界をどのように相対化できるか、
自分の脳の能力を磨くか否かが、
人生の分かれ目になってきます。
生きることは体験、経験しては、その経験と自分が獲得した知識で
外的世界や自分及び他者を
●相対化して分析、シュミレーションしては
●考える、ということの繰り返しです。
そういう中から
●どう生きたらいいかを人間は掴んで行くのです。
では、
外的世界を相対化するには、どうしたらいいかですね。
それは自分の主観的世界と外的な客観的世界の
●両方を眼中に入れながら、
●考えるということができるようにならなければ
ダメなのです。
まずは自分の主観的世界は、本当にその通りかどうかの
自己検証をする。
※主観的世界の多くが、<思いこみ>に過ぎないのですが、
それに気づく人はほんの少数です。
それに気づいた人はこの世が幻想であるということを
理解できるのですね。
その自己検証を
●甘やかさず、自己防衛の感情を
●厳しく排除したうえで、
外的世界を分析していく。
※多くの人間は、本能的に自己防衛をし、その目線で
外的世界を主観的に見ています。
自分を
●甘やかさず、自己防衛の感情を厳しく排除したうえで
自分も相手も同時に見ている、ということができないために
例えば、シリーズ<その1>で書いたように、
相手から否定された時、
自分の主観的世界だけでいると、相手に潰されます。
しかし
・否定するということは、
●その人間が自分の限界を
●露呈していることでもありますから
(この事も自分の心を厳しく検証した人だけが知っています。)
・相手はなぜ否定しようとするのか、
・相手は何を否定したいのか、
・相手は否定することで、何を得ようとしているのかなどなど
・相手の言語の中に潜む<根源的な欲求や動機>を見つけ出していきます。
そういう風に
相手を丸裸にして見ると、
相手のことがよ~く見えて潰されるどころか
逆に相手の弱さや未熟さが見えてくるのです。
では客観的世界をどのように磨くのか、というと
それは自分の体験や経験や知識を駆使して
●自分を分析しつくすことです。
●理性を駆使して自分を分析すると同時に
相手から見える自分とはどうであるかを分析しつくすのです。
自分に起きる心理や感情を
●容赦なく他人の目で自分を分析しつくすのです。
・自分の行為の動機には何が作用しているか?
・自分の感情の根本にあるのは、何が作用しているか?
そして大事なのは
・自分の行為や感情は、理性で考えるとはたして●純粋であるかどうか?
・反対に自分の行為や感情は、自分のエゴの感情、支配欲や、所有欲や
自己顕示欲や物質欲や性欲や、自己承認欲が動機になっていないかどうか?
そういう風に、まず自分を
●容赦なく分析、解体してしまうのです。
そういう自分の解体という作業を厳しくやり、
そのうえで、他者や外的世界を類推していく。
その延長上にこそ、人間の本質がみえてきます。
つまり、主観に溺れず、自分を厳しく見つめ分析していく、
という
●賢い作業が必要なのですね。
その時、客観的な自分を阻むものが、自分の感情です。
これが厄介なのです。
自他の分離ができていない人は、
自分の感情を突き放すことすらできません。
※自他の分離をするには、自分の中の依存を捨てて、
自己防衛の甘えを厳しく排除しなければなりません。
感情のほとんどは本能と強くコネクトしていますから、
理性ではわかっていても、下から突き上げる衝動として、
自分の行為を支配してしまいます。
わたしを全否定した彼も、どうしても私を全否定したい欲求に、
駆られてしまったのでしょう。
それほど、感情というのは強くその人間を支配してしまいます。
※その根底にはコンプレックスと自己承認要求、そして
それらが裏返った自己顕示があります。
そして、
その動機が自分の弱さやエゴや自己承認要求などの
不純なものであれば、時間の経過ともに
自分の中で自己嫌悪が起きてきます。
その時、賢い人間はハッと気づくことができますが、
たいがいの人は自己嫌悪に耐えられず、
相手のことを嫌いになるとか、
相手を更に否定したくなる欲求に駆られます。
そういう風に自分を逃がしてしまうのです。
でもそれは、自分がドンドン愚かしくなっていく罠でもあり
それを乗り越えないとダメなんですよ。
ただね、そういう自分を乗り越えられない人はもう
どんどんドツボにハマっていきます、残念ですが。
※ただし、脳機能においてそういう自己省察が
まったくできない人もいます。
サイコパスと呼ばれる人達です。
その感情を捨てて自分を突き放し、
しっかりと理性の柱、
つまり
●自分の客観性を打ち立てていくには
厳しい意識的な自己省察が必要です。
そしてその時、自分の観念をも洗い直していきます。
●自分が囚われている既成観念は
ほんとうにそうかどうか?
※自分が囚われている既成観念が妥当か否かについては
妥当でない場合は必ず、トラブルや失敗や挫折という形で
それ表出してきます。
だからトラブルが起きたときや、失敗や挫折こそ、
自分が囚われている既成観念を検証するチャンスなのです。
まあ、頭が良くなるちゃんすとも
言えます。
それらができてくると、頭の働きが俄然よくなります。
常に自己世界(主観的世界)と他者、及び外的世界(客観的世界)の
バランスが取れてくるのです。
ただね、
ここまで来るには、
厳しい自分の感情との戦いを征して来ねばなりません。
自分の甘えや弱さとの戦いです。
次回は
自己世界(主観的世界)と他者、及び外的世界(客観的世界)の
バランスが取れてきた後に
何をしたらいいかを、将棋の羽生名人の言葉から
入りたいと思います。

ウエブマガジン【MIZUTAMA】より、
皆様ありがとうございました。
今、4号に向けて準備中です。
どうぞご期待ください。
そんなことをわかる人など、誰もいないと思いますよ。
人生は想定外の事ばかり起きる、
未知の世界を生きることなのですから。
生きることは、生きてみないとわからないし、
逆に生きているとだんだんわかってきます。
つまり、たくさんの経験や体験を積み、
たくさんの知識を得ることで
人間とはなにか、社会とはなにかが
やっと見えてくるのですね。
そしてさらに
上手に生きるためには
●頭(脳)を上手につかうことだと思います。
上手に頭(脳)をつかえる人が優れたひと。
優れた人=自分の人生を運転するハンドルをもっている人と
いうことで、
今回のタイトルを「優れた人間になろう」としました。
なぜなら、生きることのすべては、
人間が、
・ものごとに直面しては、体験し、経験を積んでは、
それを基に
・自分の脳を駆使して外的世界を解釈、シュミレーションして、
生きているからです。
だから
外的世界をどのように相対化できるか、
自分の脳の能力を磨くか否かが、
人生の分かれ目になってきます。
生きることは体験、経験しては、その経験と自分が獲得した知識で
外的世界や自分及び他者を
●相対化して分析、シュミレーションしては
●考える、ということの繰り返しです。
そういう中から
●どう生きたらいいかを人間は掴んで行くのです。
では、
外的世界を相対化するには、どうしたらいいかですね。
それは自分の主観的世界と外的な客観的世界の
●両方を眼中に入れながら、
●考えるということができるようにならなければ
ダメなのです。
まずは自分の主観的世界は、本当にその通りかどうかの
自己検証をする。
※主観的世界の多くが、<思いこみ>に過ぎないのですが、
それに気づく人はほんの少数です。
それに気づいた人はこの世が幻想であるということを
理解できるのですね。
その自己検証を
●甘やかさず、自己防衛の感情を
●厳しく排除したうえで、
外的世界を分析していく。
※多くの人間は、本能的に自己防衛をし、その目線で
外的世界を主観的に見ています。
自分を
●甘やかさず、自己防衛の感情を厳しく排除したうえで
自分も相手も同時に見ている、ということができないために
例えば、シリーズ<その1>で書いたように、
相手から否定された時、
自分の主観的世界だけでいると、相手に潰されます。
しかし
・否定するということは、
●その人間が自分の限界を
●露呈していることでもありますから
(この事も自分の心を厳しく検証した人だけが知っています。)
・相手はなぜ否定しようとするのか、
・相手は何を否定したいのか、
・相手は否定することで、何を得ようとしているのかなどなど
・相手の言語の中に潜む<根源的な欲求や動機>を見つけ出していきます。
そういう風に
相手を丸裸にして見ると、
相手のことがよ~く見えて潰されるどころか
逆に相手の弱さや未熟さが見えてくるのです。
では客観的世界をどのように磨くのか、というと
それは自分の体験や経験や知識を駆使して
●自分を分析しつくすことです。
●理性を駆使して自分を分析すると同時に
相手から見える自分とはどうであるかを分析しつくすのです。
自分に起きる心理や感情を
●容赦なく他人の目で自分を分析しつくすのです。
・自分の行為の動機には何が作用しているか?
・自分の感情の根本にあるのは、何が作用しているか?
そして大事なのは
・自分の行為や感情は、理性で考えるとはたして●純粋であるかどうか?
・反対に自分の行為や感情は、自分のエゴの感情、支配欲や、所有欲や
自己顕示欲や物質欲や性欲や、自己承認欲が動機になっていないかどうか?
そういう風に、まず自分を
●容赦なく分析、解体してしまうのです。
そういう自分の解体という作業を厳しくやり、
そのうえで、他者や外的世界を類推していく。
その延長上にこそ、人間の本質がみえてきます。
つまり、主観に溺れず、自分を厳しく見つめ分析していく、
という
●賢い作業が必要なのですね。
その時、客観的な自分を阻むものが、自分の感情です。
これが厄介なのです。
自他の分離ができていない人は、
自分の感情を突き放すことすらできません。
※自他の分離をするには、自分の中の依存を捨てて、
自己防衛の甘えを厳しく排除しなければなりません。
感情のほとんどは本能と強くコネクトしていますから、
理性ではわかっていても、下から突き上げる衝動として、
自分の行為を支配してしまいます。
わたしを全否定した彼も、どうしても私を全否定したい欲求に、
駆られてしまったのでしょう。
それほど、感情というのは強くその人間を支配してしまいます。
※その根底にはコンプレックスと自己承認要求、そして
それらが裏返った自己顕示があります。
そして、
その動機が自分の弱さやエゴや自己承認要求などの
不純なものであれば、時間の経過ともに
自分の中で自己嫌悪が起きてきます。
その時、賢い人間はハッと気づくことができますが、
たいがいの人は自己嫌悪に耐えられず、
相手のことを嫌いになるとか、
相手を更に否定したくなる欲求に駆られます。
そういう風に自分を逃がしてしまうのです。
でもそれは、自分がドンドン愚かしくなっていく罠でもあり
それを乗り越えないとダメなんですよ。
ただね、そういう自分を乗り越えられない人はもう
どんどんドツボにハマっていきます、残念ですが。
※ただし、脳機能においてそういう自己省察が
まったくできない人もいます。
サイコパスと呼ばれる人達です。
その感情を捨てて自分を突き放し、
しっかりと理性の柱、
つまり
●自分の客観性を打ち立てていくには
厳しい意識的な自己省察が必要です。
そしてその時、自分の観念をも洗い直していきます。
●自分が囚われている既成観念は
ほんとうにそうかどうか?
※自分が囚われている既成観念が妥当か否かについては
妥当でない場合は必ず、トラブルや失敗や挫折という形で
それ表出してきます。
だからトラブルが起きたときや、失敗や挫折こそ、
自分が囚われている既成観念を検証するチャンスなのです。
まあ、頭が良くなるちゃんすとも
言えます。
それらができてくると、頭の働きが俄然よくなります。
常に自己世界(主観的世界)と他者、及び外的世界(客観的世界)の
バランスが取れてくるのです。
ただね、
ここまで来るには、
厳しい自分の感情との戦いを征して来ねばなりません。
自分の甘えや弱さとの戦いです。
次回は
自己世界(主観的世界)と他者、及び外的世界(客観的世界)の
バランスが取れてきた後に
何をしたらいいかを、将棋の羽生名人の言葉から
入りたいと思います。

皆様ありがとうございました。
今、4号に向けて準備中です。
どうぞご期待ください。
by denshinbashira
| 2017-12-08 07:44
| 賢い生き方!
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