2018年 01月 09日
私の仕事、その5、時代の不安とどう向き合うか!その1 |
●時代の不安とどう向き合うか、その1
・世界(社会)に踊らされない、踊らない!
今の時代の不安をどう乗り越えていくか、
少し書いてみます。
ちょっと飛躍したりしますが、そこは想像力で読んでください。
私たちはいつも社会と向き合って生きていかなければ
なりません。
その時社会の経済が上向きで勢いがあり、
制度がしっかり整っていれば安心ですが、
経済が不安定になり、制度がぐらついてくると
とても不安になります。
社会というのも人間の集合ですから、
人間が刻々と変化するように
社会も時の時勢において刻々と変化していきます。
では社会の実体は何なのでしょうか?
極論ですが、私は
社会は妄想とシュミレーションの幻想で、
社会の分母は不安と自信だと私は考えています。
不安と自信の間を行き来する分母の上での
仮想的現実が社会であると
思います。
だから、
分母の不安が大きくなれば、社会には妄想がはびこり
不安のシュミレーションに冒されていきます。
不安のシュミレーションが最大になると、
ファシズムが興り、戦争を起こしてしまいます。
逆に不安が収まり、シュミレーションが少なくなると
社会は安定していきます。
では人間はなぜ不安に陥いるか。
それは自分に自信がない時です。
社会も同じで社会に自信がない時、
とんでもない方向へと走りだしていくのです。
では、自信がないとはどういう状態であるかというと
それは自分が自分を見失っている時です。
社会がその社会の根っこにあるアイデンティティーを
見失っている時です。
昨日書いたように
人間はほんとうは、自分の全体、全身で生きていますが、
その全身が無心に機能している時、
その人間の精神は安定します。
無心とは自分が自分のことなど忘れて行為、行動している状態です。
※自我が屹立しておらず、自分のなど眼中にない時こそ
人間の心も体も安定しています。
反対に無心ではない時、
つまり精神(こころ)が分裂している時は、
意識が局部的に自分を否定したり、攻撃したり、嘆いたりして
自分の不備ばかりに拘泥してしまい
自信は喪失されていきます。
社会も同じです。
社会とはたくさんの、様々な人々の、能力と生きざまで構成されています。
その能力と生きざまは全てがネットワークされており、
そこに社会の生産性が産まれます。
つまり
社会とはみんなで支え合っている世界なのです。
社会とは、自分の意識にはのぼりませんが、
自分がお互いにお世話様になっている、
世界なのです。
その社会が、未来の可能性を掴み,
未来のビジョンがはっきり見え
その大きな全体のネットワークの結びつきが
しっかりしてくるとと
社会は旨く作動していきます。
皆の不安が解消されていきます。
反対に
未来の可能性が見えず、
ネットワークに極端な段差や格差や違和がおきると
社会は行き詰まり、不安になります。
では現代はどうなのでしょうか?
現代の起点になるのは18世紀の市民革命と産業革命です。
そこで勃興したのがの封建的農業社会に替わる
工業社会と資本主義です。
さらにその延長上に、
今のグローバルと金融経済世界があります。
そして現代社会の不安の種は、
このグローバル世界と金融経済です。
金融経済とはマネーゲームの博打的経済です。
ほんとうはお互いに助け合わなければならないのに
世界のネットワークが旨く行っていないのです。
まあ<世界グローバル経済>というのも初めてですから、
最初からうまくいくはずはないのですが。
そして<世界グローバル経済>は、
経済優先で来たために、
文化のネットワークを作る前に
経済成長と経済効率のネットワークばかりを優先させてしまいました。
ほんとうは、民族で、国家で、宗教で、社会通念で
それぞれの文化と文明を背景に、
大きな差異や段差があるにもかかわらず、
経済という蜜の味で世界を囲い込んでしまったのです。
どこが?
日本をはじめとする先進諸国がです。
ほんとうは
民族で、国家で、歴史で、風土で、宗教で、社会通念で
それぞれの文化と文明を背景に
さまざまなる多様性があり、
様々な進度があるのにもかかわらず、
その多様性を無視して強引に世界を運転しようとしているのが、
アメリカをはじめとする西欧先進諸国であり、日本でもあるのです。
特に日本は、世界に巻き込まれて、敗戦し
自分のアイデンティティーを失っています。
では日本のアイデンティティーって何なのでしょうかね~?
それはこのブログを読んでくださる方それぞれに、
考えてほしいです。
少なくとも、日本にはお互い様という
人間関係を了承する通念があります。
また日本人は強欲に走ることを嫌います。
そしてそもそも日本はいきとし生けるものすべてに宿る
八百万の神がいます。
日本は刻々と変化する四季を愛し、じょうずに自然に適応し、
そこでの生産性をたかめてきました。
日本人や日本は、世界に命令しますか?
日本は世界に強引に自己主張しますか?
そうではないですね。
それは日本及び日本人のやりかたではないでしょ。
そもそも私達の中には歴史の中で不連続に連続してきた
日本人独特の世界観と
日本独自の方法(やり方)で生きのびてきました。
しかし今は、それを見失い、
世界の強引な奴らをみて、まごまごしているように
私には見えます。
はっきり言えることは
日本と日本人が自信を回復することです。
さらに私達ひとりひとりが
自分を回復し、自分に依拠して生きることです。
自分に依拠するとは、道元のあの
「生也全機現、死也全機現」です。
無心に自分を生き、
自分を愛し、
さらに自分の分限を見極め、
無理をせず等身大で
自分にできることをコツコツやる。
無心にいきるとは、自分を苛めないこと。
自分を疑わないこと
自分を否定しないこと。
自我をのさばらせないこと。
残念ながら、今の世の中は
なぜか強迫的で、神経症的な苛立ちが蔓延しています。
ほんとうに雑駁で申し訳ないけど、
自分の根拠を持たない、
自分に依拠していきることができない人が
反対に不安に駆られて、強欲とまではいかなくとも
損をしたくないという欲張りがはびこり、
他者から承認されることや自己主張を求めて、
もう病的にSNSをしたり、携帯に依存して
心の余裕もなくせわしくせかせかと生きているように
私には、見えます。
何かに憑かれているようにも思えます。
何に憑かれているのでしょうか?
ほんとうに疲れ果てます。
世界も自分も同じです。
ことさら自分が承認されなくても、
ことさら自己主張をしなくても
その人や、その国の生きざまなどの
その人間やその国を貫徹している、心や文化は
そのまま、外に映し出されて、見えるものなのです。
あるいは 、伝わってしまうものなのです。
反対に
エゴも自己防衛も欲望も全部、見え、伝えわってしまいます。
自分が安定し安心するのも、
社会が安定し未来が見えてくるのも
そこを押さえていないと
話にならないのですがね~。。
まずは自分の自信を取り戻どすこと。
それは自分らしい生き方や
自分らしいやり方をちゃんと心得ること。
それでいいと、
いつも自分に引導を与えること。
そして
社会の不安ばかりに目を注がず、
むしろ社会の●中心ではなく
●自分の周辺に顕われている、いかにも日本らしい個性と
多様な世界に視線を注いでいくことです。
そこにこそ思いもしない宝物(ヒント)が落ちているかもしれません。
※残念ながら社会の中心には頽廃しかありません。
中心でうごめく人間たちもです。
世の中とどう付き合うか?
時代とどう付き合うか?
まずはそれらに流されず、
それがどういうモンスター(妖怪)であるかを
しっかり見極めることです。
自分流の生き方、自分流のやり方さえ見つければ
これでよし!と
きっと不安も消えていくことだと思います。
つづく

ウエブマガジン「MIZUTAMA」4号 今懸命に編集しています。
もう少しお待ちください。

・世界(社会)に踊らされない、踊らない!
今の時代の不安をどう乗り越えていくか、
少し書いてみます。
ちょっと飛躍したりしますが、そこは想像力で読んでください。
私たちはいつも社会と向き合って生きていかなければ
なりません。
その時社会の経済が上向きで勢いがあり、
制度がしっかり整っていれば安心ですが、
経済が不安定になり、制度がぐらついてくると
とても不安になります。
社会というのも人間の集合ですから、
人間が刻々と変化するように
社会も時の時勢において刻々と変化していきます。
では社会の実体は何なのでしょうか?
極論ですが、私は
社会は妄想とシュミレーションの幻想で、
社会の分母は不安と自信だと私は考えています。
不安と自信の間を行き来する分母の上での
仮想的現実が社会であると
思います。
だから、
分母の不安が大きくなれば、社会には妄想がはびこり
不安のシュミレーションに冒されていきます。
不安のシュミレーションが最大になると、
ファシズムが興り、戦争を起こしてしまいます。
逆に不安が収まり、シュミレーションが少なくなると
社会は安定していきます。
では人間はなぜ不安に陥いるか。
それは自分に自信がない時です。
社会も同じで社会に自信がない時、
とんでもない方向へと走りだしていくのです。
では、自信がないとはどういう状態であるかというと
それは自分が自分を見失っている時です。
社会がその社会の根っこにあるアイデンティティーを
見失っている時です。
昨日書いたように
人間はほんとうは、自分の全体、全身で生きていますが、
その全身が無心に機能している時、
その人間の精神は安定します。
無心とは自分が自分のことなど忘れて行為、行動している状態です。
※自我が屹立しておらず、自分のなど眼中にない時こそ
人間の心も体も安定しています。
反対に無心ではない時、
つまり精神(こころ)が分裂している時は、
意識が局部的に自分を否定したり、攻撃したり、嘆いたりして
自分の不備ばかりに拘泥してしまい
自信は喪失されていきます。
社会も同じです。
社会とはたくさんの、様々な人々の、能力と生きざまで構成されています。
その能力と生きざまは全てがネットワークされており、
そこに社会の生産性が産まれます。
つまり
社会とはみんなで支え合っている世界なのです。
社会とは、自分の意識にはのぼりませんが、
自分がお互いにお世話様になっている、
世界なのです。
その社会が、未来の可能性を掴み,
未来のビジョンがはっきり見え
その大きな全体のネットワークの結びつきが
しっかりしてくるとと
社会は旨く作動していきます。
皆の不安が解消されていきます。
反対に
未来の可能性が見えず、
ネットワークに極端な段差や格差や違和がおきると
社会は行き詰まり、不安になります。
では現代はどうなのでしょうか?
現代の起点になるのは18世紀の市民革命と産業革命です。
そこで勃興したのがの封建的農業社会に替わる
工業社会と資本主義です。
さらにその延長上に、
今のグローバルと金融経済世界があります。
そして現代社会の不安の種は、
このグローバル世界と金融経済です。
金融経済とはマネーゲームの博打的経済です。
ほんとうはお互いに助け合わなければならないのに
世界のネットワークが旨く行っていないのです。
まあ<世界グローバル経済>というのも初めてですから、
最初からうまくいくはずはないのですが。
そして<世界グローバル経済>は、
経済優先で来たために、
文化のネットワークを作る前に
経済成長と経済効率のネットワークばかりを優先させてしまいました。
ほんとうは、民族で、国家で、宗教で、社会通念で
それぞれの文化と文明を背景に、
大きな差異や段差があるにもかかわらず、
経済という蜜の味で世界を囲い込んでしまったのです。
どこが?
日本をはじめとする先進諸国がです。
ほんとうは
民族で、国家で、歴史で、風土で、宗教で、社会通念で
それぞれの文化と文明を背景に
さまざまなる多様性があり、
様々な進度があるのにもかかわらず、
その多様性を無視して強引に世界を運転しようとしているのが、
アメリカをはじめとする西欧先進諸国であり、日本でもあるのです。
特に日本は、世界に巻き込まれて、敗戦し
自分のアイデンティティーを失っています。
では日本のアイデンティティーって何なのでしょうかね~?
それはこのブログを読んでくださる方それぞれに、
考えてほしいです。
少なくとも、日本にはお互い様という
人間関係を了承する通念があります。
また日本人は強欲に走ることを嫌います。
そしてそもそも日本はいきとし生けるものすべてに宿る
八百万の神がいます。
日本は刻々と変化する四季を愛し、じょうずに自然に適応し、
そこでの生産性をたかめてきました。
日本人や日本は、世界に命令しますか?
日本は世界に強引に自己主張しますか?
そうではないですね。
それは日本及び日本人のやりかたではないでしょ。
そもそも私達の中には歴史の中で不連続に連続してきた
日本人独特の世界観と
日本独自の方法(やり方)で生きのびてきました。
しかし今は、それを見失い、
世界の強引な奴らをみて、まごまごしているように
私には見えます。
はっきり言えることは
日本と日本人が自信を回復することです。
さらに私達ひとりひとりが
自分を回復し、自分に依拠して生きることです。
自分に依拠するとは、道元のあの
「生也全機現、死也全機現」です。
無心に自分を生き、
自分を愛し、
さらに自分の分限を見極め、
無理をせず等身大で
自分にできることをコツコツやる。
無心にいきるとは、自分を苛めないこと。
自分を疑わないこと
自分を否定しないこと。
自我をのさばらせないこと。
残念ながら、今の世の中は
なぜか強迫的で、神経症的な苛立ちが蔓延しています。
ほんとうに雑駁で申し訳ないけど、
自分の根拠を持たない、
自分に依拠していきることができない人が
反対に不安に駆られて、強欲とまではいかなくとも
損をしたくないという欲張りがはびこり、
他者から承認されることや自己主張を求めて、
もう病的にSNSをしたり、携帯に依存して
心の余裕もなくせわしくせかせかと生きているように
私には、見えます。
何かに憑かれているようにも思えます。
何に憑かれているのでしょうか?
ほんとうに疲れ果てます。
世界も自分も同じです。
ことさら自分が承認されなくても、
ことさら自己主張をしなくても
その人や、その国の生きざまなどの
その人間やその国を貫徹している、心や文化は
そのまま、外に映し出されて、見えるものなのです。
あるいは 、伝わってしまうものなのです。
反対に
エゴも自己防衛も欲望も全部、見え、伝えわってしまいます。
自分が安定し安心するのも、
社会が安定し未来が見えてくるのも
そこを押さえていないと
話にならないのですがね~。。
まずは自分の自信を取り戻どすこと。
それは自分らしい生き方や
自分らしいやり方をちゃんと心得ること。
それでいいと、
いつも自分に引導を与えること。
そして
社会の不安ばかりに目を注がず、
むしろ社会の●中心ではなく
●自分の周辺に顕われている、いかにも日本らしい個性と
多様な世界に視線を注いでいくことです。
そこにこそ思いもしない宝物(ヒント)が落ちているかもしれません。
※残念ながら社会の中心には頽廃しかありません。
中心でうごめく人間たちもです。
世の中とどう付き合うか?
時代とどう付き合うか?
まずはそれらに流されず、
それがどういうモンスター(妖怪)であるかを
しっかり見極めることです。
自分流の生き方、自分流のやり方さえ見つければ
これでよし!と
きっと不安も消えていくことだと思います。
つづく

もう少しお待ちください。

by denshinbashira
| 2018-01-09 09:26
| 私の仕事
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